2012年8月 3日 (金)

El Angel

下の通りに出たら同じ帽子を被ったPaco とJuanが歩いてきた。「兄弟でめずらしいな」「おう。元気か?」とJuan.レタマレじゃアンドラーノが飲んでいて、こっち見て手をあげた。モロンだなぁ、って何と無く思ってガジョに入ったら、カマロンが唄ってた。TVの傍に行ってビール飲みながら見入ってしまった。

”El Angel Vol.2、Frontera”だ。フエルナンダ、バルデペーニャ、チャンギート、マリア ブーラ、カマロン、ペペ リオス、etcもう亡くなってしまったフラメンコ達が活き活きしている。皆楽しそうだ。見ていてちょっと感傷的になった。今までも見ていたけどモロンに住んで気が付くのは後ろの人達だ。パコの姉妹もいるし見たことある人見える。名の通ったアルテスタもいる。これはヒターノ達のフラメンコ。良い時代だったんだなぁ。この頃カマロンの真似するパジョは一杯いたね。今やパジョの真似するヒターノの時代になってしまったもの。
見たことの無い人にはお勧めです。他の巻も凄く良いです。

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2010年8月11日 (水)

見る 聴く 感じる

フラメンコはやはり生で見るのが良い。しかもできるだけ狭いか近くで見る事が出来れば最高だ。劇場なんかでは値段が大分違うので豆粒くらいにしか見えないので、何踊ってるのか判らないときが多いのであまり好きじゃない。俺みたいな貧乏人はお金をかけない生のフラメンコが一番よい。だから今の所おっちゃん達のカンテを身近でビール飲みながら聴いてるのが最高なのだ。生の次はやはり映像だと思い始めている。野球や相撲でも離れたところで見るくらいなら家で寝っころがってTVを見たほうが良いという人もいる。特にもう亡くなってしまったアルテスタの映像は実際はどんなフラメンコの人だったのか目の辺りに出来る。CDなどは集中して聴くときやバックグラウドとして聞き流したりもできるので、何かやりながらでも聞けるので良い。映像はそうは行かないからね。前置きが長くなったけどガジョには貴重な映像が保存去れている。と云ってもその管理はアバウトでこっちからすると垂涎の的なのに只単に積み重ねているだけ。整理もされてない。イグナシオもそうだけどCDを1枚ずつケースにも入れないで置いておくと傷がついてしまうのだ。あまりに身近にいるとそういうのが普通で、貴重とは思わないんだろうなぁ。ビデオも一杯あったけどDVD化したほうがいいのになぁ。と余計な心配してしまう。昨日ディエゴに”2004年のガスパチョ”を見せてもらった。6年前のものだったけど何と!Diegutoが弾いていた。ランカピーノレブエラも出ていたし今年とはえらい違いだ。こういのは地元にいても中々見られない。少しずつ信頼関係をお互いに作っていったから見せてくれたんだな。自分が撮影したガスパチョとか他のものはなるべく提供することにしている。それが此処に住んでいられることのお礼だと思ってるからだ。けれども物より心が通じてないと出来ないんだよ。他所から来て札束どかって置けば売ってくれるかも知れないけど後で馬鹿にされるのがオチなんだ。又見せてくれないかなぁ。無理強いは禁物だからなぁ。poco a pocoだな。

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2010年7月 3日 (土)

