2013年12月15日 (日)

Boda de Oro

1 Jeronimoさん夫妻の結婚50周年(金婚式)に招待された。カミさんも招待されたのだが帰国しているので独り。場所はアラメダの何時もの所。半分に仕切られ片方は椅子が並べられセレモニーが友人によって執り行われた。子供達や孫達友人約50人が参列。何しろ50周年なのでお年寄りが多い。式の前にいろんな人に紹介された。スペイン国立バレー団の踊り手で今度2月に日本公演があるそうで「メデイア」の主役だそうだ。女性もその一員。何度も日本に行ってるらしく、気さくに楽しく話していた。2

友人が牧師代わりになり誓いの言葉もあったり、笑いが絶えない良い式だったね。自分の役割は何時もの様にビデオ撮影と写真撮影。少しでも喜んでくれると嬉しいからね。結婚式には今は携帯で何でも撮れるのだけど、ビデオはズームも効くし三脚使うから安定もするもの。今回は両方やらなければならないので大変だった。3

終わるとタパを摘みながら集まって話している。歌い手のPaco Camacho夫妻も招待されていて同じテーブルだった。同じテーブルのはRadio de Moronの幹部だった人もいてフラメンコの話が出来て楽しい。当たり前だけど良く知っているよね。途中お年寄りが具合が悪くなり救急車で運ばれたりして大変だったけど、皆深刻にならないのがアンダルシアかもね。本人にも笑いの種にしてしまう。Pacoが歌うのは聞いていて楽しみにしていたらギタリストが居ないの。終わる頃になってパコが「お前ギター取ってこいよ。」だって。えっ?俺が弾くの?仕方ないのでパコの車で家まで帰って持ってきた。娘さんたちの父親の暴露話?みたいなので皆を笑わせたり終止和やか。パコが「ギターを出せよ」と言うので(やっぱりやるのかいな)4

ところが最初のロメリアを弾き始めた途端激しい目眩に襲われた。(やばい)と思ったけど弾き続けた。でも倒れないようにするのと、カンテを聴かなくちゃという思いで必死だった。音が止まらないようにタダ弾いてただけだった。どうやって何を弾いたかさえ解らない位だった。酷かったね。ブレリアで少し良くなったけど、隣りに座っているのにまだ音が良く聴こえない。ソレアでようやく持ち直したが最後の方でつまずいた。次のブレリアで歌って居る時バイラオールが踊りだしてビックリ、顔をあげたら踊っているんだもの。踊りの伴奏なんてしたことないからね。ましてナショナル バレーのスターだぜ。しっちゃかめっちゃかに弾いてしまった。恥ずかしいったらないよね。後で謝っておいたけど。身内だからね。「気にするな」だったので良かった。(良かぁ無いけど仕方無い)あんな最悪な状態で弾いたの初めてだった。最後まで足が地に着いてない感じだった。皆は慰めてくれたけどね。まぁしょうがない。お祝いの席で倒れないで良かったというのが本心。Ofuuu。。。5

引き出物に頂いたオリーブ、カミさんへのシージャ、ビノいずれも結婚50周年記念のラベルが貼られていてお洒落です。

三澤勝宏さんを知っていると言うJuanと初めて会った。三澤さんがモロンに住んでいたのは知っていたけど三澤さんの知り合いはこれまで誰もいなかった。彼もギターを弾くらしい。弾いてくれたら良かったのに。

そんな事もあって無理をせずに早めに帰って来た。コタツに入って元に戻ったです。

追記:スペイン国立バレー団の二人はFarancisco Velasco Bellido(Fran)Penelopeだそうです.。とても気さくな良い人達でした。

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2013年6月10日 (月)

セビージャ 青空市

セビージャの日曜日に行なわれる青空市に何年も行きたいと思っていながら、今まで行ったことはありませんでした。ペーニャが日曜日の昼間だったので、早めに出かけて行ってみることにしました。

