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2009年10月30日 (金)

訃報 Bernarda de Utrera

先ほどウトレラのベルナルダが昨日亡くなったと聞いた。(82歳)それまでアルフォンソのギターを聞いたりして楽しかったのが、消えてしまった。

またもや一つの大きなフラメンコが失われてしまいました。
心からご冥福をお祈りいたします。

関連記事http://www.utrempresa.com/noticia.php?id=12084&cate=2&subcate=7

日本じゃディエゴ カラスコで大騒ぎしていても亡くなったベルナルダには関心ないんだな。
アメリカの方が関心があるみたいだね。ベルナルダとカラスコじゃ比べ物にならんと思うけどね。そんなモンなんだろうな。

モロンの人達も殆ど話しません。けれどもあえて聞いてみると、殆どの人達が深刻な顔になり、話し始めます。フエルナンダやベルナルダはモロンのアフシオナードたちにとって、重要でかつ親しみを持っているのです。「フイエスタの後自分の家で4人でコーヒー飲んで一杯話した。」とか、ベルナルダがどんなカンテを唄っていたか、細かく話す人もいます。ウトレラとモロンは切っても切れない間だったんだなぁって感じます。

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2009年10月29日 (木)

城跡

モロンの象徴する建物はSan Miguel教会と城跡です。サン ミゲルに今朝行ってみると、広場に幡を飾っていた。何かの御祭りだろうか?其処から城跡に登るとモロンの郊外が一望できる。AzaharaやAlcalaも見える。何時も此処に来ると不思議な感じになる。自分が今モロンに居るのが信じられないというか、夢の中みたいに感じるのだ。しかし、居ることが違和感もないので、何時も戸惑ってしまう。どっちなんだって。今日はその城壁を写真に撮っている人がいた。かなり細かく撮っていたので興味を持って近ずいて聞いてみた。その人は城壁に積み上げられた城石の中からサインを見つけては記録しているんだって。言われてよく見てみると其処此処の城石に薄くサインというか記号みたいなのが識別できたのだ。この城はモーロの時代のもので凡そ700年以上前に出来た城だそうだ。その最下段からもサインは見つかった。これは当時の石工が自分の名前の変わりに彫ったもので、それによってお金を支払ってもらっていたらしいのだ。写真を撮っていた人も現代の同業の石工の人だそうだ。これは自分も同業と言ってよいので、何となく嬉しくなってしまった。天井裏の見えない場所や良い現場に昔サインを残したこともあったからだ。何百年経って自分の名前が見られていることなんて考えもしなかっただろうけど、時間の隔たりがその感だけうんと縮まった気がした。職人は何処の国でも時代でも皆同じなんだ。

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ポコ モロン

昼間イグナシオとガジョで飲んだ。彼は内気ではあるけど今日はペペやコマンダンテと良く話していた。勿論フラメンコの話だよ。エステポーナに長く住んでいたので皆認識が薄いんだね。ペペもイグナシオがウトレラで凄かったと言ってもピンと来ないみたいだった。けれどペペはディエギートからイグナシオの方がパコ(Amparo)よりプーロだとは聞いていたらしい。どうもイグナシオがカンテの伴奏が出来ないと思っているらしいのだ。イグナシオのギターをどれだけウトレラのカンテが待っていたか聞くとビックリしていたもの。
夜ペペの伴奏をする事になって出かけた。今日はSolea、Sigiriya,Buleria。それぞれ20分くらい続けてた。ソレアは合間のフアルセータを練習していったけどまだ使えなかった。こういう所で出せなければまだ自分の物になっていないのだ。どうしても何時ものようになって、これはマンネリに繋がりテンションが下がるんだ。カンテに追われているからであり、まだ余裕がないのだ。シギリジャはリカルドのフアルセータを使おうとして失敗、変な色気だすとこうなる。コンパスは取れるけどまだまだ、、追い上げのカンテや上がるところが不満が残る。ブレリアは今コンパスを変えているので、中途半端。カンシオンからウトレラのカンテに変わったところで見過ごした。締めもメタメタ。瞬間的に追いかけられるようには少しなったけどまだまだ。コンパスと言っても1.2.3のコンパスではないです。口では説明できないけどアカデミアのコンパスじゃぁ無いんだ。商売するわけじゃないからね。練習と言っても決まったカンテなんかありえないし、何が飛び出してくるかも判らない、全部一発勝負で、とちったらそこで終わりなんだから。文字どうり終わってしまうからね。だからどれだけ唄わすこと(続けさせること)が出来るかも重要なんだ。甘かぁないんだ。弾いてて自分が厭になることもある、何で弾けないんだろうって。もうちょっと違う風に弾きたいんだよね。ペペに「ポコ モロン」と言われてしまった。本当にポコなんだよなぁ。弾いてる自分が一番わかっているんだから。これから真面目に習おうと思っているよ。地味でいいからモロンのコンパスね。他に何もいらないから。しかし何で出来ないんだろう?ofuuuu