DiegoとIgnacio達

Deiego と云うのはDiego de Moronのことです。イグナシオが家に来た時Dieguitoの昔の録音を聴かせた。彼は初め余裕で聴いていたんだけど、スピーカーの前にピッタリ座って聴き始めた。何かぶつぶつ言ってるので何?って聞いたら「$¢£#&*。。」よく聞くと曲の名前だった。Dieguitoは作った作品に名前をつけていたらしい。CD{Aire Fersco]は全部名前付いていたけど、これは売るためと思っていたので驚いた。Dieguitoは当時姉のAmparo(iイグナシオたちの家)で5時間も毎日弾いていて、その前でイグナシオとパコが座ってずっと聴いていたんだそうだ。しかしイグナシオの話ではディエゴは決して甥達に教えなかったんだって。普通なら少しは教えるだろうと思うけど本当に全然教えなかったらしい。当時は俵さんがDiegoと一緒に居た時期で、高瀬さんとフィエステバルを廻った話は聴いていたが、イグナシオもギターケースを担いで一緒に廻ったそうで、俵さんと同じ思いをした、と言っていた。Diegoの演奏を聴くとイグナシオにその片鱗が見て取れるのはそういうことだったんだ。イグナシオはDiego del GastorよりDieguitoに近いのはよく解ったけど、Dieguitoの演奏方法(アルテの出し方)がこれ程似ているのはパコや他のギタリストには見られないものなのだ。パコはメカニコを精査して自分のアルテに変えているけど、イグナシオはその雰囲気を身につけたという事だろう。同じ兄弟でもやっぱり感性が違うんだ。

Diegoは不思議なギタリストだ。1994年モンテヒルの映像をみたら、纏っていそうで、そうで見ないようで一見荒く感じるのだが、それが聴いてる人達を興奮させてしまう不思議な力を持っている。Diego自身が何かが乗り移ったような演奏なのだが、大勢の観客がそれに惹き付けられてしまうのは、何か特別な物があると思う。対照的にPaco de Liciaがいるが、メカニコと速度、音楽性に優れてはいるけど、演奏自体にカリスマ性は無い。Diegoの場合は本当の稀少人種なんだ。街で合うととてもそんな人物に見えないけどね。インテリではあるよ。

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2010年1月 9日 (土)

お宝

やっと晴れたので散歩に出かけた。1時間ほど歩いてガジョに行ったらペペは風邪気味。ダラダラしてたら、ガジョの偉い人がそっと俺に渡してくれたのは前からお願いしていたけど、もう無理だろうな、と思っていたDVDだった。嬉しくて直ぐに家に帰ってしまった。それは
1989年”XXIII Gaspacho Andaluz” の公式映像なのだ。出演者は以下。
1.Gaspar de Utreera,Pepe Taranto,Paqui Lapa,Bueni de Cadez,Cancha Vargas
2. Maria Solea,Manuel de Paula,Fernanda y Bernarda de Utrera,Andrano
Guitarra,Manuel de Palma,Manolo Coronado,El Quinto,Manolo BernesMoraito Chico

ずっと食い入るように見てしまった。フラメンコの最後の良い時代かもしれない。Maria Solea の小粋でおしゃれ、モライートのさりげないフアルセータ、男達のカンテの漢っぽさ、コンチャのムイ ヒターナな踊り、Fernanda , Bernardaの凄さ、アンドラーノのウナパタイータ、どれをとっても其処には今はもう無いフラメンコが映し出されていた。飾りもしない、個人のアルテだけの、余計なものは一つも無く、それだけで、粋さと美しさ、えもいわれね感情を見ている人に与えられる。昔はこういうフラメンコが普通だったはずだ。
何時からフラメンコは変わってしまったんだろう?ゴテゴテと飾りつけ、これ見よがしに色んなものを身に着けても中身は薄っぺら、見てくれの高級さだけを売り物にしているだけのような気がする。薄いから色んなものを飾り付けないと売れないのかも知れない。飾り物だけが目だって肝心の中身が見えないこともある。新鮮で美味しい野菜のようにフラメンコは素材だけで充分満足させることが出来るのになぁ。見ていて本当にそう思ってしまった。

自分にとってこういうのが”お宝”です。いつでも自分の好きなフラメンコを感じさせてくれる物、しかしこれを貸してくれたガジョの人の”信頼”やその人達との普通の”関係”がもっと大事な”宝物”なんです。

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2009年10月21日 (水)

