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2009年11月30日 (月)

Pena Gallo

日曜の朝は土砂降りの雨でその中をカミさんはヘレスに出かけた。バス停まで送って帰ったらどうも調子が悪い。だるくってお腹も痛いんだ。でも今日はペーニャなのでゆっくり出かけた。

Cante: Paco Camacho, Teresa Rios
Gutarras: Juan Torre , Antonio Moya
Compas: Rosario Ancari Pena

1_2 Juanは初めて見る若いモロンのギタリストで彼のソロSoleaから始まった。何というかバランスの悪いギターだった。簡単なDiegoのフアルセータはゆっくりで音を一杯使うところは目一杯早く弾こうとしているみたい。これは伴奏でも変わらなく自分のフアルセータ命みたいで、おまけに煩すぎた。カマチョはこんな若いのとやれるのか?と思ったけど心配無用。ギターはお構いなし2 で唄っていた。しかしMalagenaの最後のベルディアレでは流石に唄い難そうだった。だってルンバともとれる刻み方だったんだから。カマチョは今モロンを代表する歌い手なのだ。が何処にでもいる普通のおじさんで、唄うとヤッパリちがうんだね。

3皆のお目当てはTeresa(テレシーナ)でモロンでは人気者。ルビアと呼ばれたりしている。Tango、Fandango、Buleriaでこの人はフエステーラなので立ったまま唄っていた。しかし自分のお腹が痛くなって寒気もするし、帰ろうかと思うほどだった。椅子に座って我慢してたら、ビール飲まないか?とか言ってくれたけど、それどこじゃなかった。それでも最後まで見てとても良かっ た。最後のブレリアはPaco AmparoとLuisがパルマで上が4り、モジャもモロンのギタリスト二人の前じゃ目一杯弾かなきゃならないのだ。乗せるようなパルマ叩いてたもの。

今日のアルテスタはモロンなので、ガジョはパコ、ルイスを始め、Paco del Gastorのフアミリア、Agistin,Mercedez夫妻などヒターノが一杯来ていたのはテレシーナが彼らのフアミリーだからなんだ。こういう時は一族で応援に来るのだね。終わって限界だったので直ぐ帰った。街路樹のオレンジを雨の中カマチョが背伸びしてとっていた。これは食べられないけど料理に入れて使うらしい。帰って直ぐ寝てしまった。

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Final cante conculso

夜はアルカラのPena Solea de Alacalaのコンクールの最終日でした。クラスは

1.Soea de Alcala  Solea de Alcala 1300 E

2..Seguiriyas, Soleá, Toná Tientos, Martinete, Debla, Polos, Cañas, Serranas, Livianas y Bulerias por  Demás estilos de cantes Soleá  1200 E

3.  Demás estilos de cantes  800 E

1 4.  ESPECIAL JOVEN   Cante: Libre 500E

4の若い人のカンテはもう決まっていて残り3つのparteで6人が競いました。2部にわかれて、各クラスの人が一人ずつ唄いました。1部は次の順番です。

2 4. Villanueva de la Serena (Badajoz)
3. Crstina Soler Gago (Huelva)
2. Tomas Prella El Faro (Alcala)
1. Manuel Cordero Campoe (Las Cabezas)

Villanuevaは一言で言って良くこういうのが残ったなぁというのが印象で3 す。もっとマシなのいないのかよ?余程嬉しかったのか役員に媚売りまくってた。紅一点のCrstinaはMalagenaがまぁまぁ、だったけどアカデミアのカンテ。面白くも何ともない。TomasはSiguiriyaを熱唱してが、これも普通だね。いよいよ最後のお目当てSolea de Alcala何だけどTientosを最初に唄った?そしてソレア、”一体この何処がSolea de Alcalaなんだ!?”只の踊り歌のソレアじゃないか。Manolitoは何処に行ったんだ?。4_2 そういえばこのペーニャに写真も無かったよな。段々腹が立ってきた。役員はこんなの最終予選に残してどうしようってんだ?休憩中もう厭になって帰りたかった。

4. Villanueva de la Serena
3. Pedro Cartes Cortes (Sanroque)
5 2. Antonio Haya El Jaro(Cordoba)
1. Jose mAnuel Morina(Sevilla)

PedroとAntonioはギターを連れてきていたけどペーニャのギタリストNin6 o Eliasのほうがレベルが上なんだよ。この辺になるともう厭になっきていて、青木さんは下を向いて寝てるのかと思ったら顔見ると気持ちが悪くなるので下を向いてたんだって。最後にJoseが出てきたときあれ?この人役員じゃなかったの?と思ってた。この日唯一のヒタノの歌い手?みたいだった。ソレアのサリーダでこれ!?だよ。(アルカラはサリーダから違うのだよ)そ7 して最初のレトラの一言目で「Alcala!]とハレオがかかったね。おーいやっとかよ。それからもそのハレオはあちこちから掛けられていて、これがSolea de Alcalaなんだよ。ブレリアも凄くノリがよくて、他の歌い手達と明らかにダントツに違っていた。けれど普通のブレリアでアルカラのブレリアじゃなかった。他のカンテは何か別のお唄で彼のはフラメンコだったよ。終8 わったら俺達のほうにやってきて「大阪!アレグリア」とか言ってたけど大阪で仕事したことあるらしい。「アンタが一番」て言ったら嬉しそうだった。けれどもこれ程違うものかをまざまざと見せ付けられた気がした。誤解が無いように最終予選に残った人達は相当の実力の持ち主達です。しかしパジョのリンピアな整ったアカデミアのカンテなぞこの前には色あせてしまうのだ。声も技巧的にも上手いんだけど、その人の個性が見え無いのだ。何とか学院なんかで習ったカンテって皆こうなっちゃうんだろうなぁ。
しかし、これだけ大勢コンクールに出ていて”Solea de Alcala”を唄えるのが一人しか居ないなんて。来年はどうなっちゃうんだろう?彼にしたって唄ったのはその中の2つのパターンのアルカラだけだったのだ。

受賞者は
1.Jose Manuel Molina
2. Tomas Perella Nino Canito
3. Pedro Cortes Cortes
4. Villanueva de la Serena

まぁまぁ面白かった。今日は一日が長かった。帰ったのは3時だった。しかしJoseが出なかったら最低のコンクールって書くところだった。

.追記:EliasはAlias Chincoa Alcnbillas"Nino Elias"Flamencologo y Guitarristaだそうだ。モロンでもDiego del Gastorの講演をしたららしい。どうりでカンテをよく知ってるわけだ。

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2009年11月29日 (日)