追記:イグナシオと話したときウトレラの事も聞いてみた「殆どコンパスだけだったね?フアルセータは2つくらいだったかい?」「ああいう煩い場所でファルセータ弾いても聴こえないし、効果がないんだよ」なるほどね。フィエスタでは誰もが喋っているし、何よりもパルマが凄いんだ。10人パルマを叩いたらその音量だけでギターの音は消されてしまうのだ。ヒタノ達のパルマは乾いていて音が大きいし、数も多いんだから、マイク無しではなまじファルセータを弾いてもかえってノリが無くなる気がするな。ピーカード自慢なんてこういう場所では何も役に立たないと思う。ああいうのはマイクや音響が整った場所かクラッシックのコンサートのような静かな雰囲気の場所でないと発揮できないのだ。モデルノといわれるタイプはやはり現代の機械の中でのフラメンコというべき物なのだと思ったね。静かに聴くほんの小さな集まりだといいかも知れないけど、こういうフィエスタでは無理だね。商業フラメンコと生のフラメンコはやっぱり違うのだ。それを知ってるから、弾き方を変えていたんだ。ちょっとした事だけど、「へぇっ」て思うね。

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2009年10月25日 (日)

フィエスタ

車は街中に戻りボーリング場の隣が今回のフィエスタの会場だった。先ほどの人たちが続々と集まってきていた。壁は現代風に色分けられておしゃれな感じで壁に沿ってお客は座り奥に飲み物の用意がされていた。よくビデオで見るフィエスタの光景でこういうのを実際見るのは初めてなので、どういう風におこなわれるのか楽しみだった。ギタリストは驚いたことに又もやアメリカ人で神経質そうに調弦していた。やがてさっきの一人(能登さんだったら知っていると思う)が唄い始め弾き始めた。すぐにイグナシオが「ディエゴのトーケだ」と言って正しくそれはトーケ デ モロンであり、しかも正統なものだったのだ。誰?ウトレラのブレリアが次々と唄われしっかりした伴奏だった。そのうちさっきのキホーテがギターを取り出して加わったのだけど、そこそこ弾くのだけど、変なアクセントがあって気持ちはわかるけどちょっとなぁ。しかも弾き語りまでし始めた。それでもウトレラの人達はカンテが加わったり踊ったり結構良いUtrera_7 のがでていた。一段落したときそのアメリカ人に名前を聞いたら何と”Steve Kann”だったので驚いてしまった。!今開かれているセビージャの写真展には彼が写した写真が多くあるのだ。ウトレラには4年くらい住んでるらしい。どうりでモロンなのだ。直にDeigo del Gastorから習った一人なのだから。それまで抱いていたイメージとはちがってナイーブな感じでキホーテのあつかましさとは正反対の性格みたいだ。再び始まったのだがキホーテは益々図に乗って弾きまくり周りのUtrera_6 人達は段々外に出て行きそれでも弾きまくっていたのだ。あからさまに厭な顔をしている若い人や年寄りも、止めろとは言わないのだが、とうとうイグナシオに弾いてくれと言ってきた。イグナシオがギターを取り出してもお構いなく弾いてるので少し止めてくれと言ったらしく渋々ケースに収めた。イグナシオが弾き始めると待っていたかのように次々と唄い始め踊りも交えて、役員のUtrera_8jpg 一人の年配の人達のカンテが凄く良くてビックリ。それまでのカンテとは皆明らかにレベルが違う人達でこういうギターじゃないとやりたくないのだ。本当にその違いには驚いてしまう。これ程違うとは実は思ってもいなかったのだ。同じモロンでも全然違うのだ。イグナシオのトーケは初めてこういう場所で聴いたがフアルセータは殆ど弾かずそのコンパスだけで充分惹き付けてしまうだけの力があるのに再び驚いてしまった。これだけのギタリストが埋もれているんだよ。皆これを知っていたから待っていたんだな。比べるとやっぱり外人が弾くのは弱いのだ。力だけではなく一本芯が通っている感じ。弾くのはそれほど違いは無いのだがその差は歴然と解ってしまうんだ。あれは一体何なんだろう?他人事でなく良い勉強させてもらった。Steveにも及ばないのが自分のギターだもの。(当たり前だよね。ディエゴ直伝を何十年も弾いてるんだもの、こっちは比べると付け焼刃にすぎない)後でSteveはイグナシオと話していたみたいだ。それにしてもウトレラにはギタリストが居ないのだろうか?疑問に思ってしまった。一休みしていたら又もやキホーテが弾き語りし始め皆外に出たけど残っている人達はそのギターで唄って踊っていた。アメリカ人が嫌われる理由が解る気がする。周りの事を考えなさ過ぎるのだ。KYってやつだなぁ。聴いてると頭が痛くなるような奴です。外では別にやっていたけど、もう充分でこれ以上聴きたくも無く、Diegoが調子を崩したんで帰ってきた。良いギターが居ないとそのフィエスタのレベルが落ちてしまうのがはっきり解った。(ギター無しは別です)行ってよかったぁ。色々見れて楽しかったもの。
日曜にはhomenajeがあるし、テアトロもあるので当分楽しめます。ただし右手薬指の爪を立てに割ってしまったのでギターが弾けないのだ。Ofuuu..