オリンピック会場の近くと聞いていたのだけど、マラソン大会が開かれていて通行止め(こりゃぁ今日は駄目かい)お天気も良いしこの辺はあまり来た事無いしペーニャの時間にも早いので散歩して見る事に。ブラブラ歩いて行くと道に夥しいゴミ。(やっぱりセビージャも汚くなったんだね)と思ってたら掃除人がゴミを道に吹き集めていてそれを掃除車が自動的に車に吸い込んでいたので感心。でおじさんに聞いたら「やってるよ、もっと向こうだ」だって。車止めたところから随分離れていて、鉄道に沿った野原みたいな所にそれぞれシートを敷いて数多くの店が出ていた。昔の泥棒市そのまま、ガラクタから新品に近い物まであらゆるものがあるみたい。マドリのラストロは行った事あるけど、もっと原始的。売っている人もヒタノやアラベが多い。モロンや他の市みたいなテントで衣装を吊るしているなんて余り見かけなかった。殆どがシートに無造作に並べられるか山積みしてるだけ。

カミさんもこいう場所は大好き人間なのでいろいろ見て回った。古物なのだが値段がかなり安い物が多い。カミさんはアクセサリー2ユーロを1ユーロに負けさせてご機嫌。殆ど新品のアイロン箱付きも3ユーロで買った。家で使ってみたら、普通に使えた。大きめのテーブルクロスが2ユーロ。ミシンも欲しかったらしいけど、これは動くかどうか解らないコードも無いもので諦めた。古い大きめのお皿1枚2ユーロ。自分はこの前ドイツ行ったとき空港で取られたスイスアーミーナイフの模造品を2ユーロでゲット。他の店でもっと状態の良いのが3ユーロで売ってた。見て回ると時間があっという間に過ぎて全部見られないうちにペーニャに行く時間。今度は場所も解ったし近くまで車で行ってゆっくり見る事にしよう。流石に此処ではカメラを出す気にならなかった。おばさんに「スリに気をつけなさいよ」と言われたばかりだったからね。買っても入れる袋はくれないので自分で持参するのが良い。あまり掘り出し物は無いけど行ってみると面白い場所です。セビージャの陶器市ってあるのかね?買わなくちゃいけないのがあるので探しているんだけど。

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2013年6月 4日 (火)

色んな事があります。

ポタへの入場券を買いに行こうと思いアントニオに電話したらネットで買えると言う。ネットで予約申し込みの場面で記入して送ると返信が来た。Caja Rural銀行に金額を払えという事だった。ここまでは順調。アントニオとCaja Rulalのモロン支店に行ったら、最初これは対応できないみたいな事を言われた。外国人には対応していないと言う。ネットって全世界じゃないの?この時点で頭に来て「もういいから直接買いに行こうぜ」と言った。最初からそのつもりだったからね。上司みたいなのが来て「お前らみたいな外人には不可能だよ」と言ったので「もういいや、その書類返してくれよ、向こうの担当に連絡するから」と言った。前もってアントニオが電話をかけてくれて担当の名前も聞いてくれてたからね。アントニオが「やってくれるから待て」と言う。結局払い込んで受け取りも貰って一安心なのだけど、22ユーロの入場券が24.25ユーロを払う事になった。しかも自分の証明書ではなくアントニオの名前で購入できたのだ。なんだこれ?アントニオがいなかったら買えないという事だ。これがスペインです。一一腹立てても仕方ないです。これでも安心できないのがスペインです。これが普通。結局ウトレラに行って買うより高くつきました。しかも席も決まりません。本当に買えたんだろうか?これで一番後の席とかじゃ踏んだり蹴ったりです。嫌な思いしてまで買う気は無いです。