Solea

前にガジョのTVに映っていたソレアのDVDに興味があってセビージャのお店で聞いてみたけど判らなかった。それで前から見せてくれと頼んでいたのが会長のディエゴが今日貸してくれたのでずっと見ていた。ソレアにも色々あるのは知ってはいたけど、違いがこういうのを見ると少し判ってくる気がする。  

Nenedesantafe Nene de Santa Fe (Cante)   [Los cantes por solea]
Manuel Herrera, Manuel Carmona(Guitarra)

Solea de Utrera Cante de la Serneta

Solea de Triana  Cante de Andonda,Silva,El Potogues, viejo de Triana

Solea de Marchena Cante de Tia Gilica

Solea de Cadez Cante de Enrique de Melliza Paquirri,Los Puertos

Solea de Jerez Cante de Teresa Mazantini,Jose Illandos,Antonuio Furijones

Solea de Lebrija Cante de Juaniquin de Lebrija

Solea de Alcala Joaquin de la Paula,agustin Talega,La Roesna

初めて知る人ですがソレア唄いなんだろうか?凄くしっかりしたカンテです。あんまり知られて無い人でいるんだよねぇ。伴奏も奇をてらっていなく良いです。ホセレロが唄っていたソレアはTrianaだと教わったのだがやっぱりカデスのPaquirriのカンテだったとか、カンテを勉強する人にはお勧めです。って売ってるのだろうか?

追記:Neneってグラナダの人だそうです。グラナダにもまだこういう人がいるんだね。地図を見たらSanta Feはグラナダの直ぐ傍で、何とか言うお菓子が美味しいらしい。
ちなみにMarsellesの事も聴いたら殆どの人が知っていて、スペイン一のフエステイロだとモロンの人達も言ってましたね。何でも知らないことは聴くことにしています。アントニオはパコ トロンホと近所の友達らしく、今度セビージャの家に連れて行ってくれたら合わしてやるよ、だって。楽しみだぁ。飲み屋の会話はビックリすることがあるんだね。ナナでもそうだったように。

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2008年12月21日 (日)

ディエゴ日本公演

今月」のパセオに俵さんがDiego de Moronの1944年2月25日の日本公演について内側から興味深い事が描かれています。この公演は協会が特別ゲストとして招聘するに当たって色々内部には葛藤があったそうです。それはともあれ自分もこの公演には行きました。その頃はモロン好きでしたがまだモロンのフィエスタは聴いていませんでした。俵さんの記事に触発されて、その時の映像を見てみました。
見終わった後、自分はその時一体何を見ていたんだろう?と痛烈に感じてしまいました。自分がMoronを弾きはじめたのはDieguitoのコピーからです。それだけ好きだったのは間違ってはいません。しかし!その時多分表面だけ聴いて「いやぁ!凄かったなぁ!」とか言っていたんだと思う。今になって思ったのはこの頃何も解っていなかったんだな、ということだ。俵さんが14年前に感じたことが今頃になって漸く自分も感じられるようになった、という事なのかも知れないけど凄いショックだった。思わず画面の前で正座してしまったんだから。涙がこぼれたほどだ。ディエゴが弾いたものは叔父のトーケなので、出所はわかっているのもあるのだけど、そういう次元じゃ無いのがよく感じられる。俺が弾くとき時々俵さんからロコ!と言われるときがあるのだがそれは初めにモロンを弾いたときにDieguitoの真似をして弾くスタイルだったのがそのまま身に付いたみたいなんだけど今見たら、とんでもない!向こうは地獄の閻魔様みたいで、猿真似にもならないんだよ。けれどもこの前俵さんに言われた一音を大事にするというのもよく解った気がした。弾く格好なんかよりそう弾けよということなんだ。そう弾けば自然にあぁなるんだ。でも心の奥のどこかで怖くて見れない恐れもあったのは白状しとこう。
SiguiriyaとSoleaは鬼どころかドゥエンデだったのを見逃していたのかも知れないんだ。俵さんは魔物だといった。俺のハレオも聴こえたので感動はしていたんだろうけど、聴いてても聴こえて無かったんだ心に。。感性がなかったんだねぇー俺って。一朝一夕でフラメンコが感じられるわけないんだよね。14年でやっとかー?参ったね。俺も最近奢っていたのかも知れない、頭をぶん殴られたみたいだもの。ショック!よかったぁ見ておいて!。俵さんが書いてくれなければそれも解らなかったわけだ。