キホーテは何とコンクルソ"Solea de Alcla"に出ていました。思い出して気持ち悪くなったけど、怖いもの見たさの方は下記にあります。
http://www.actiweb.es/soleadealcala/pagina10.html

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ウトレラ

Utrera_1 早めに夕食を取っていたらイグナシオから「あと5分で出かけるぞ」だって。あわてて支度して出たら車で迎えに来てくれていた。暫く振りのDiego del Castillanoも一緒だった。土曜の夜ウトレラでやるフィエスタに連れて行ってくれることになっていたのだが、こんなに早いとは思わなかった。ウトレラに行く途中夕焼けが綺麗で、Son de la Fronteraの音楽と共に走っていると本当に気持ち良いなぁ。ウトレラはモロンから30分くらいで着いてしまう。会場はCasa de Culturaという場所で催された。ここは大きな建物で入っていったら、綺麗な中庭でやるみたいだった。しかしフィエスタでは無く昨日モロンのガジョでやったペーニャと同じ趣旨の講演が主のものでした。 

Utrera_2 Tertula - homenaje a Antonio Mairena
    Tertula invitados
Antonio Reina 
Manuel Almero
Antonio Camacho(Moron)
Anselmo Cruz

いずれもFuducion de Antonio Mairenaの人達でVideoも含んだ講演、だったのですが、咳が止まらなくなり自分だけ途中で抜けてしまいました。(聞いても解らないだけど)1時間以上質疑応答があったみたいだけど、途中出てきたイグナシオ達と教会の傍のバルに飲みに行った。ここはタパスが美味しくて今時期の茸の上にケソとクリームを合えたのが抜群、他にもクリーム コロッケも美味かった。戻ったらもう始まっていて。 

Utrera_3Cante: Perico El Panuero
Gutarra: Pitin

Tientos,Siguiriya、Buleriaを聴いたのだが、プーロで昨日とは比べ物にならないくらい良かった。Pitinは会場で絵を描いていた人で作品も展示してUtrera_4 いた人の名も同名だったので関係者なのかも知れない。カンテは若いけれどもしっかりした唄で特にブレリアを踊って唄ったのには会場大拍手、フニまではいかないけど近いものは感じた。良かったです。

終わったら奥の庭で飲み物やおつまみが振舞われ殆どの人が其処に集まUtrera_5 った。知った顔はモロンで挨拶した人と前に来たときバルで騒いで遊んだとき見たと言ってくれたLebrijaのフニの身内といういずれもフラメンコの人。しかし覚えているその時遊んだおじさん達は一人も見かけなかった。どうやらこっちはハイソサエティーみたいだ。俺としたらあのおじちゃん達の方が馴染やすいんだけど。けれども知った顔が一人でも居るのは何となく心強く感じる。パルマが叩かれカンテや一踊りもされたけどそんなには盛上がらなかった。その中で背の高いアメリカ人のギターを持っていてる人がManolitoのブレリアを歌ったので聞いてみたらカデスに住んでる”キホーテ”と名乗っている70歳の爺さん。元気な人だったけど、これが後からとんでもない事になるとはその時は気が付かなかった。しかしこういうパティオでパーティみたいな中に居ると外国に来てるんだなぁと感じてしまう。日本じゃ金持ちくらいしか無いかもしれないものなぁ。自分の中じゃありえない世界だもの。時間がきて皆外に出て行き俺たちも車に戻った。