ミゲロンで隣りのアルフオンソと一緒になる。アントニオとは余り知らない間柄。こういう時良い話題は食べ物の事。アルフオンソもアントニオも料理には煩い。「俺この前ポターヘ作って間違ってピカンテ入れてしまったけど美味しかったぞ「から始まって「俺は何時もモルシージャはオルベラまで買いに行ってんだ」アルフオンソ「「それならコリーペの方が良いぞ、彼処はチリソも美味いしチチャロネもいいぞ」アントニオ「コリーペは全部いいよな」「マタドールは俺の知ってる奴だから皆で行こう」というわけで木曜日にアルフオンソと一緒に買いに行く事になった。セビージャやヘレスみたいな都会とは違いその村での定評のある食べ物がある。そういうのは防腐剤が入ってないので直ぐにカビが生えて来るようなものだ。だから美味しい。こういうのを食べると街場のものが美味しく感じられなくなる。都会じゃ金を積めば美味しいものがあるんだろうけど、田舎じゃ普通の値段で美味しいものが食べられる。例えば都会で売られているカラコレは殆ど養殖だけどモロンじゃシェラのカラコレ。同じTio Pepeでも日本で飲むのとこっちのTio Pepeは全然味が違うのと同じです。

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2012年11月16日 (金)

楽しい刻

今自分にとって楽しい時はフラメンコの傍にいる時だ。日本にいるときも楽しかったけど此処はモロンなので倍も楽しい。ぺぺが家に歌いに来た。今日は録音を取ってみた。ぺぺは風邪気味で始め喉が良くなかったけどだんだん良くなる。ソレアはちょっと?の所があったけけどぺぺはすごくよかった。シギリジャはカンビオで自分の弾き方がおかしい。でも破綻はしなかったと思う。他にも弾いたけど終わってからガジョに二人で行った。いつものメンバーのほかにPaco Camachoがいたので(こりゃぁ弾けるかも)と期待を持った。今までCamachoの伴奏はした事がない。ロベルトは別としてもNino Rosa ,Camacho,Carpinteroが残っている。そのカマチョはマヌエルの伴奏で歌っていて以前は鼻も引っ掛けてもらえなかった。本人はとても良い人で会えば挨拶してくれる人なんだけど。今日は特に歌ってくれとも頼まないで、合間に勝手に弾き始める。マヌエルのカポと同じで。ソレア、カマチョが入ってきた。(やったね歌わせる事ができたらOkだもの))一つ歌ってマヌエルが首を振ったので止めてカポを上げる。今度はマヌエルが頷く。うん気持ちいい。カマチョのカンテは正確でマチョだ。モロンで一番うまいと言われるわけだね。ソレア、シギリジャは自分の弾き方は独特なのでマヌエルは入ってこない。自由に弾ける。気持ちが良い。でも終わったら必ずマヌエルにコンパスが合っていたかどうかは聞く。大丈夫みたいだった。シギリジャも気持ち良い。その後ぺぺの弟のアントニオが歌う。彼はのど自慢タイプでカンテボニートが得意。好みじゃないけどやっぱり上手い。言うまでも無くこの間のTAKAより数段上。でも只のアマチュア。マヌエルはこういうのの伴奏上手いなぁ。こうやってみんなで同じテーブルでフラメンコしているのが不思議だけど楽しいから顔は笑いっ放し。フラメンコって良いよぉ。どんな有名なアルテスタの舞台を見るよりこういう所でフラメンコを感じてられれば他に何もいらないんだよ。他所に行く必要もない。欲張りじゃないしね。

今日から太田君がモロンに住み始めた。部屋を自分で探したけど上手くいかず、結局うちの家主のメルセのピソを借りることになった。モロン生活はどうなる事やらわかりません。

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2011年12月26日 (月)

2011年ポルトガル

18日から今日までポルトガルに行ってきました。次女夫婦が休暇でブラジルからポルトガル旅行に来るので会いに行くのが目的です。
いやぁ、今までこんな贅沢な旅行は初めてだった。
Lisboa-Bussaco-Porto-Obidos-Lisboa を周ってきました。色んな事があり,奇跡のような事もあり、全てが楽しくて良い思い出になって、孫と一緒にすごせたのが何よりの事だった。2つの5星のホテルに泊まれたのも良かった。特にBussacoPalece Hotelはヨーロッパ最高級ホテルで建物も室内も建築好きな自分には見るところが一杯あってよかった。いずれ詳しく書くつもりです全部娘婿のHさんに負担してもらってしまった。ありがとうね!!。こんな旅行2度と出来ないだろうね。。昨日娘達と別れてもう1泊5星に連泊して帰る途中ドライブインで食い逃げをみたり、其処でCDの掘り出し物を見つけたりして最後まで面白かった旅だった。
今日はクリスマスでTVではクリスマスのイサベル パントーハの番組でポベダが歌っています。それを見てスペインに帰ったんだなってホットしているところ。まだこれかよ(苦笑)。ポルトガル ワインも美味いけど家で飲むフィノも美味いねぇ。