カミさんの誕生日

昨日はカミさんの誕生日でした。プレゼントは前の日に渡していたので、イグナシオのレッスンの後カレラに飲みに行った。入口にアントニオがいて、食事を頼もうとしたら「お前達これからアラメダに行くんだから此処で食べちゃ駄目だぞ」と言われた。そういや昨夜そんな事いってたなぁ。2時半からなのでイグナシオ夫妻もやってきて一緒に飲んだ。アントニオはイグナシオも招待したので、それまでカレラで話してから一緒に行った。バルの庭にはアントニオのフアミリーが全員顔を見せていて、知らない人もいた。何の会かも判らず合流して、イグナシオは初め居心地が悪そうだったけど、コマンダンテが一緒に並んでくれて良かった。何の挨拶も無く只皆でお喋りしながら食事をしたけど、(一体どうなるのか?誰がお金を払うんだ?)と思っていた。隣の人は太極拳やクンフーをやっていて、リタイヤしたら中国に住みたいといってた。フラメンコの事も詳しく此処はやっぱりモロンなんだ。カミさんも楽しそうでこれは皆でお祝いしてくれてんだ、と思うことにした。実はこの会はカサージャの詩人Manuel Gerenaさんを祝う会で彼はいわゆる抵抗詩人で監獄にも入れられたらしい。カンテも唄うしレトラを一杯書いた人で彼のレトラを歌う人は多いみたいなんだ。俺に説明するのに手首を合わせて手錠をかけられている様子と本人の前でやったのには驚いた。アンダルーだよな。終わり頃に勘定は割り勘でイグナシオは招待なのでいらなかった。実のところ此処の人達は皆パジョでしかも裕福な人もいたのだ。皆アフシオナードなんだけど少し心配もしたのだが、いい機会だから皆にイグナシオを知ってもらいたかったのだ。イグナシオもこれからこういう付き合いが出来れば悪い事ではないと思う。

帰りに公園を通ったらPaco Amparo達が飲んでいたので寄った。パコ、ガスパール、ヘスス、イグナシオ、知らないおっちゃんまで全員ヒターノで直ぐにカンテや踊りが飛び出すこれは又違った世界なんだ。俺とカミさんはモロンでは変わった日本人だと思われているのかもしれない。けれども両方とも今良い関係にあるんだと思う。一つにはフラメンコに対してアフシオンは誰でも同じだと思っているからで、日本人だからって遠慮しているわけでもなく、誰とでも普通に付き合えるからだと思っている。スペインに来てから本当に色んな人と知り合いになった。日本に居るときもそうだったし良い友達に恵まれているんだ。

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2009年11月27日 (金)

小雨のセビージャ

モロンを出る時から雨が降っていて、セビージャに着いた時も小雨模様。望遠エンズの修理が出来たので取りに行ったのだ。治ってよかったけど74ユーロもかかってしまった。買うより安いけど、セビージャでついでに他の店も見てみたけど、思った程レンズの種類はないです。300mmの望遠が欲しいけれどニコンはなかった。このところネットでレンズの事を調べまくっていたのだが、無いのでは何の役にも立たなかった。ヒラルダの周りにはクリスマスのべレンの人形の市が立っていた。日本の師走風景と同じだなぁ。プラサ ヌエバで古本市も立っていて、覗いて廻ったら、フラメンコの本も随分あった。マイレーナのDDに準拠した分厚い本があったので、アントニオのクリスマス プレゼントにいいかな?と思って買ってしまった。同じような日本のぺぺ飯野さんの本はアントニオにあげて喜ばれたのだけど、日本語じゃしょうがないだろうからね。自分には[101 Poesias en Calo]という1841年に出た小冊子の復刻版。イグナシオがたまにカロを喋るので何時か驚かせてやろうと思う。トリアーナまで行こうと思ったけど天気も悪いのであきらめた。路面電車でヒターナの凄い美人にあった。多分有名な踊り手だと思うけど名前が出てこなかった。やっぱりセビージャだな。この前Juana Amaya ,Nazareと一緒のバスだったけどね。

モロンに来てからポスターに興味を持って古いモロンのポスター(Gaspacho他)を探しています。ポスターは消耗品で今では今年のポスターももう手に入りません。やっと去年のポスターを貰って大事に飾っています。セビージャに行くと時間がある時寄っているポスター屋さんに最近オリジナルのポスターを置くようになった。今日はそこで、昔のCante Jond Festivalのがあった。とても良かったので値段を聞いたら500ユーロだった。大きすぎたのと高すぎたのであきらめた。でもあれ欲しかったぁ!。コピーは1/10の値段だけどね。

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2009年11月25日 (水)

練習

ペペに写真持っていったら喜ばれたけど、今回は自分ではあまり納得がいかないもの。レンズが1本なので仕方が無い。夕方ペペとガジョで誰も居ない中練習。最近本当に集中力が無い。ソレアでは長く唄っていると同じ音域が続くことが多いののだけど、待ちきれないのと、他の弾き方が頭を掠めてしまうんだ。余計なことを考えずにカンテを追えばいいのだけど、上手くいかなくなってきている。慣れたというのは良くない事で予測してしまうのも良くないのだ。ブレリアは相当長い時間やったのだけど、ここでも余計なことを考えすぎ。それとこのスピード(かなり普通より早い)では弾けるフアルセータ(アリーバ)がいくつも無いのだ。カンテを待っている間が長いのでもう少し増やさなくては。家で練習しているときはかなり自由になってきたけど、実戦になると決まったようにしかならないのも、集中力が切れる原因。もっと何時でも出せるように練習しなきゃだけど、モチベーションが無いとそれも駄目なんだよな。それか、考えなくても勝手に指が動いてくれるようになってくれればいいんだけどね、無理だね。やっぱりペペと当分地道に磨いてくしかないのだ。ギターって難しいなぁ。

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2009年11月23日 (月)

SUKIYAKI

何時もアントニオ夫妻に食事を招待してもらっているので、今日は家に来てもらった。豆腐があるうちにすき焼きを食べさせたかったらだ。しかし何時も不思議に思うのはハモンは薄く切れるのに牛肉は薄く切れないんだね。肉文化の国なのに何でだろう?我が家には電気プレートが無いのでアントニオに借りた。ボケロンの酢付けは、味は良かったみたいだ。二人とも箸を使うのは初めてだったけど、エレーナは直ぐに使えるようになってアントニオも少し使えるようになった。シュウマイもどきは皮が良くなく剥がれてしまうのが難点。いよいよすき焼きなんだけど、スペインの肉は赤身が多く、油の差しが入ったのは無いのだ。何とかそれらしいのを見つけて家で薄く切り直したけどまだすき焼きの厚さには成らなかった。豆腐、ビーフン(シラタキの変わり)野菜、肉。見た目はまぁまぁ。此処で問題はスペイン人は生の卵は食べないのだ。知ってたけどあえて出してみたら二人とも初め厭そうだったけど食べてみたらいけると思ったようで、普通に食べていたので良かった。肉も評判が良くて、豆腐は気に入ったみたいだ。お酒はSOLERA1847、ビールでオロロソのシェリーが合った。2時間くらいかけて楽しく話しながら、食べたけど満腹。その後4人でモロンの街を散歩。ゆったりした良い時間だった。

