2008年1月30日 (水)

経験不足

Img_2718 モロンに行って初めてマヌエルとぺぺとやった時のビデオを見て如何に自分が経験不足かというのが如実に見えて、何だか嫌気がさした。けれど嬉しくって舞い上がっているのもまた解るんだ。これを見るととマヌエルの弾き方が俺と全然違うのに気付かされる。彼の手の一振りがもうすでに違ってるのだ。首の振り方一つでもうフラメンコギター弾きなんだよな。あぁいう風に弾きたいなぁ。カッコだけでも真似したいけど、あれは真似したら駄目なんだろうな。自然にああいう風に弾けるようになんなくちゃ。プロのアーテストからみたら全然駄目かも知れないけど、俺はあぁいう風に弾けるようになりたい。あぁいう風にカンテを感じて弾いてみたい。テクニックの上手い下手じゃないんだな。モロンに住んだらあんな風に弾けるようになるんだろうか?しかし凄い時間を過ごしたんだなぁ!モロンに行ってすぐだもんな。

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2008年1月24日 (木)

恥ずかしかったな

Img_2407 ようやく念願の8mmのビデオプレイヤーを購入できたので、去年のアンダルシア道中記のビデオをDVDに変換できるようになった。最初にしたのはモロンのガジョでのカンカニージャとモジャのコンサートの模様だった。いわば隠し撮りに近いもので、大勢の人のいる小さいペーニャでは時々頭だけ写っていたりしたけど、まぁまぁの出来かな?。ビックリしたのはウトレラの第1夜のタイトルがあって何だろと思ってみたらバルでのやり取りが全部写っていた。(道中記参照)知らないうちにカミさんが撮ったらしい。いやぁ見ていて冷や汗を掻いてしまった。記憶ではちゃんと弾いた気がしたんだがそれは都合よく覚えていただけで酷いものだったなぁ。見ていて恥かしくなっちまった。それでも楽しく弾いていて皆も喜んでるみたいだけど、所々ずれていて、カンテはおかまいなしに唄っていて、いやぁシッチャカメッチャカだったんだなぁ。もっと冷静にならんとあかんな。それでも仲良くしてくれていたんだなぁ改めて嬉しくなってしまった。よくこんな中に入っていったなと我ながら感心じゃなくてあきれてしまったけど。やっぱりコンパスと冷静さが必要だ。あぁぁ疲れたな。明日から仕事モードにはいらねば。

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2007年3月20日 (火)

これですむとは思っちゃいなかった。。

3月6~7日(水)曇り 26日目 マドリッド~東京
AM6:30オスタルを出たところでタクシーに乗って空港に着いたらまだKLMの受付は開いていなくて、場所も解からずウロウロしてしまった。7:50受付開始で10:30出発なので随分時間が余ってしまって、コーヒーを飲みながら待つ。帰国の日本人が大勢いた。途中何の話も無くアムステルダムに到着13:30.次の乗り継ぎは15:20.その間ビールを飲んでお土産買ってゲートに戻ったら長蛇の列でボディチェックされた。あと11時間のフライトで日本に着くことになる。最初の機内食で1ケ月振りに米の飯(鰻)をを食べてカップヌードルも食べたがこれはあまり旨くなかった。スペインでは殆どパンと生ハムで通したといってよいかも知れない。それでも生ハムは美味しくて飽きはしなかったけど、ご飯を食べると胃が安心するのかもしれないな。機内ではやはり余り眠れず「マイアミバイス」と「カジノロワイヤル」見てしまった。ウトウトすると朝食で酸っぱい物が多いのは眼を覚まさせる役目があるのかも知れない。成田着AM10:30。これで順調に行かないのが俺達でやっぱり成田であった。俺のリュックだけ出てこないのだ。とうとう最後まで出てこなかった。KLMのカウンターで調べたらどうやら飛行機に積み忘れたらしい。(リストに無かった。)それまで待たされてこれだものな。一筋縄じゃいかないんだな、やっぱり。税関は係りの人が付いててくれて通ったけど。中はたいした物は入ってないのだけど、ビデオは旧式の8mmだが、写したテープが貴重なんだ。幸いカメラは持ってたから良かった(悪い予感がしたんだよ)ものの家の鍵が入っているのだ。まぁここまできたからいいやって、久しぶりにラーメンと生ビールで昼食、まぁまぁだった。リムジンバスが近くの駅まで行くことがわかりよかった。家に帰るとチコとハナ(猫)がギャァギャァ鳴いて寄ってきた。余程寂しかったのだろう。やっと家に帰った気がした。。。
終わり