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2010年10月19日 (火)

ポルトガル4日目 Sintra-Badajos-Moron

シントラからモロンに帰るので早く起きたのだが、やはり9時になり、まだシントラで見ていないモーロの城とPalacio da Penaを見るつもりだった。Sao Pedroの方が行きやすいと思って行ったらここからは歩いてしか行けないとの事で又シントラまで戻り細い山道を車で行った。対向車があると怖いところで門の所まで来て気が付いたのだが此処は一方通行で観光バスまで来ていたのだ。モーロの城は通りすぎていた。地図に書いてくれれば良いのにそういうところは不親切。10時開園で車で待つことに、ツアー客も多く此処はタイルが素晴らしい宮殿で有名なところ。王族の夏の避暑地に作られて中は豪華な部屋が中庭を囲んで作られていて中々良い。来てみてよかった。シントラは観光地でお勧めです。帰りに日本の中年の女の人と話したけど一人で回ってるらしい。お天気に喪恵まれポルトガルは来てみてよかったと思う。シントラからリスボンまで15分くらいで来てしまい南周りで帰ることにしたのだが、A2を走っていると標識がEspanaと合ったので疑いも無くそちらに曲がった。ところがどうも来た道と違うのだ。標識にEvora方面とありMelidaに抜ける国道だったのだ。同じ道より少し遠回りだけどこれも面白いや、道は続いてるからパサナダ。国境まで大分あり130Kmで途中ガソリン切れを心配しながら漸く給油してホットした。スタンドがあるまで50Km走たねばならないのだ。国境を越えてすぐの街がバダホスでポリーナ バダホスという歌い手が出た街で寄ってみることに舌。日曜なのでお店は全部閉まっていたのだが、車を止めたところに混んでいるレストランがあったので食事をすることにしたのだが地元客で一杯で直ぐには出来ないとの事。此処でカミさんの機嫌が又悪くなっ炊けど、仕方無いだろうよ。バルで少し食べてお城にいって見る事にした。修復工事中だったが中々大きい城みたいだった。其処から一路モロンまで何処にも寄らず一気に帰って来た。道は今までよりは車が多かったけどセビージャまでは問題なく、モロンに行く道に入ると何時もホットする。やっぱりモロンはいいわ。流石に外に出る気も無くお風呂に入って早く寝てしまった。漸くポルトガルの旅が終わった。うちのオペルは小さいけど良く走ったなぁ。

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2010年10月18日 (月)