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2009年11月22日 (日)

Campo で Chiste

アントニオ夫妻に誘われカンポに行った。何時ものように何処に行くのか?何をするのか?解らないで只付いてくだけ。驚いたことに観光バスがセビージャから来ていて合流した。カンポの入り口で車を止め其処からハイキングするのだ。「3Kmくらいだから頑張って」と」言われて歩き始めた。カンポ(田舎)というのはモロンでは山の中という事です。フインカと言うの1 は広大な土地を所有していることを意味します。アンダルシアの丘というより山の中を歩いていくのは気持ちが良いです。若い頃登山をしていたし、今でもモロンの街から歩いているので、苦ではないのだ。3kmと聴いたけど後からバスの運転手に聞いたら倍の6Kmはあるそうだ。谷間の目的地に着いた2 時は大勢の人達がもう来ていた。此処はエコノミカ(自然)農場で、関係者が畑を案内して説明したのだけど、いわゆる無農薬栽培で、これは日本の農業のほうが進んでいるし、アンダルシアの土そのものが、パサパサで、まず土壌改良からじゃないのかい?と思わされた。凡そ1町歩くらいの土地を色んな種類の野菜を作っていたけど、俺もカミさんも子供の頃は畑仕事もしたので、まだ甘いなぁと話た。来ている人達は様々で皆持ち寄りの食べ物や飲み物を交換して和気藹々。カンポで気持ちが良いのだ。又してもここにいるのが不思議な気分だった。アントニオが作ったトルテージャやケソ、オリーブの漬物は大人気でした。ここで作ったポターヘが振舞われこれも美味しかった。レチェ コン アロスノはちょっと甘かったけど美味しかった。そのあたりを散3 策、この辺一体はどんぐりの木が多く、今ちょうど実の成る季節なのだ。日本のより大きく、生で食べてみたらかなり油が多いみたいで食べれなくはない。此処ではイベリコが飼われていて初めてイベリコ豚がドングリを食べているところを見れた。確かに山の中にあれだけのドングリの木があれば充分賄えるよ。ぼうと座っていて、フラメンコの人っていないのかなぁ?やっぱり階層が違うみたい4 だものなぁ。あのヒターノみたいな太ったおばちゃん(若いけど)は唄わないのかなぁ。と思っていた。もう帰る時間になって、周りからその人に声がかかり始めた。その周りは何かやりそうな気がした人達のテーブルだった。やおらそのマリって人が歌ったのだ。フアンダンゴ。前に居たヒタノのおっちゃんは思わずハンカチを目に当ててしまった。そこから始まった。マリのカンテは自由自在で其処にいる女の人にかなり際どいカンテを唄ったらしくその人は真っ赤になってしまったけど、逃げなかった。周りは大笑い。まだこれは序の口でそれから彼女の独壇場。周りに人が集まり聞き入った。チステ(小話)と言われるもので大笑いの渦にまきこまれた。ここで解っていないのは俺達だけ。しかし見ているだけでその表情、ちょっとした目の動きだけで、聴衆を沸かしてしまう。まるで小さんの落語を見ているみたいだった。凄かったと言ってよい。これは立派なアルテだと思う。フラメンコの元もこれが含まれているのは間違いないなぁと実感した。舞台では絶対見れないと思う。(際どい話が多かったみたいだもの。ン バンバって何だ?って聞いたら笑われてしまった))行ってよかったぁ!こんなのも初めての経験だもの。帰りはもう暗くなった山道を又歩いて帰った。往復歩いたのは自分たちだけだった。バスが待っていたも5 の。12Km歩いたことになる。流石に疲れたけど楽しかった。昨日は偉そうに言ってたけど、全然解って無いのは俺自身も同じだよ。こんな面白いのに言葉がわからないから皆みたいに笑えないし、カンテだってレトラも良く解らないのに、何寝言いってんだ?よな。でもフラメンコって小理屈でもないんだよね。

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2009年11月21日 (土)

Centro de Dia de Mayores

モロンに来て半年以上経ちます。今までモロンのフラメンコの人達を何回か見てきたのだけど、まだ知られていない人達がいるはずだ、と思っていました。ペペが今日何処かで唄いアルフォンソが弾くというのだけど、何だか解らないでいたのだが、ともかく行って見る事にしたのだ。アラメダの公共の建物で此処には良い思いでが無い。入って行くとお年寄り達が大勢いた。写真を頼まれたので早めに行って前の席に座った。顔見知りの人もいるから皆親切だった。そのような訳で大して期待もしていなく、誰が歌うのかも解っていなかったんだ。大体宣伝もしていないし、老人の日の催しかな?と思った。ところが

Antonio Camacho  Manolo Coronado (g) Malaguena Solea por Buleria
Antonio Chacon    Francisco Chacon (g) Tarantos, Solea
Agustin Martin      Manolo Coronado (g)  Bambera. Fandango
Joaquin Pozo       Alfonso Clavijo (g)      Solea Alegrias
Pepe Lebron        Alfonso Clavijo (g)      Bulerias Fandangos
Loli Ku                  Manolo Coronado       Siguiriya,Cancion de Buleria

1_2モロンの40-60代大人のアフシオナード(普通の人達?)の歌い手達です。

カマチョ のマラゲーニャ、大抵一番先に唄うらしいのだが、それだけの事はあり観客を惹き付けてしまう力があるのだ。観客が皆同年代で幼馴染も多い地元の人達でリラックスして唄っていたけど、良いカンテでした。

2_2チャコンは前にガジョで酔っ払っているのを見たことがあって、本当に唄えるのかね?たいしたことなんじゃない?と思ってたら大間違い。この人のソレアは本物のSolea de Alacalaでいやぁビックリしました。こんなアルカラ生で聴いたこと無かった。

3_2アグスティンはバンベーラが良かった。半端じゃないんだね。技巧的にも 上手い人。

ホアキンはアレグリアス、ペジスコがきいてカデスのアレグリアス、やっぱり上手いんだよ。

5_2 ペペは今までフエリアやオメナヘで唄うことになっていたけど悉く潰れやっと唄えたんだ。この為に応援に来たんだけど、前の人達が良かったので心配だった。けれども最後を飾るにふさわしいカンテを唄った。贔屓目で無くペペが一番拍手が多かったのだ。(録音聴いて確認したもの)アルフォンソはやっぱり一番上手い伴奏をしていた。ハレオも随分かかっていたもの。

6jpg ロリはペペで終わりのはずが急遽唄うことになった普通の叔母さんだったけど、とんでも無い人だった。上手いんだよこの人!ビックリしたぁ。サエタ唄いなんだって。いるんんだねぇ。こういう人。