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2007年3月19日 (月)

カサ パタス

スペイン旅行最後の夜なので8時頃街に出かけた。カサパタスは開いていたけどお客はまだ入れていなくて、カマレロに予約をいれたのだが、解かったかどうかあやふや。近くの古いバルに入ったらお通しがハモンイベリコだった。その前にタパスでイカのプランチャも美味しかった。カミさんがイベリコを食べたいけど幾ら?って聞いたらE25だったので「高けぇな」と言ったら「半分でもいいよ」と「いったのでそれでいくことにした。これがカミさんに大受けで、本当に旨かった!トロのように油のサシが入って絶妙な味、もうどうでもいいやってカミさんはサングリアを2杯も飲んでしまった。後はもうマドリッドも終わりなのでむ一回マジョール広場に行ってからカサパタス に言った。そこで日本の女子大生の卒業旅行の二人と話して、入場券を買ってE25入ったら、ちゃんとテーブルに名前があって、其処にImg_3105座った。ショーが始まって、ギターを聴いたらモデルノのギターでカンテも今風でバイレもパレハからはじまったけれど、足も上体も切れの悪いパホーマンスだけは一人前の、日本のフラメンコと大して違わないものだった。バルセロナの足や上体の切れの良さには及ぶべくも無く、ただ大仰な見得を切るだけで、俺達はヘレスのファミリーのを見ていたので「なんだ!こりゃぁ?」と思ったのも仕方のない事だ。俺は無意識に首を振ってたらしく、カミさんは酔っ払っているのか変なハレオをかけるし、気になって「おとなしくせいよ」と説教する始末で、参った。カミさんは今まで観てきたものとの違いがわかってたみたいだったが、俺はそれはそれでと思ってはみたけど「マドリッドがこれかよ?」と思ったのは事実でカサパタスにしてもお客の大半は観光客で、以前は地元客ばかりみたいで、見る目もきびしかったけど、今はそれも昔話。お客はこんなのでも”OLe!”だし、グラナダよりマシかもしれないけどあんまり違わないと思う。マドリッドのフラメンコはこれを見る限り品質は落ちていると思った。ヘレスでさんがマドリッドは駄目だと言ったのはこのことか?と納得してしまったよ。

追記:モデルノの行き着く先はこれじゃないかなぁ?考えてしまった。マドリッドはなんでも先端をいっていると思われているので、確かに昔は洗練された踊りが一杯見られた。しかし、洗練されたその先がこれじゃないのかな?モデルノというのはいわば無国籍のアルテで何でもやっても良いという風潮があるように感じる。しかしそれが本来持っている資質を変えてしまうのも確かだと思う。行き着く先は多分こんなものになるんだろうなという一つのモデルを見た気がした。