ポルトガル3日目 Lisboa-Nazare-Sintra

リスボンのホテルを朝9時に発ちA2を一路Nazareに向かう。何故ナサレかと云う根拠も無く名前だけ知っていたから、と言う他無い。昔の日本の鄙びた漁村みたいで干物を作っているという話だった。リスボンからナサレまでが意外と遠く300Km以上あるようだった。道路は聞いていたほど悪くは無く、幹線道路から外れても整っていたただし幹線道路は有料が多く日本のようだけど長距離走っても値段が安いのが日本と違うところだ。ナサレに入って直ぐメルカドを見つけたので海岸に車を置いて戻った。ファロでは時間が合わずメルカドも何処にあるのか解らず行かず仕舞いだったのだ。けれどもお目当ての魚はたいして種類も無く海老類は皆無、かろうじて真鯛の中くらいのガあったので捌いてもらって(捌けなかったらカミさんが遣るつもりだった)車に戻り茣蓙を持って渚の近くに広げた。人は殆ど居なかったけど観光客らしき家族が海に入っていた。海は穏やかで天気もよ良く此処でビールを飲みながら鯛のお刺身を作って持ってきたワサビと醤油が漸く役に立つことになった。俺たちはどんな立派なレストランよりこうして市場で新鮮な魚や海老を買って海辺や景色の良い所で気兼ねなく食べた方が余程美味しいのだ。食べ終わったら波の音を聴きながらウトウトしていると何と贅沢な事か。まぁ安上がりなんだろな、俺たちは。ナサレは聞いていた鄙びた漁村と言うよりリゾート地になっており、観光客も多く見かけて観光スポットになっており、魚の日干し造りは1箇所オバチャンが遣っていて大した規模でもなかったけれども鯵や鯖、ドラドの日干しが作られていて、鯵の干物だけ買った。家でも干物はこれまで作っているけど此処のはミリン干しのような色合いだった。此処から観光地Sintraに向かったのだが幹線道路から外れて海岸伝いに行くことにしたのだが、時間が掛かって幾らも進め無いことに気が付き再びA2に入りシントラまで、しかしここでも幹線をTorres Vedras で降りたため田舎道を大分走ることになったのだが、それも楽しかった。Mafraがシントラだと思ったり、一つ手前のSao Pedroでホテルを探そうとしたり間違えながらもシントラに着いた。此処は山の中の村で王様の避暑地みたいな村で有名な観光地らしい。又もや車を止める所を探すのに苦労したけど、何とか良い場所に止められたのだが、何回も上り下りを繰り返すことになった。此処はホテルも決めていなく何とか為るだろうと思っていたのだが週末で観光客も一杯。昨日から太ももが痛くて歩きたくない。トゥーリスモで聞いたら1Km以上歩かなければいけなかったり、高すぎたり(何時も安宿泊まりが我が家の常識)であきらめかけてたら近所のバルの部屋があいてるから其処はどうだ?と聞かれた。50ユーロ風呂付。文句無く其処に決めて行ったら、20mと離れていなくまさにセントロで、部屋も綺麗だし言うことなし。車まで荷物を取りに行き、まだ明るいので近くのQuinta da Regaleiraに行くことにしたのだが、山の中なので当然の事ながら坂道ばかり、しかし行って良かった。頂上までは行かなかったけれども殆ど見て回れた。遊び心があってガウディは建物の彫刻に粋を凝らしているけど此処は自然の岩がその役目を荷っていて、中でもトンネルが掘られて入ると鍾乳洞の様な趣で池があったり、飽きることが無い。宮殿も素晴らしいし、シントラは一見の価値ありで来て良かったよ。只足の状態は良く無く手疲れきってしまった。歳はとりたくないなぁ。夜食べようとレストランを覗いたけど皆同じような1枚皿に盛り付けた観光料理みたいなものだけで、食欲もわかず結局インド料理の店に入ることにした。ビールが日本の大ジョッキより大きくて、こっちに来てから初めこういうのに出くわした。(スペインはコップだからね)カレーはまずまずで、カミさんのスパゲティは正しく日本のナポリタンと同じだった。まぁ美味しかった。帰って熱い風呂に入り寝てしまった。