追伸:あの時舞台で何が行なわれていたのか本当に解っていたのは1千人の観客の中に何人いたんだろうか?と考えてしまった。多分高瀬さんと俵さんの二人だけだったのかも知れません。やっぱりフラメンコって身近にいる良く知っている人の前にしか現れない(見えない)のかも?と思ってしまって、深いんだなぁ。。と溜息をつくばかりです。Ofuuuuuu...

あれからまた聴いた、背筋が寒くなった。止めたいけどやめられない。。。

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2007年5月23日 (水)

ギター コンクール

最近コルドバでギター(勿論フラメンコの)コンクールがあったそうで、見た人の感想をちょっと見ました。が、それはおいといて、昔BIENALはコンクールが主で、ギター、バイレ、カンテのコンクールがその年によって催されたようです。そのギターコンクールのビデオです。以下は出場者と演目です。予選と本選があったのかも知れません。
Bienal Arete Flanenco"Cuidad de Sevilla El Toque" concuruso 1or 2」

Manolo Franco (Solea,Siguriya,Buleria)(Taranta,Colombiana,Alegrias)
Pedro Bacan (Rondena,Solea,Buleria)(Siguiriyas,Alegrias,Guajira)
Jose Antonio Rodriguez(Taranta,Solea,Siguiriya)(Guajiras,Siguiriyas,Alegrias)
Rafael Riqueni (Taranta,Guajiras,Siguriyas)(Solea,Alegrias,Bulerias)
Tomatito (Rondena,Solea,Bulerias)(Alegrias,Siguiriyas,Bulerias)
Paco del Gastor(Guajira,Alegrias,Siguiriyas)(Solea,Granainas,Bulerias)

いずれも今では錚々たるギタリストですね。予選ではSolea、かSiguiriyaのいずれか弾かなければならず(フラメンコギタリストなら当然)、またカンテ伴奏や踊りの伴奏も弾かなければならなかったようです。今はどんなコンクールなのかは解りませんが、そうとう厳しいコンクールだったのでは?と思います。トマティートでさえ弾いてからカポを直して弾き直したりしているのです。見ていると今とは違ってまだフラメンコの匂いのするトーケを皆しているのです。今はその匂いや音がフラメンコではなくて、まして、うねりのあるフラメンコは弾けなくなっていると識者(外国の)は言いますね。実際聴いてないので解りませんが。ちなみにこの時の優勝者はマノロ フランコです。 1984年のビエナル。御気付きのようRumbaやTangosはありませんね。

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2007年5月18日 (金)

恋は魔術師

またCinefl23映画のお話です。「恋は魔術師」”Amor Brujo”はManuel de Fallaの戯曲3部作の一つをモチーフに作られた映画で、カルロス サウラが1985年の監督作品。日本でも公開Antonio GadesCristina Hoyosの主演で有名です。サウラの映画は前作「カルメン」を踏襲していて舞台構成の物でドラマとはいえません。今日のはそれとは別の1967年作成の”El Amor Burujo” 監督はFrancisco Rovira、主演はやはりガデスで18年も前に同じ作品に主演しているのです。主な出演者は次の通りです。
[El Amor Brujo] Antonio Gades, La Polaca, Rafael de Cordova
この映画には実はCristina Hoyos も出演しているのですが、よく見ないと解らないほどです。この4年前にあまりに有名な「Los Tarantos](バルセロBeleta2ナ物語)が作られカルメン アマジャの主演でガデスも出演しています。67年にはカルメン アマ ジャは亡くなっていたと思いますが、あの時代風景が写されていてフラメンコの場面も多く筋書きも中々良く出来ています。ガデスも若くて精悍な踊りを所々に見せています。ガデスが後年この作品を舞台に掛けたのはこの映画の経験があったからなのかも知れない。ともあれサウラの映画とも比べてみるのも良いかと思われますがこれも日本未公開で?字幕無しなので困ります。