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マドリを歩く

3月5日(月)晴れ 25日目
ムセオでハモンで朝食、ボガディージョ、トリティージャとコーヒー。起きて直ビールを飲んだのImg_3086でそんなもの。エチュガライの入り口の楽器屋は開いていなかった。エチュガライのロスガブイエロスも工事中であの有名な骸骨のタイルは壊してしまったのだろうか?コルテイングレで娘のバックを買う。此処を出てファナック(CD屋)に行ったけどここは何もなかった。今日の目的はギターの楽譜を買うことなので王立劇場の近くのレアルムシカまで足を伸ばした。ここでも大した物はなくサビカスとコードの本を買ったがE85もした。王宮の広場ではギターの演奏をしていて、カミさんはギタリストに「フラメンコを弾いてくれ」と言ったら「じゃパコデ ルシアを弾く」「パコは嫌いだから振りのを弾いてくれ」と言ったらしい。何て奴だ!どうりでなんだか変なソレアを弾いていたんだな。ぶらぶら帰りながらプラサマジョールの別のバルでモルシージャアロスノがあったのでビールで昼食にしてしまった。ここで又ハンチングを「買ってしまった。セビージャで買ったのをヘレスのマカニータの時無くしてしまったのだ。日本でも普段から仕事で被っているので俺のは全部スペイン製なんだけどもうボロになっている。ヘレスとマドリッドでは形も少し違っているのだが、今やヘレスでImg_3094も何処でもハンチングを被っている人はあまりいないみたいだった。帰りにひょっと見ると「コンデエルマノス」の店があったので入って1台弾かせててもらったけど音がビッテいてあまりいい音ではなかった。今風の軽いタッチのギター用に作ったのかも知れないが、なんだ?こりゃぁである。それでもF-4とか言うような量販品でも無かったのだ。今回はチューナーも持って行ったのでちゃんと調弦して弾いたのだ、値段も安い物ではなかったけど、そんなに良い楽器ではなかった。ついでにラミレス の店にも寄って1台弾いたけどどうも気に入る音ではなかった。マドリッドで店構えは立派だがこれなら、ゴメレス坂の工房の方が格段に良いとカミさんも言ってたほImg_3097どだ。やはり名前に胡坐をかいてしまうと品質は悪くなるのかもしれないね。それでも最高級品は違うのかも知れないけど、同じ値段だったら比べるまでもないな。(コンデはもうGrabinaではやっていないらしい)グラナダの倍の値段であれじゃ知れてる様な気がした。朝の楽器やに言ったけど昔のようにフラメンコ関係は全然無くてようやくカラコールのカンテの楽譜本を買ったけど高くてエステバンサンルーカルはあきらめてしまった。しかしイングレでみたバックを又出かけて買ってしまった。E80明日は水とパンだけかも。。
カミさんとワインとサンドイッチで夕食。今回の旅は楽しかったなぁとふたりとも極楽トンボで「明日はあしたの風が吹く」だよっと。帰ってからのことは、帰ってから考えよっ。

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またつまずく

3月4日(日)曇り 24日目 ヘレス~セビージャ~マドリッド
ヘレスを早く発ってマドリッドにいくつもりで、6:30オスタルを出て駅まで歩いた。ところが時刻表を見ると9:44セビージャ行き。しまった!昨日時刻表見に来るつもりがさぼったので、この有様だ。バス停に行くとマドリッド行き7:05とあり、バスが着いていたのでカミさんを呼びに駅まで行って来るともうバスは出てしまっていた。6:55なのに。駅に戻ってカミさんが一番早くマドりッドに行く方法を聞いていた。ヘレスからマドリッドまで切符を買うことにしてAVE込みでの値段を電卓で提示されたE129を払って、カフェでコーヒーを飲んでいると先程の駅員がやってきて、どうやら間違ったので切符売り場まで来て欲しい言った。「随分安いな」とカミさんと話していたので、やっと気がついたにか?と思ったけど向こうは切符の値段を1枚ずつ提示してE159だと言うので、笑いながら「お前が間違っていたんだよ」と言うと上司もそうだとうなずいいたので、残りの金を払った。それでも時間があまって仕方が無い。これじゃ昨夜のペーニャのテレモートもいけたかな?と思ったけど、いやいや、欲をかいちゃいかんと、思うことにした。やれやれ。。。
セビージャに着いて待ち時間に駅の椅子に座っていたら、女の人がTVかラジオのインタビューをさせてくれ、とカミさんに言ってた。実はこれが2回目でテアトロセントラルの時Canar SurのTV中継の人と立ち話をしていた時、明日時間があったらインタビューさせてくれないか?といわれていたのだ。こっちはスペイン語も英語も大して解からないし明日どうなるかも解からないので断っていたのだ。この時はテープレコーダを出して録音してたけれど、日本のフラメンコに付いて聞きたかったみたいだった。日本では3千人以上の人がフラメンコを習っていて教室も100以上あると言ったつもりだったが通じたかどうかかわからないけど、質問には答えたつもり。新幹線のAVEに乗ったらどうもツーリスモではなくて高い席のようだった。安くても良かったのだがツーリスモと言わなければならなかったなぁ。半分はウトウトして、後はスペインの風景を眺めてた。アトーチャに着いて地下鉄に乗ったらカミさんが上手く改札が通れなく閉まってしまったので、這って入ったら駅員に見つかって怒られてしまったけど、仕方ないよ。ソル で降りてリュック担いでオスタルに向かって歩いて聞いたらこの上だというので上がっていったら違うオスタルだった。ついでに明日の予約もしようと思って値段を聞いたら安かったE40(トイレ別)今夜も此処に泊まることにした。Pension ALSINDA。ソルから200mくらい入った所なので、帰りも便利なのだ。荷物を置いてソルの近くのムセオデハモンに行ってビールと食べたいと思ってたモルシージャImg_3080がやっと食べられたけど、その量が多いのにはびっくり、充分堪能してしまった。エチュガライ通りもかわっていて、サンタアナ広場は以前より大きくなっているきがした。Villa Rosaは健在みたいで、しかも上はオスタルになってるみたいだった。解かってたらこっちに泊まったよ。警官に聞いた路は間違ってたけど、Casa Patasは以前の場所にあった。此の辺からカミさんは疲れて機嫌が悪くなっImg_3083たのでオスタルに帰ってしまった。俺はセビージャやマドリに来ると少しテンションが上がるのでまだ歩きたいけどしょうがないなぁ。シャワーは熱くて気持ちよかった。