上手いって書いたけどこの人達は全員フラメンコの人達なんだよ。その上7 での上手さがあるんだ。こういうのが見たかったんだ。どんな有名な人の舞台でもこんなにフラメンコを感じる事なんて僅かなんだ。商売用フラメンコとは全然違うものなんだよ。技巧的にも今時の若い売れてるカンテなんかと遜色ないのだ。これがプエブロのカンテなんだな。モロンに来てよかったぁ!。こういうの又やってくれないかなぁ。。スペインでは日本よりプロとアマチュアの差が無いように思った。入場無料でした。

追伸:ペペはこの為に1日10時間働きながら1週間も前から毎日1時間以上唄って段々調子を上げていったのだ。その伴奏でずっと付き合ってきて思ったのは、僅か2曲唄う為に色んな曲やレトラを練習して、思い出せないレトラも搾り出すようにだして、一曲を何十分も唄って、それらを磨き上げて本番前でもまだ練習して、けれどもそれだけの事をしないと認めてもらえないかも解らないし、自分が納得できる持ってる最高のものを人前に出したいが為にはこれだけの事をしなくてはならないのだ。というのを身をもって教えてくれた気がする。それだけしても、その場の雰囲気で歌う曲を変えていたのだ。思い出したのはペペ島田さんも同じ事をしていた。ナナでのオメナヘの前どれだけ身を削るようにして状態を持っていったか、そのことを忘れていたよ。スペインのアマチュアだってこれだけの事をやっているのだ。今日本の若いプロみたいなフリしている歌い手がどれだけそういうことをやっているのか?いい加減なうろ覚えのカンテを得々と唄ってさも自分は凄い歌い手かのような人達はモロンのおじさんたちのカンテを聴いてみればいいんだ。人前で歌うのにどれだけの覚悟があって歌ってるのか?日本じゃそれでいんだ、てんならいいんだけどね。。余計なことかもね。まぁスペインでも金払えば何処でも誰でも使えるし、どんなカンテでも歌えるだろうけどねぇ。ステイタスにはならないよ.。きつい事いってるのは今日本でたかが新人賞とか取ったくらいで評判高くおだてられて如何にもその人が世界に通用するかの様に思わされている様に思えるからなんだ。すぐ世界的だの、スペインの新聞に載った、,CD出した、だので、ヨイショする人が多過ぎる気がするのだ。全然違います。だから謙虚に努力して、有無を言わせず打ち勝つような日本の若いカンテが出てきて欲しいのだ。。フラメンコも唄えないのが日本語でカンテ?カンテを馬鹿にしてるんだなきっと。何がレスペトだ。そういうのに限って歯の浮くような言葉を臆面も無く言うんだよ。インチキが蔓延る日本かな。ofuuu。変に褒める人は皆嘘っぱちです。

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2009年11月20日 (金)

すぺいん豆腐や

食べ物続きだけど、スペイン在住の人達に名高い?マドリッドの「豆腐屋さん」の豆腐と納豆、油下をカミさんがヘレスから買ってきた。今日は家賃の支払日でメルセが来たので食べさせた。醤油に蜂蜜を混ぜてプリン風にして出したら、美味しかったみたいで、納豆は少し食べたけど不味いらしい。評判では日本より美味いというのだが、普通の日本の豆腐。賞味期限が長いのが良い。しかし豆腐と油下は此処以外では作ってないみたいだから貴重です。納豆は青木さん家で作った方が美味しかった。まぁ量が違うからね。夕食は御飯と味噌汁の油下入り、に納豆、潮抜き鰊の純和風です。グルメじゃないので普通に食べて、あんまり感動も無い。モロンは野菜も肉も結構美味しいので、不充はしないけど、インスタント ラーメンは食事を作るのが面倒なとき便利だ。チャーシューを作っておけば何かと利用できるしね。

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2009年11月19日 (木)

ソパ デ トマテ

相変わらずガスパチョを作っているのだけど、これは夏の物で冬は何を飲むんだ?ってアントニオにきいたら「Sopa de Tomate」だって。カミさんが留守の時は自分で料理をしているけど、冷蔵庫を覗いたらちょうどその材料だけ残ってたので初めて挑戦してみることに。
レシピに材料:トマト大2、ピーマン小2タマネギ1、ニンニク1片、パン、ワイン適量。
ニンニクまでの材料を小さく切って、オリーブ油で炒めるのだけど、失敗というか、、ニンニクタマネギだけ先に炒めてからトマトを入れればよかった。全部一緒にいれると面倒なような気がする。最後は同じになるんだけど。ある程度たつとトマトの水気でソパのようになってきた。パンとペドロヒメネス(甘口ワイン)の残ったのを入れたけど、足りない気がして、フイノをぶち込んだ。(青木さん流だな)トマトピューレを足し弱火で煮込むのだけどピューレが多すぎ味がきつくなってしまったので、半分にして水を少し足し、モルシージャも入れた。後は1時間煮込むだけ。残ったのは冷凍してスパゲティにも使えるし、またソパでも使える便利なもの。
これ中々いけました。暖め直しても充分美味しかった。残った御飯と豚肉を焼いたのを混ぜ炒飯にして夕食だった。今回買ったボデガのフイノも美味しい。(樽から買ったので銘柄はわかりません)

バス停でDieguitoと少し喋った。半分くらいしか解らなかったけど、色々考えさせられたな。最近会うと挨拶は交わすようになっていたんだ。今日はイグナシオのレッスンとペペとの練習があったんだけど、これにも色々考えさせられた。その事はまた後で書いてみようと思っている。

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2009年11月16日 (月)

工事

モロンの目抜き通りC/Pozoの工事が進みとうとう我が家の前のC/Villalonの工事が今日から始まった。側道では初めての工事みたい。工事を知らせる張り紙には「工事期間終わるまで」だって。スペインらしいなぁ。年内に終わるのだろうか?無理だな。当然車は入れません。皆何処かへ持っていきました。