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フアド

路面電車を降りたところで、オバァサンに聞いたらそれほど遠くないのが解って、又坂を上って行った。大きな通りにでると大勢の人達が往来して、活気がある。もう暗くなっていて、其処が目的のBairro Alto地区だった。と書くともう解るように、リスボンまで来た目的はフアドを聴くためであり、フアドのメッカがBairro Altoだと聞いていたからだ。6 路地を歩くといたる所にFADOの看板のお店があるが、まだ誰もお客は居なくがらんとした店ばかり。呼び込みのおじさんもいるが、誰も入る人も居ない。しかしワインバーで教えて貰った”Cafe Luso”というお店の前に行くと人だかりができていて、観光バスから大勢のお客が降りてきて店の中に入って行く。新宿のエルフラのハトバスコースの様なのかも知れない。中も幕が降りたステージがあり豪華そうだった。一回りしても良い店が無さそうだったので、入って案内された席は到底ステージなど見えない場所で、これでは見ても仕方無いので向かいの家族でやっているというお店に入った。案内されたのは最前列の演奏者の目の前でお客も何組も入っていて小さい店ながら活気はある。此処でメニューの事でカミさんの我儘が出て険悪な雰囲気になった。疲れてくると両方とも我慢できなくなるし、ちょっとの事で喧嘩になる。「コシード ポルトゲーゼ」と言うのを食べたかったのだが、昨日煮込みを食べたのでそんなもの食べたく無い。サラダだけとかメチャクチャ言う。結局カミサンはガンバス アルヒージョ、自分は鱈のクリーム煮見たいのを頼んだら、出てきたのは中身の無いグラタンみたいなもので鱈の影も形も無いもの。刷り込んであるのだろうが、まるで病人食みたい。味はまぁまぁ。ワインも不味かった。その前に寿司が美味しいと聞いていたたのだが日本食レストランなんて見つからなかったのだ。本当に食べ物に当たったためしが無いなぁ。
そのフアドだがお年寄りのポルトガルの12弦ギターと40代くらいの人のクラシックギター2人で弾く伝統的?なスタイル。中年の男女2人ずつの歌い手が出た。フアドって殆ど知らなくて、哀愁とサイダーデ(郷愁)誘う歌だと思っていたのだが、明るくまるでシャンソンのように聴こえた。ポルトガル語自体がブラジルで聞いたのとは違いフランス語とドイツ語を足したような感じで聴き取りにくく、言葉は最初から諦めて全部カタコトのスペイン語でしていたのだ。この店はマイク無しで全部生で聴けて良かったのだが、それ故にごまかしが出来ないものになる。男性歌手は声に伸びと艶も無くて歌い手としてそれほど良いとは思わなかった。太ったおばちゃんは普通で最後に歌ったヒタナみたいな感じの光物を付けた人が此処のスターだったのかもしれない、唯一プロの歌手みたいだった。けれどもフラメンコのカンテを聴いているせいか、物足りないんだね。ギターは目近で見るのは初めてで興味津々だった。12弦ギターが歌のメロディー部分を担当してギターはコードの音の2つくらいを単音で親指で弾いてリズムを弾くみたいで4拍子。12弦ギターはブラジルで見たショーロの方が上手いし、メロディーも豊富で綺麗だったし、比べるとブラジルの方が良い気がする。ギターは歌にあわせてコードを頻繁に変えて弾くので歌を知っていないと両方とも成り立たないのだけど、フラメンコにくらべて単純のような気もする。こう書くとフアドの人に怒られそうだけど、違う文化なので仕方無いと思う。行った店が悪かったのか、どうかは解らないけどお客は楽しそうに一緒に歌ったりで雰囲気はとても良かった。後で出演者が自分たちのCDをそれぞれ売りに歩いたけどとても買う気にはならなかった。外に出て口直しに他の店とも思ったけど、この音楽はそれほど変わらないように思えたので寄らずにホテルまで帰ってしまった。フアドは期待外れだった。