街に出てみたけど、すごい人出で賑わっていた。アルコデクチジェロスの広場は大きな白いテントが立っていて何かの工事をしているみたいで、以前の明るさはなかった。以前行ったことのある牛の首が飾ってあるバルは美味しいので今回もよったが海老のオリーブ煮が美味しかった。ブラブラして日曜はタブラオは休みというので、トーレスベルメハスに行ったら偉そうに予約じゃないと入れないと言う。マドリッドのタブラオに予約して行ったことなんか1回もないぜ。別に特に見たいわけじゃないので帰りにコルテイングレの地下でビールとハモンを買ってたら閉店時間で追い出されてしまった。オスタルに帰ってビールを飲んで、TVをみた。カミさんが疲れから胃が痛くなってちょうどいい休養になったな。帰りの飛行機のチケットが1枚紛失して、パニックになったけど、全部開いてみたら見つかったがチケットはカミさんの係りなので、それもあって調子を崩したのかもしれない。明日は少し買い物して早く寝て帰国の支度をしなくてなならない。

マドリッドは黒人やアラブ、中国人が増えていた。以前のようにあまり汚い格好の人は見かけなかったけど、それでもパトカーのサイレンは鳴っていた。前に一度やられているので」気をつけなければならない。やっぱり、あぶなそうなのも何人もいた。

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ヒターナ

さて「ヒターナ」ですが、自分などがとやかく言うようなシロモノじゃござんせん。最初から最後まで目が釘付けで、今まで観た舞台の最高のものでした!ファラオーナの巨体がどんな動きをしたのか、ファルーカの切れと動きの素晴らしさ、マリキージャの足と、その切れ、アンヘリータのヒターナの風格と渋さ、若い  の洗練された動き。その圧倒的なコンパス感。しかしカンテのよさも見逃せない。まるで闘牛士のように踊りを引き出していく根性とアイレ、それに答えるバイレ!これがフラメンコ!!これがプーロ!!観客もそれに答えて凄い拍手だった!会場中が一つのパルマになってこんなの初めて体験した!最後は総立ちのスタンディングオベーションでその舞台の素晴らしさを現していた。いやぁー!いいものを見せてもらったです!!観ても観なくてもいいやって思ってた俺浅墓でした。得したなぁー。
と思いながら考えていたのは、今のヘレスに習いにきている人達はこの踊りを見て感激しているけど、この人達が習っているものはこれからかけ離れたものじゃないんだろうか?であった。つまりヘレスまでフラメンコを習いに来てるけど、こういうプーロなフラメンコとは、別の物をやってない?俺はこういうのがフラメンコだと思っていて、今のモデルノの踊りは全然別の物ではないかと思ってしまう。わざわざヘレスまで来て別の物を習って行くのは矛盾してない?そうじゃないと言われればそれまでだが、こういうのを観てしまうと今の人達は何処を見て踊っているのかさっぱり解からないのである。そういう俺は最近は殆ど踊りを観ないので偉そうに言えないけど、なんだか変だなぁと、モデルノだったら別にスペインに来てまで習う意味があるんだろうか?と思ってしまった。
ともあれ、かくして、ヘレスの最後の夜は楽しく幕を下ろしたのである。帰りに食べたパエジャも美味しかった。