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ペーニャ

今日のペーニャは

Cante: Antonio Reyes
Guitarra: Antonio Higuero

1 Alegrias,Tangos,Siguiriya, Tona Solea,Buleria, Fandangosを唄いました。この人はモロンでは概ね良いという評判が高かったけど、あんまりという人もいて、どっちかな?と思っていた。 最初のアレグリアスで何だかアカデミアのカンテに思えて上手いだけのカンテだなぁ、と期待はしていなかった。次のタンゴでおやっ?っと思いだし、シギリジャはこんなもんだろうな、というところ。それ2 でも観客には受けていた。トナが凄くよかったんだ。これで印象が変わったね。2部のソレアからこの人上手いんだな、と思うようになってきた。ブレリアもまずまずで、アンコールがかかりフアンダンゴとパルメロをしていた奥さんがブレリア ポル ソレアを踊った。総合的にとっても良いカンテでした。カマロンの系統のカンテで、唄っているのはカラコールとかだけど、とにかくカンテが上手いのでこういうのが受けるらしいね。今までどちらかと言うとこういう3のはあんまり好きではなかったんだけど、今回上手いカンテはやっぱり良いんだと思ったね。レジェスはヒターノでギターはヘレスのパジョだけどこっちも中々上手だった。ただ両方とも一言で言えばリンピアだった。終わってからの皆の感想も評判はよかった。どうやら此処の人達はリンピアのカンテが好きみたいだな。そればかりではなく自分には感じられない何かを感じてるのかも知れないと初めて思った。それはハレオに現れていて、レトラでこれはモロンだとか、シルベリオだとか、の声が掛かるし、それぞれのレトラに対して拍手をしているし、やっぱり言葉の壁は大きいなぁ、カンテを良く知っているんだ。最後は総立ちでした。お客は大勢来てた。段々知り合いも増えてきたのだけど若いのに「お前はここのソシオか?」しつこく聴かれた。変な日本人が皆と普通にいるのが変に見えたのかもしれない。(お前こそ此処じゃ見かけない顔だぞ)と思ったけど「そうだ」(だから何だ)と言ったら黙ってしまった。他の人にもペペが真剣になって弁護してくれてたみたいで、これは嬉しかったな。段々仲間扱いを会長のディエゴとかしてくれるので、面白くない人達もいるみたいなんだね。俺達には失うものなんかないので、どう思われてもよいんだけどね。終わってからアルテスタとも話したけど共通の知人がいるのは良いんだ。二人とも中々良い人達だったな。まだ汚れてなさそうだったもの。アントニオの兄貴がハンカチのブレリアを踊ってそれが良いのにビックリしてしまった。まさかこんな所で見るとは思わなかったよ。「モロンのアイレだよ」って簡単に言ってたけど侮れないネェ。モロンの衆は。
帰りにアントニオの家に招待され食事をご馳走になったとき「、昨日マルセジェがモロンに来てたぞ。もう帰ったけど」だって。教えてくれよなぁ。そういう事は。昨日は暇だったんだからさ。コマンダンテと一緒だったらしい。

追記:Silverio Franconettiはセビージャ生まれ、モロンに長く住んでいて、人を殺して外国に逃亡、帰国して最後はセビージャで亡くなったらしい。詳しくは濱田先生の本に出ていると思います。モロンの人達はシルベリオが好きで、話に出てきます。今住んでいる通りに昔シルベリオが住んでた場所があります。

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2009年11月15日 (日)

採譜

この一週間採譜をしていて、イグナシオに習ったものも、書き出してコンパス割りも書いている。楽譜は書けないし読めないから自分だけ解るようにシフラをノートに書いている。
ペペが前にAire Frescoを唄ったのを上手く伴奏できなかったので、少し覚えようと思い、Dieguitoのを聴き始めた。元々この曲は初めて自分で採譜した曲でナナでの古い友人から呼ばれたもう一つの名前がこれを弾いてたからなのだ。今やっているのはDiegoがこのカンテの伴奏しているもので、これに手こずっているのだ。僅か6分でフアルセータもそんなに無いのだけど、能力の無さと耳の悪さで悪戦苦闘。けれどもDiegoのフアルセータは一筋縄でいかないのだ。イグナシオでもまだ音は綺麗に並んでいる気がするのだけど、Diegoにはそれが感じられないほど変なんだ。並んでた音が突然もつれたり、ほどけたり、で、間もほんのちょっとずれて、其処が良いのだけど、上手く捕らえられない。調弦している最低音より低い音が出てたりする。どうやって弾いてるんだ?と思うこともしばしばだ。
Diego de Moronを聴くのは今まで何だかためらっていたのは、底知れぬ怖さがあったからなんだ。聴いてると取り付かれてしまうほどの魅力があるのだ。もう一つは聴いていると、そこまで弾かなくてもいいじゃないか、其処までやるの?という思いが出てきて聴いてて疲れてしまうからだ。この人は本物の”天才”です。自分ではフラメンコの世界で現在生きてる唯一人の天才だと思っています。異論はあるのは当然ですが、パコ神様の人は特にそう思うかも知れない。けれどDiegoとは次元が違います。テクニコや練習の成果、学んで作り上げた天才とは訳が違うなぁ、と聴いてて思ってしまう。
Diego del Gastor”はもっと天才でした。

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2009年11月12日 (木)

ガジョ デビュー ?

Gallo とうとうガジョの舞台でデビューしました。カンテはペペです!
てのは嘘です。昨日ディエゴがカメラ持って来いというので行ったら、何かの宣伝でペペが唄って、その伴奏をしている写真を撮ることになった。俺でいいのかいな?と思ったけど、会長の言う事は聞かにゃいかんので、ほんのちょっと舞台で弾きました。こんなことは2度と無いので記念に乗せてみました。

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Alfonso Clavijo

Alfonso7 アルフォンソはモロンでは名の通ったギタリストです。彼はManolo Morillaの系統でカンテの伴奏では定評があります。特にカンテリブレの伴奏が良いです。ガジョのペペとは何時もやっていたみたいで、最近では彼が弾く時は教えてくれるようになって、一緒に弾かせてというか、リブレは殆ど知らないので勉強させてもらっています。遅れるときはペペの相手をしています。今日も遅れたのでソレアだけで連続30分以上弾いて、シギリジャが終わったらやってきた。ペペはアルフォンソの時違うように唄ったので今まで見逃していた音が解った。そこについて今日はアルフォンソが教えてくれた。特に教わるということではなかったのだけど、最近良く教えてくれるようになった。お金払ってるわけでもないのに、ありがたい事だ。明日も行くことになった。段々気心が知れて、フラメンコが好きというだけで、色々な繋がりが出来てくるのは本当に不思議だ。会長のディエゴも何時も笑うようになった。けれども俺がスペイン語が解らないので彼のほうが苦労しているみたい。終わったらガジョで飲みながらボヤっとして、何ともいえないゆったりした気分。が此処はスペインなので少し緊張感があるのがいい。ナナでパコさんと二人でボウッと雨を見てたときを思い出した。。。

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2009年11月10日 (火)

晴れた日

晴れた日のモロンは素晴らしい。
空は抜けるように青く、坂の上からは遠くのオリーブ畑まで見渡せるよ。
そんな日は車椅子のおじちゃんも元気に歌うのだ。
カジェ ポソも綺麗になって車椅子が走れるようになったもの。
キオスクの爺さんは誰も居ないと大きな声で歌っている。
乳母車を押した爺さんは小さな声で孫に唄うのだ。
バルじゃ時折静かに拳でテーブルを叩いてる人がいる。
みんなの中で小さなフラメンコが息ずいている。