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ポルトガル2日目 Faro-Lisboa

フアロからリスボンまでA2を平均時速130Kmで走り続け2時間少しでリスボンの手前まで来たのだが、北の方から入ったほうが良いと思ったのでノルテ回りにしたのだが、結局地図も把握できておらず、何処を走っているのかさえ解らないのでとりあえず、高速道路を降りて検討しようと思ったら、丁度良い所に警官がいたので地図と行き先を示して教えて貰った。車は反対方向に向いていて、大体どのあたりか解った。天の助けだった。其処から又少し間違えながらも何とかホテルに辿りついた。此処は今まで泊まったホテルでは一番上等の3つ星クラスで地下駐車場ガついていたので決めたのだ。首都で駐車は難しいのではと考えた。
其処から地下鉄でセントロまで行ったのだけど、2人分の往復チケットを買ったつもりで料金も払ったのだが出る時になって一人しか出られない。又一人分チケットを買う嵌めになってしまった。まだ時間が3時頃だったので、乗り降り自由の市内観光2階建てバスに乗ることにした。パリで乗ってこれが一番良い方法なのが解ったからだ。一通り観光場所が見れるのと地理が把握できる。4 ベレンの搭で降りて中に入り螺旋階段を登って見渡した。リスボンの河は海と思えるほど大きく、近くのドッグには買っての豪華客船クイーン エリザベスも入坑していて、初めて本物を遠くから見た。修理の為だろうネェ。解体だったら嫌だなぁ。ところが降りてきたら太ももが痛くなって歩けなくなってしまった。こんな事は初めてでふくらはぎは痛くなるけどね。最近歩いて無いのが祟ったらしい。7 一休みして又バスに乗りセントロの近くで降りた。美術館の中とかは時間が無いので最初から見るつもりは無かった。ホテルに帰って又出るのも疲れてたので嫌なのでそのまま歩いてCastelo Sao Josemade 痛む足で坂道を登っていった。考えてみたらチンチン電車に乗れば良かったのだが其処まで行っているとは知らなかったのだ。しかし無理しても行った甲斐はあって中々良い所でかってのポルトガルの隆盛が偲ばれた。帰りにワインバーで飲んだポルト ワインは甘くないのを頼んでみたらとても美味くて、これまで飲んだのとは全然違っていた。しかし名前を聞き損ねたのでその後買うことが出来なかった。帰りは坂道を降りるだけなのだが、昔のチンチン電車に乗りたくて乗ってみた。人は満員だったけど昔の電車そのものなので、乗って良かったよ。しかし考えてた場所より先に行ってしまい降りたけど、此処は何処?5_3

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ポルトガル第1日目 Moron -Huelv-Faro(Portugall)

ポルトガル3泊4日ドライブ旅行に行ってさっき帰って来ました。疲れたぁ!!歳はとりたくないものだね。1日目8時にモロンを出て順調にポルトガルのJaroに向かった。何故Jaroかというと、何の意味も無く初めてポルトガルに車で行くのでリスボンの中間でいいかな?と思っただけ。1 しかしこのままだと早く着きすぎると思ったのでHuelvaに寄ってみる事にした。Huelvaは思ったより大きい街で何処が何処やら解らない。ツーリスモで地図を貰ったけど、さっぱり解らないのでブラブラ街歩きしてから何だか古い船があるという場所に行ったら其処には無く大きな橋を渡った向こうの街にあるらしい。大分元に戻る方向に走って、その展示してある場所にやっと辿り着いた。其処は静かなところで、博物館のようなところに”カラック”の復元船が3隻係留されていた。カラックというのはコロンブスがアメリカを発見した時代の船で帆船好きとしては見逃せなく、とても面白かった。時間があれば細部まで写真を撮っていたのだがもう一度来たいところではある。モロンからウエルバまで約3時間。2
其処から2時間30分でポルトガルのフアロに着いたのだが此処も街がどうなって居るのかも解らず海辺の街にもかかわらず観光地で車の止める場所を探すのに一苦労。何とか止めてたのだが予約したホテルを探すのに人に聞きながらなのだが、ポルトガル語が全然解らない。スペイン語に近いと思ったのだが大間違いで。フランス語に近い気がした。それでも何とか辿りついた。荷物を置いて車を取りに行きホテルの傍の路上に置いたのだが朝見たら傷とドアがへこんでいたのでガッカリ。どうやら自転車がぶつかったみたいだ。フアロの駅で止まっていた電車の写真撮っていたら警備員みたいなのが偉そうに写真は撮って駄目なんだと。街を見るのに歩くのに疲れたので遊園地の汽車自動車みたいなのに乗って街を一周。3 観光客も多く。これが一番手っ取り早いし楽しい。。夜レストランにポルトガル調理のカタプラーナと云うのを食べた。これは他の料理より高くて38ユーロ。魚介類のブイアベース。確かに味は良かったけどこれなら材料が新鮮なら自分たちでも、もっと美味しく出来ると思う。トマトベース、海老、鱈(少ブツ切り)アサリ(中)野菜(タマネギ、ニンニク、ピーマンなどを土鍋で煮込むだけ。ちょっと味噌味のような感じが美味しかった。4夜中に表が騒がしく太鼓の音や大勢の人が明け方まで騒いでいた。何かのお祭りみたいだったけど疲れて見る気も起きなかった。

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