VIVA JEREZ !!ありがとね。

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一期一会

ヘレス最後の夜は「ヒターナ」を観ることだった。ところが出掛けにカミさんがチケットをしまい忘れて大騒ぎに、隣のチャリートさんに笑われてしまった。公演をみるのも良いけれど、そこに来る人を見るのも好きなので30分くらい前に行って横のバルでフイノを飲みながら周りを見ていた。店の中は人で一杯で、そこへ、同じテーブルに座っても良いか?と上品なマダムが聞いてきてその夫婦と一緒に座ることとなった。カミさんと向こうの旦那とのタバコのやり取りから、フラメンコの話に及ぶと、何とこの奥さんフェルナンダの姉妹なんだと!!?「あっと驚くタメゴロ!?」じゃないけど本当にビックリしてしまった。旦那が色々血統の話をしてくれて、有名なアルテスタの名前がゴロゴロ出てきてその関係が良く解からなかったけど、フエルナンダ、フニ、、バカン、など全んどその人達を知っていたので、向こうもビックリして、話が楽しくなった。スペイン語は喋れないけどフラメンコのことならわかるんだ。彼女たちはサンティアゴに住んでいるみたいで旦那さんはマヌエルだけど奥さんの名前が覚えられなかった。劇場のスタッフの人も顔を出して俺達にも挨拶してくれた。みんな良い人達で話していて楽しかった。そのうち俺達の勘定も払ってくれて、なんだか良い話を聞いたので俺達が奢んなきゃいけないのになぁ、と思いながら甘えてしまった。ありがとね。
日本人同士でテーブルに固まって話してるのもいいけど、俺達は習いに来てるわけでもないから、そういう付き合いはないわけで、何処でも二人でいるので、なんだかスペインの人達と何となく仲良くなってしまう。ロクに話せもしないんだけど、すぐにちょっと話しかけると話が発展してしまうのが面白い。こだわりなく聞いてしまうと、色々教えてくれたり、カミさんは誰とでもなじんでしまう感じなのだ。遠くからでもヒターナのおばちゃんがニコニコみてたり、どこかに血が混じってんじゃないだろうか?と思うこともあるんだ。遠慮がないといえばそれまでだが、その方が心を開いてくれると思うのは気のせいだろうか?今回の旅も色々な人と接して公演をみるよりそっちの方が記憶に残っているのだ。

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2007年3月18日 (日)

ヘレス最後の日はやっぱりヘレス

3月3日(土)晴れ 23日目
昨夜(今朝)遅く寝たのでロタとか行くのも止めてシェリーのボデガに行くことにした。ティオペペImg_3042の前には何人かの人達がいたのでその中に混じって待っていた。入場券は「タパス付きE14]遊園地の汽車みたいなのでボデガを巡り説明を聞くのだが日本で本で読んでいたので、大体のことはわかった。しかし、ネズミがシェリーを飲んでいる場面をみれるとは思ってなかったので面白かった。ツァーの最後に試飲とあったけど日本のワイン工場と違って何本かを試飲できるものでは無かったのである。フィノの小瓶とオロロソが一杯とタパスはボカディージョだったけど、のんびり回って飲んでいるのもいいものだなぁ。レパントの小瓶も買ったけど、ここにきて俺は疲れてしまったので、先にオスタルに帰って寝てしまった。一眠りしてから屋上でギターを弾いたけど爪が割れてて上手く弾けなかったけど、これでアンダルシアの旅は終わったなぁと実感した。やっぱり楽しかったなぁ。後は怖いマドリッドを気をつけていくだけだ。