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2009年11月 9日 (月)

飲み屋のギター

いつものようにガジョで練習。ソレアから。最後の締めがわからなくペペが唄い直してくれた。いつもはそんな親切な事はないのだ。シギリジャ、フアルセータで躓くけどペペは良いシギリジャを唄ったな。しかしAからDmにいくところが今一良く解っていない。まだまだ遠い。ブレリアは最低。お客が何人もいて気になって(営業の為)集中できず、音もコンパスも取れなかった。常連の人達は何時も傍に寄ってくるのだけど、良ければ見ているし、悪かったりつまらなかったりすると、直ぐ離れてカウンターの方へ行ってしまう。自分が今どうなのか解りやすい。惹きつけるだけのものが無いと鼻も引っ掛けてくれない、はっきりしているのだ。今日は悪い方。ギターをしまって飲んでいたけどペペがカウンターで歌いだしたのでカウンターで弾いたんだけど、なんだかこっちの方が落ち着くんだ。ナナではいつもこうやって弾いてたので違和感が無い。周りがガヤガヤしていて大揉めしてても気にならない。俺は元々”飲み屋のギター”だからこういうのは平気。突然ロケがソレアを弾けよ、というのでビックリ。ロケのカンテはペペよりプーロでより自由なソレアで音が何処まで伸びるのか解っていないので最初とまどった。こういうカンテの伴奏をちゃんと出来るようになりたい。まだまだだ。今日は集中力がなかった。今日の目標のマラゲーニャの伴奏を少し出来たのが幸い。でもヨチヨチ歩きの伴奏だった。

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2009年11月 8日 (日)

Teatro Oriente

Baile: Mercedes  de Moron
Cante:Enrique de Moron,Moi de Moron,Rubio de Puruna yMari Pena
Toque: Agusitin de la Chica,Paco Amparo

カミさんは風邪で行けなかったので セビージャから来たT子さんと行った。スペインに4年住んでて何とJuan del Gastorにカンテを習っているんだって。正しい選択だな。ギターはカンテに、カンテはギターに習った方が良いと思っているもの。
4Mercedesは以前プルーナでも見たことあるのだが特に印象の残る踊り手では無かった。コンチャやアンヘリータに習ったことがあるみたいだった。けれどもこの夜のメルセのバイレは凄かったと言ってよいと思う。気合の入ったヒタナのバイレ、バックは地元のアルテスタで固め、ギターは旦那のAgustinがいるので思うように踊っていたのだと思う。何時も静かな人が舞台では変貌してしまうのだ。これはJuana Amayaもそうだけど良い踊り手のそのギャップの大きさに何時も驚いてしまう。Alegrias、Siguiriya、Soleaを踊ったのだがそのどれもが良かった。日本でも踊ってもらいたいなぁ。ギターは二人ともモロン1 なので良いのは勿論だけど、その指の強さには驚いてしまう。コンパスはモロンで、此処ではやっぱりPacoが良かった。この人が弾いてるのを見ているとトーケヒタノそのものと云った感じだ。顔見てるだけで面白い。こんなギタリストも珍しい。他のギタリストたちとは違う匂いを持っている。獲物を狙う獣のような目をしているのだ。カン テも各々持ち味を発揮していて、驚いたのは踊っている最中カンテの人達の中から次はお前が歌えとメルセが指差したことだ、それはギターのパコにもそうだった2し、こんなのは今まで見たこと無かった。完全に踊りが仕切っていて、やっぱり土地で育ったアルテスタ同士はなんでも解りあえているみたいだ。Mari PenaはソロでTientosを唄ったけどこれはAgustinの伴奏もそれほどでもなく普通。Fin de Fiestaでは思いっきりウトレラのカンテ、ガスパールが唄っていたレトラも良かった。観客は大喜びしていた。旦那のAntoni o Moyaよりモロンのトーケの ほうが合ってるみたい。この人技巧的にも本当に上手い人なんだと感じる。圧巻はメルセとの掛け合いで火花が散るやりあいを3感じた。其処までメルセはニコリともしなかった。昔フラメンコって云うのは明るい曲でもヘラヘラ笑って踊るようじゃ本物じゃないって聞いたけど、今じゃシギリジャでさえヘラヘラ笑って踊ってるのがいるものね。メルセはその伝統を守っているみたいで、最後の最後引っ込むとき笑顔を見せたくらいだった。モロンの観客は地元のアルテスタの応援という感じで暖かいネェ。でも良かったのは間違いない。メルセは忘れない踊り手に自分の中に残った。行って良かったぁ。

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2009年11月 7日 (土)

整理

今までブログに書いたフラメンコの舞台、フィエスタは殆ど録音を取っている。レコーダーはDr-1を使っていて、これはWAVで録音できる。それをPCに移していたのだがデスクトップが一杯になってきて、動きも悪いような気がする。青木さんが帰ったので今日はその整理をした。録音状態は良くない環境なので記録しておく、と言った程度です。それを一応CDで聴けるように無駄な音を切ったり貼ったりで時間がかかって10枚以上作ったけど1日中掛かってしまった。殆どが回し放しなので、時間が長くCDに入るように調整もしなければならないのだ。でもこういうのは割と好きでそれも楽しい。日本ではもっと凝って色々試したりしたけど、此処では量が多すぎて其処までやっていられない。聴いてみるとやっぱり生に感じたことに勝るものはないね。録音は所詮録音だわ。良さが機械を通ることによってある程度消されてしまうね。力を失っているみたいだもの。今時のフラメンコもマイクだミキサーだアンプだと色んな機械を通しての音楽だから、フラメンコ自体の力も昔と比べて落ちていると思うな。だから西洋楽器だの他のものに頼って、何とかゴテゴテ飾り付けて売れるようにしてんだろうな。そのうち別なものに変質して、それが本当になるのかも知れないね。自ら金のためにどんどん悪い方に行くのだろうねぇ。都会のフラメンコってそうだね。ヘレスも都会になったものな。俺はモロンの田舎者でいいや。こっちの方が合ってるもの。

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2009年11月 5日 (木)

11月のペーニャ

モロンの今月のペーニャの予定です。

15日(日曜)1:30 Cante: Antonio Reyes(Chipiona)                  
                        Toque :Antonio Higuero(Jerez)

29日(日曜)1:30 Cante: Paco Camaco y Terresa Rios(Moron)                  
                       Toque: Juan Torren y Antonio Moya
                        Compas: Rosario y Encarni Pena

他に

7日(土曜)21:30 Teatro Oriente
                        Baile: Mercedes de Moron
                        Cante: Enrique de Moron, Moi de Moron,
                                  Rubio de Puruna
                        Toque: Paco Amparo ,Agustin Rios

があります。

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2009年11月 4日 (水)