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ラーメン

最近やっと中国屋でラーメン丼を2個見つけたので買った。中々この位の大きさの器が無いのである。ちょうど豚肉の良いのがあったので焼豚を作って置いた。これを使ってラーメンを作った。お土産に日本から持ってきてくれたもので、今まで大事にしてたのだ。ネギと焼豚だけのシンプルなものだがこれが美味かった!やっぱり器もあるなぁ、と気が付いた。今まで小さいお椀で食べてたけど、やっとラーメン食ってる気がした。汁まで完食。ラーメンをすするという感じを思い出した。。今度は焼豚はもう少し柔らかく煮よう。いずれはうどんも作ってみよう。のし板と丸い棒を見つけてこなければね。外国に住むってこういう事なんだな

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2009年10月24日 (土)

10月のペーニャ 3

今月3回目のペーニャはフラメンコの講演、とカンテでした。同じ時間にテアトロでAlfonso Lunaの公演もあったのですが、そちらはパスしました。 

"Ruta de la Bajani" Cante Andaluce
uceConferencia: Tere Pena
Cante: David Pino
Guitarra: Gabriel Exposito

Pena_1 Tere PenaはPedro Penaの身内だそうで、フラメンコ研究家だそうです。主にアントニオ マイレーナについて語られていましたが、勿論内容の詳しいことは解りません。けれどどういうことを言ってるのかは見当は付きます。[Rutas Flamencas]という事業の一環で各ペーニャを廻っていて今回のテーマは「Antonio Mairena y Andulucia]というものです。フラメンコの講演というのは初めて見たけど、やっぱり言葉が解らないとどうにもなりません。お客は何時もと違った人達の顔が多かった。

Pena_2jpg 2部はカンテ ソロで Martinete から始まりました。これは良かったです。Fandango,Tientos y Tango,, Cantina,と続きました。声が高く、固い気がしました。ギターはモデルノでカンテのメロディー全部に音を入れて行き、当然こういうギターはファルセータのオンパレード、二人とも同じテンションで聴いていPena_3て厭になっくるのだ。しかもチコばっかり、やっとSiguiriyaこれもギターがぶち壊していた。ブレリアのイントロからいきなりシギリジャなんて何を考えてるのか解らない。テクニコで弾きゃいいってもんじゃない。Buleriaも普通というか変で終わっても立ち上がる人はまばらだった。これは珍しい事だった。「良かったか?」って聞かれたけど首を横に振って「no」。別にスペインだからって良くないのはちゃんと言うことにしている。けれども二人とも手は抜いてはいませんでした。

Pena_4jpg そして皆かなり欲求不満になっていて、中心にPepe Floresがいてガスパールやコマンダンテともう一人の踊りが上手いというのが、歌い始めアントニオも加わりパルマでちょっとしたフィエスタになってきた。今まで舞台にいた人達は無視状態。アントニオと俺達を除けば皆ヒターノでこれって初めての事だった。パルマで一緒に遊んだけど何とかついてはいけた。でも彼らのコPena_5 ンパスの凄いのはちょっとした、きっかけで上手く変えていくのだ。ヘレスみたいにバカバカ早く叩くのではないけど、ノリは一緒。こちらの方がゆったりというか、せわしなく無いんだね。段々止まらなくなってきて、白熱した。その間にも仲間(他の)同士で揉めたり、色々あったけど、カミさんは酔っ払って輪に入り込むので止めるのが大変だった。こういう時あんまり雰囲気を壊したくないのだ。終わってしまうからね。そうやって1時過ぎまで遊んでいた。やっとモロンのヒタノフラメンコに接した気持ちだった。今まで全部パジョのフラメンコだったので何となく、違うものを求めていたのだけど、こういうのは向こうから来ないと当たらないのは解っていた。やっとほんのちょっと触れられたので良かった。今日のペーニャよりずっとこっちのほうが良かったのは言うまでもないことだった。

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2009年10月21日 (水)

Solea

前にガジョのTVに映っていたソレアのDVDに興味があってセビージャのお店で聞いてみたけど判らなかった。それで前から見せてくれと頼んでいたのが会長のディエゴが今日貸してくれたのでずっと見ていた。ソレアにも色々あるのは知ってはいたけど、違いがこういうのを見ると少し判ってくる気がする。  

Nenedesantafe Nene de Santa Fe (Cante)   [Los cantes por solea]
Manuel Herrera, Manuel Carmona(Guitarra)