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朝の4時まで

Img_3014 スーパーでサーモンとパン、ヨーグルトを買ってそれが夕食。11時頃ビジャマルタの横のバル テアトロはまだ大勢の人がいたので一回入ってみようといったら、着飾った人達や今夜の出演者らしい人で一杯だった。その中で我等がアントニオもネクタイをびしっと決めて完全にカバジェロで、それを見てカミさんと笑ってしまった。前に来た時はお互いにヨレヨレの格好でいつも一緒に歩いていたんだ。それが立派になって嬉しくなってしまう。しばらくして今夜のPena Buleriaに行ったら、まだ開いてなくて前に今夜の歌い手アルフォンソたちが集まっていた。そこへギターを抱えたルビチがきたのでビックリしてしまった。(聞いたのを忘れていたのだ)挨拶して「今夜弾くのか?」と聞いたら「そうだ」と言ったのでラッキー来て良かったな。今夜はいいものになるのは間違いないと確信したよ。中々始まらなくて地元の人は入れてるみたいだな?と待っていたらやっと入ることができた。ごえちゃんたちも来ていた、さすがオタクですな。
誰がでるのかも解からない名前も知らなかったが、カルピオ一族の最初はソレアでカンテは凄く良いのだがギターが重くてオイオイと思ってたら次のAntonioのカンテとDiegoのギターのFandangoは普通に良かった。ギターでこの位弾けるのは日本でも一杯いるな、と思ってたら、次のブレリアを聴いてそれが大間違いだと気付かされた。ブレリアは殆どがリズムを刻んでいてファルセータは少しだったのだが、それは日本人には弾けないとおもったし、現実に聴いたこともなかった。一見単純に弾いてるけど正にヘレスのノリで、日本の真似っこヘレスじゃなく本物のヘレスの弾き方なんだ。これはモロンも同じだけど、そのスタイルとはファルセータじゃないんだ。リズムの刻みでモロンかヘレスか解かってしまうくらい違いがはっきりしているのだ。今のはそれが、あいまいになって、同じ様なというか中途半端な弾き方なんだけど、それとは違いはっきりとしたヘレスの弾き方だった。カンテも正統でよかった。
2部はミヒータイホ「アルフォンソ」と「ドミンゴ ルビチ」ドミンゴは今や押しも押されもしないマエストロなのだ。12年前のボロ家のレッスンを思い出して良かったなぁと嬉しくなってしまう。アルフォンソはアレグリアスから始めた。初めすこし固かったけど徐々に乗り始め次のファンダンゴでは完全にペースを掴んだようだった。前の二人と似た歌い方で力強いカンテだった。Solea por Buleria、そして最後のFin de Fiestaはカルピオ一族総出といったImg_3019フィエスタだった。歌い手の子供がかなり上手くウナパタを踊り、それぞれ一人ずつ披露したが、年取ったおっかさんが唄いだした時はビックリ!全んどマイク無しで会場中に声が通って声量も息子達と同じくらいあると思ったし、細かい歌いまわし方は息子達より断然上手かったのだ!Ofuuuやっぱり只者じゃないと思ってましたよ、アタシゃ。俺は昔からおっかさん達のカンテが好きで、ピリニャーカ、マリア,ソレア、ブーラなんか大好きなのだ。途中でペーニャのImg_3021 重鎮みたいな人も踊り、最後に中央でニコニコしてたおじいちゃんの踊りにもびっくり!。ヒターノの家族のフィエスタって凄ぇなと感じさせられた。とにかくも来て良かったよ。終わってからも感動が冷めやらず、少し残ってフイノを飲んで彼らの写真を撮らせてもらった。オスタルに帰ったのは朝の4時だった。
この人達に友達あつかいされたのかねぇ?最初ブレリアで飲んでた時はこんな凄い奴等だとは思いもよらなかったよ。。参ったね。。。
ドミンゴはいい顔になって風格がでてきたな。奥さんのエバも幸せそうでバイレとカンテの教室を持っていると言ってた。二人とも真面目に一生懸命働いている感じがして、俺達が通ってたサン ミゲル通りから引っ越したらしい。少しでも関わった人が幸せになっているのを見ると、こちらも幸せを分けてもらっているみたいで嬉しい。ドミンゴのギターは歌い手の顔から目を離さず、やはり先の二人とは違って上手いとしか言いようの無いギターだった。ブレリアのときはドミンゴと他の一人ずつと笑いながら楽しそうに弾いていた。本当に暖かい感じのそして熱いフィエスタだった。ヘレスは凄いなぁ。。やっぱり。。

追記:隣の席に座っていた人は日本で20年踊りをやっているWさんという人で、俺を見て「何国人だか解からなかった、随分なじんでるみたいで、此処に住んでる人かと思った。」と言われた。そう言われてみれば、こういうフラメンコの場所では日本でもスペインでも全く違和感を感じないし、感じ方も同じなのだ。いいフラメンコだとニコニコしちゃうし、ハレオもかけてしまうし、カンテに合わせて勝手に体も動いてしまう。そんなの考えたことも無く日本(スペイン )だからどうだという感じでは今までもないのだ。日本人だろうがスペイン人だろうが感じるのは同じで何処でも本物のフラメンコの匂いは一緒なんだな。俺にとっては此処がスペインだろうが日本だろうがフラメンコのある場所にいるのには変わりがないんだから。

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