ギターのレッスン

スペインに来てギターのレッスンを受けると彼らはまずフアルセータを教えようとする。あるいはピカードなどの指使い、フオームなんかもそうだ。コンパスは彼らが産まれ付いて染みこんでいて普通と思っているのでそれが重要なこととは思わないのだと思う。そんなのは当たり前の事なので、それよりヌエボなフアルセータを教えてやりたいんだね。だから日本に帰ってヘレスで何年いてヘレスのギターです。というのを何人も聴いたけどヘレスの誰某のフアルセータを弾いてるだけでヘレスとは思えない気がした事があった。ギターのコンパスで特徴あるのはモロン とヘレスなんだけどそのモロンでも同じことが言える。モロンだヘレスだって云ってもそのコンパスが無かったらモロンもヘレスもへったくれも無いんだ。今まで自分が弾いていても”モロンを弾いてるなんて一度も思ったこと無い。”「モロン風」であってモロンじゃ無いんだ。。モロンに住んで他のモロンのギタリストたちの演奏を聴くたびにその思いが強くなっていた。難しいことをやっているわけでもないのにその違いが身に染み入られさせられたのだ。この前のウトレラのフィエスタでイグナシオが弾いたとき殆どフアルセータを弾かずコンパスのみで、周りを乗せていたのを見てショックだった。ステブが普通にフアルセータを挟んだ弾き方をしていて、それもモロンだったのだが、全然違う風に思えてしまった程だった。後で聞いたらそのステブさえヒタノ達はこのギターじゃ唄えないわ、と言っていたらしいのだ。
久しぶりに青木さんとレッスンを受けたのはそういうこともあったからなのだ。青木さんはフアルセータを教えてもらう通常のレッスンだけど、フアルセータは教えてくれなくて良いので、まずイントロの弾き方(コンパスのみ)唄を待っているときどうするか?とカンテの切り替えしを教わるつもりだった。それを解っていたかのようにイグナシオは自分が欲しいものを全部教えてくれた。普通の時の弾きかた、ウトレラのフエスタのような場所ではこう弾くんだ、ウトレラのコンパスはこうで、モロンは「Dos(2つ)なんだ。青木さんと2つでパルマを叩いてイグナシオがフイエスタのパルマをいれてくと、ちゃんと嵌るんだね。これでギターが弾ければよいって事なんだけど、口で言うほど簡単じゃない。イグナシオと弾いてると自分もモロンを弾いてるって気がするけど、家に帰ると途端にモロンじゃなくなる気がする。一度で解るほど簡単なことじゃない。困ったものだ。(簡単にこれはモロンだといって弾いてる人は凄いと思う)。ofuuuu。。。

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寿司

この2日間車でヘレスを往復した。ヘレスのサンチアゴのバル アルコでポスター見たら6日にフラメンコのフエステバルがあり凄いメンバーが出るんだって。確かにヘレスの有名なアルテスタが大勢出ていた。けれどもワザワザ モロンから来る気にはなれなかったな。あえて見たいと云えば、Diego Agujeta,Jose Mendezあたりだけど、それも知り合いだからであり、見たい人は皆死んでしまったんだから。La Paqura Pirinaca,Maria Solea Diego Rubichi,Luis de La Picaなんかだったら見たいけど、触手が沸かないんだ。”Lagaの人に「今カンテはヘレスで誰が一番?カプージョ?」「彼もその一人なだけ」だって。「トルタは?」「。。。。。」ちょっと首を横に振っただけ。職業カンテは段々見てもつまらなくなってる。チャカポコが多いしね。田舎者なのでモロンで充分。今見たいのはMalselle,とVaretaくらいだな。それも舞台なんかじゃなく。今日は青木さんの奥さんの命日だったので家で御供養をさせてもらいました。
1 その後カミさんがヘレスの市場で買ってきた魚で寿司をつくった。米、酢、魚全部スペイン産でワサビだけは日本から持って来たもの。これが抜群に美味くてあっという間に食べてしまった。いやぁ寿司は美味いなぁ。スペインの中トロもサーモン、甘エビも美味い。見かけは不格好だが、何処かの寿司屋にゃまけない位うまかった。スペイン生活もまんざらじゃありません。(写真は1人前です)

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2009年11月 2日 (月)

Homenaje Robert Sanches "El Canario"

7 Canarioに以前ガジョでアントニオに紹介された時「この人は凄く良いMalaguenaを唄うんだ」と言っていた。小柄で内気そうで声も小さく、病気していたらしく、今では唄っていないという事だった。本で名前は知っていたので「いつか聴かせてください」とは言ったものの(この人が本当にカンタオールなのか?)と思っていた。そのHomenajeがPena Montegilで昨日催され、会長のドロレスから招待してもらったので、出かけた。(この日はソシオのみという事だった)少し早めに出かけたのだが一向に始まらずその間大勢の人達と飲んで待っていた。Canarioも正装に近い出で立ちで覚えていてくれ握手した。「今日歌いますか?」「ん。かもな?」カミさんは隣に座ったMercedes Moron(踊り手)と何やら話し込んでいた。(本当にこの人スペイン語解らないのに何時も直ぐ親しく話してるけど、何話てんだろう?)聴いたら「深刻な話なのよ、この人のお父さんが悪いらしくって」だって。(よく解るねお前)。1時間以上待ってやっと始まった

Cante: Paco Camacho, Trini de la Isra,Pepi Bulnes,Galli de Moron Antonio Lebron
Toque: Alfonso Clavijo

1 いずれも何処にでもいる普通のおじさん、おばさん達です。さっきまで一緒に飲んでたけど、この人が舞台に上るとは思ってもいなく、皆普通の服で衣装など着けている人なんか一人もいない。流石におばさんは舞台ではショールは着けてたけどね。その普通の人が一旦舞台で歌い始めると。。皆本当にフラメンコなのだ!聴いていて思ったのは日本のプロといわれてお金とっ2 ていたり、教えている全員に見せてやりたかった。見たらきっと恥ずかしくなるだろうよ。(ならないか?)この人達と同じレベルの日本人なんか誰も見たこと無いもの。昨日のコンクルソに比べても段違いに良いんだ。いやぁ!ビックリした。モロンは侮れないね。田舎の無名の人とCDなぞ出している有名なアルテスタとの違いは名前が売れてるだけの事で、余程のウニコの人 達は別として大して違わない気がしてきた。今時の若造のフラメンコなんぞ及びもつかないよ。ことフラメンコの質においては、むしろ勝っている気がする。これが隠3れてアンダルシアにまだ残っているフラメンコなのかも知れない。カンテに釘ズケになるのも久しぶりな気がする。よかったぁ!唄われたのはCanarioに捧げるカンテMalaguena Granainaが多くSolea,Siguriya,Alegrias,Cantina,Fandango,Buleriaが唄われた。2部のGaliiは別のギタリストで名前は解らなかったが、ちょっと荒い気が4jpg したけどまぁまぁ。Alfonsoは普段より抜群に良かったので嬉しかった。一人で殆どの人の伴奏してたものなぁ。大変だったろうに。