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2007年5月17日 (木)

Cafe de Chinitas

Cafede1  タブラオではなく映画のお話。
[Cafe de Chinitas](1960)
Antonio Molina 主演。白黒映画です。カフェカンタンテの時代背景にその中で若い貧しい舞台の幕引き係り(Antonio)がカンタオールとして認められて人気者になりそれまでのフィグラ(真打)のカンタオールとの確執が悲劇を起こすという内容。AntonioのカンテをRafael Farinaが吹き替えているようです。バイレはMaria Albaicin。特筆すべきは巨匠Nino Ricardoがギタリストとして出演してCafede3います!しかも少し台詞もしゃべっている。。これはカフェカンタンテの時代を想像させるものがあり、中々面白いです。Fandango,Solea,Buleria,等が唄われていて立派なフラメンコ映画です。唄われているのはカンテボニートと言われるカンテで唄い合いの様子もあり久しぶりにみても面白かったです。これは初めて習った先生が見せてくれたもので、リカルドが弾いているのを見てビックリした記憶があり、しかし、その時は門外不出の貴重なビデオだったらしく最後までは見せてくれなかったと思います。これは偶然90年にトレドのキオスクで見つけたものです。字幕があればもっとよくわかるのになぁ。日本では公開されなかったのだろうな?

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2007年5月11日 (金)

ラジート

90年頃はフラメンコは踊りよりギターの方が勢いがあったかも知れません。大きなホールで何人ものギタリストがソロコンサートを公演して、よく見に行っていました。その人達はモデルノと呼ばれる人でPaco de Luciaの曲を舞台で弾いていました。凄い人達だなぁ!と何時も感嘆しながら見ていました。ところがそんな気持ちは1本のビデオを見てから見方というか考え方が変わっていくきっかけになったのです。それは「Rayito en Okinawa」というビデオでラジートという小学生(9歳)の何処にでもいる小太りの男の子が沖縄のホールでゲストで弾いた時のビデオでした。これを見てビックリ!!パコの曲を楽々と弾いていて、音も厚いのです。それまで日本人の人達が眉間に皺を寄せて弾いているピカードなど笑いながら弾いてしまっているのですよ。お父さんはヒターノでお母さんは沖縄の人らしくそれまで名前もしらなかったけど正に天才と思いました。ラジートが弾くパコの曲はそれまで日本人が弾いたものとは聴いた感じが違っていたのです。確かにまだ荒いとこはあったみたいですが、何より自分の物(フラメンコ)になっていて、間の取り方や入れ方が普通の日本人とは違って聴こえたのです。もうその頃はナナにも行っていたのでよく解らないながらもテクニックだけ誇ってもそんなのは誰かが越えてしまうのだなぁ、小学生がそれも同じレベルでこういう味のあるのを弾かれたら、日本人は適わないじゃないかな?と、それまでとは違って日本人の一流のギタリストに漠然と感じるようになったのです。今見てもその感じは変わらず、ラジートは凄いなぁと思っています。1992年ですからあれから15年今はラジートはどうしているのか?誰か知りませんか?その後東京でやった話は聞けなかったので実際には見たことがないので一度みたかったです。これは自分にとってフラメンコの見方が変わっていった記念すべきビデオでした。

追記:同じ年に小谷さんが舞台でモロンを弾いていましたね。その頃はもう自分も興味を持っていたので少しずつ弾き始めていたので凄いなと思って見てましたよ。今お元気ですかね?

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