Canarioは此処では皆から「Roberto]と呼ばれており、これからはそう呼ぼう。ペーニャから額が贈られたりして、最後に舞台に上った。Galliの時の5 ギターでSiguiriya、実はこのときまでカナリオという名前から細い綺麗な高い声を想像していた。まして病み上がりなので大して声も出ないだろうと思っていて。それほど普段弱弱しく見えていたのだ。そのイメージは完全に覆されてしまった。(冗談じゃないこの爺さん只者じゃないぜ)短かったのだがそれまでの人達とは又段違い。何と云うか芯が通っていて格調が高いのだ。 声にも張りがあってとても病み上がりとは思えない。そしてMalaguena、6さっき言ったみたいに細い高い声じゃなく、まさに正調なマラゲーニャとしか言いようのないものでした。驚いたことにあの小柄な姿が舞台の上で大きく見えるのだ。声を振り絞るわけでもなく、この体の何処からあの声が出るんだ?余裕さえ感じる、もうこれを聴いただけで十分だった。カジョの会長ディエゴも聴いていて驚いたのはあのディエゴが泣いていたんだ。他にも目頭を押さえている人が大勢いた。フラメンコってこういう物かも知れない。良いものを聴かせてもらいました。(伊達に2つ名持っちゃいないねぇ)Buleria。これまた良いんだよぉ。ほんのちょっと踊ったりしたけど。最後のCansionのブレリアも良かった。誰だ?カンシオンが程度低いなんていった奴は?聴いてみろってんだ。受け売りしてんじゃねぇやな。最後は甥のGalli de Moronが締めて終わった。本当によござんした。充分満足して帰りは教会の通りで屋台が一杯出ているのを冷やかして帰った。良い1日でした。

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2009年11月 1日 (日)

アルカラ

青木さんがエステポーナからやってきたので、前から行きたかったアルカラに車で夜連れて行ってもらいました。以前から一度見たかったアルカラのカンテ コンクルソが今夜から始まるのです。アルカラまでは近いのですが、ネットで調べた地図には闘牛場の近くだったのですが、街に入って聞くとアルカラには闘牛場は無いんだって。それでも何回か聞いていくと今じゃメルカドになっていて、その後ろにネオンがついた大きな建物が目的の”Pena Solea de Alcala"だった。入り口の前に何人もいて「入っていいですか?}ってAlcala_1 聞くと丁寧に入れてくれた。着いたのは始まる15分前だった。驚いたのは中が広くて天井も高く壁にはビッシリ写真が飾られていて舞台もガジョより倍も大きいのだ。しかしキョロキョロしてカメラを落としてしまい、壊してしまった。幸いというか望遠レンズの部分のみだったので少しはマシだったけど、かなりショック。気を取り直してあたりを見てたらペーニャの会長アントニオさんに紹介されてしまった。待っている間にもDiegoに直接習った人やPaco。Dieguitoにカサージャから習いに行ってた人なんかが話しかけてきて、モロンの事をよく知っているのだ。青木さん外でタバコ吸ってる時話たらしい。
今夜が第1夜でこれから毎週金、土曜日セレクトが催され28日が最終日なのだ。今日のプログラムは以下の通り。

XVII Concurso de Cante Flamenco “Soleá de Alcalá”.
Participantes:

Alacala_2 Sábado 31 de Octubre:
Fco. Manuel Bozada López
Alcalá de Guadaíra (Sevilla)

Juan Navarro Callejo,
Alacala_3 Mairena del Alcor (Sevilla)

Javier Ramírez Bautista,
Torreblanca (Sevilla)

Alacala_5 Saray Macarena Pérez Sánchez
Algeciras (Cádiz)

Jonathan García Sánchez
Algeciras (Cádiz)
Alacala_6
Agustín Sánchez Jiménez
Mairena del Alcor (Sevilla)

Antonio Hoyo González
Jerez de la Frontera (Cádiz)

Alcala_7 Solea de Alacalaの部とその他のカンテの部に分かれていて、皆それぞれ2-3曲唄っていてMalaguna,Cantina,Buleria,Siguiriya,Tientos,fandangoなどが唄われた。
皆一生懸命唄っていて聴いている観客もシーンとして真剣に聴いているのが感じられた。終わると皆暖かい拍手で、これには驚いてしまった。何処のペーニャでも少し煩いので「静かにしてくれ」と言うのが普通だったからAlacala_9だ。1部4人2部3人唄った。感想というと若い人達が皆全力で唄っているという事です。アフシオナードでも今まで見た人は全部そうだけど体中を振り絞ってアルテを出し尽くそうとしているのだ。若いのでまだ声(喉)だけで歌っている人が多いのだけど、日本人と大きく違うのはフラメンコは音楽じゃないという事が其処に現れている気がする。日本人は一言で言えば”軟弱”なのだ。けれども技巧的には充分?通用する気もしたけれどね。このコンクルソは日本人も過去川島桂子、安部真、さんなども出ていて小里さんも出たのかな?、今回見て彼らがどの程度で歌えたのか解った気がした。聞いてみたら知っている人達もいた。誰でも出れるので挑戦してくれる日本人がいればいいなぁ。今後出る人の参考になればいいのだが、まず声量がある程度無いと通用しない気がする。もしSolea  de Alacalaを唄うならきちんと勉強しておくこと。踊り歌を歌っている人は今回一人もいなかったです。踊り用のソレア デ アルカラとは違います。何のカンテでも日本的な踊り用カンテでは通用しないと思う。(新人賞とか貰って褒められた程度で有頂天になって通用するほど甘くはないと考えてください。)個性を持って自己主張できること。全力で唄えることが出来ること。カンテの細かい唄い回しが出来ることは言うまでもない事です。そしてギターは連れて行ったほうが良いです。ギターが居なくても此処のギタリストが弾いてくれますが、凄く上手いのです。今回感じたのはまさにそれです。ギターがカンテを食ってしまいます。それだけまだカンテが未熟だともいえるのだけど、それに対抗できるだけのカンテを持っていれば問題ないと思います。今回アルヘシーラスからの人達だけ若いギターを連れてたけど、これも変な飾り音を使いカンテとマッチしていなかった。審査員も気にしているみたいでした。余計なお世話かも知れないけれどね。、一杯日本人が出てくれればいいなぁ。出るからには中途半端に単なる記念にとか、試しに、キャリアの為とかは止めて欲しい。出るからには他の連中に本気で勝負して欲しいからです。勝ち負けは関係ありません。

アルカラの人達は皆シンパチコで行って良かった。アルカラ気に入ってしまいました。最終日もできたら行きたいなぁ。

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