Solea de Utrera Cante de la Serneta

Solea de Triana  Cante de Andonda,Silva,El Potogues, viejo de Triana

Solea de Marchena Cante de Tia Gilica

Solea de Cadez Cante de Enrique de Melliza Paquirri,Los Puertos

Solea de Jerez Cante de Teresa Mazantini,Jose Illandos,Antonuio Furijones

Solea de Lebrija Cante de Juaniquin de Lebrija

Solea de Alcala Joaquin de la Paula,agustin Talega,La Roesna

初めて知る人ですがソレア唄いなんだろうか?凄くしっかりしたカンテです。あんまり知られて無い人でいるんだよねぇ。伴奏も奇をてらっていなく良いです。ホセレロが唄っていたソレアはTrianaだと教わったのだがやっぱりカデスのPaquirriのカンテだったとか、カンテを勉強する人にはお勧めです。って売ってるのだろうか?

追記:Neneってグラナダの人だそうです。グラナダにもまだこういう人がいるんだね。地図を見たらSanta Feはグラナダの直ぐ傍で、何とか言うお菓子が美味しいらしい。
ちなみにMarsellesの事も聴いたら殆どの人が知っていて、スペイン一のフエステイロだとモロンの人達も言ってましたね。何でも知らないことは聴くことにしています。アントニオはパコ トロンホと近所の友達らしく、今度セビージャの家に連れて行ってくれたら合わしてやるよ、だって。楽しみだぁ。飲み屋の会話はビックリすることがあるんだね。ナナでもそうだったように。

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2009年10月20日 (火)

10月のペーニャ 2

翌日曜日は今月2回目のペーニャの日です。体調が戻っていなく珍しくゆっくりペーニャにいった。それでも今回は何時もより人が少なかった気がした。自分はコーラを飲んだだけ.
Cuadro de Baile " Son de Huelva"
Baile: Cristina Ceballos y Cinta Isaberu
Cante: Alfonso Colbi, Cristina Soler, Macarena Rodrigez, Albelto
Guitarra: Manuel Rodrigez, Rafael Martines

Pena_1_3 マラゲーニャから始まった。まぁ普通のカンテ。カーニャはレマーテが変な切り方でよいと思っているのだろうけど気持ち悪いだけだった。ブレリア、まぁ普通のブレリア。バイレのアレグリアス、踊りはオーソドックスな感じ、けれどもバックのカンテが3人3様で面白い構成のカンテ、終わりのほうでも、踊りに構成の妙が感じられた。
2部はティエントスからで、ファンダンゴは流石によくて一人ずつ違う唄い方、レトラが終わPena_2_2 る度拍手が沸いた。バイレのソレア、カミさんは大いに気に入ったみたいだった。ギターは二人だったけど一人で弾いてるだけみたいでピカード使い。日本のピカード自慢など足元にも及ばないと思う。その割りにインパクトは薄い。このギターが全体を引っ張っていた。このグループの良さはその構成の良さに尽きると思う。結構センスが良いのだ。今回初めて知る人ばかりだったので誰が誰やら解りません。最後は総立ちで拍手。これは相手のフラメンコに対しての礼儀だと最近思うようになってきた。モロンの観客は良いです。

Pena_3jpg 見ていたらイグナシオが入ってきてビックリしてしまった。ガジョに入ったのを初めてみた。「隣で飲んでるからな」だって。終わって直ぐ行ったらサルバドーラもいた。サルバドーラは俺達が入っていくと直ぐ唄い始めた。勿論ギター無し。イグナシオは熱心に聴いていた。そのうち横に居た爺さんがか細い声で歌い始めたんだ。何時も見ている爺さんで唄うのを見るのは初めてだった。これがいいんだよー。イグナシオは「マルチェーナの唄でこれを唄うのには難しいテクニコがいるんだ。」訳知り顔の日本人なら「ペペマルチェーナ?カンテ ボニートじゃないか」と馬鹿にした口を利くのがいるけど、とんでもないよ。「だったら唄ってみなよ、この爺さんみたいにな」と言いたい。けれどもそれは長く続かなくってサルバドーラが唄って取ってしまうのだ。イグナシオが彼女のコンパスを的確にパルマを打ってサポートしたら、実にいいカンテを唄うのだ。通りかかった先ほどガジョに出ていたカンタオーラが聴いていて涙を流して(本当)抱きついていた。イグナシオは尊敬をこめて爺さんに名前を聞いていた。爺さんの名前はJuan Luis、(77歳)ドンていったら俺はそんなんじゃねぇよ と言っていていいやり取りだったなぁ。若い二人のアルテスタの年寄りのフラメンコの対する尊敬がにじみ出てたよ。恵理ちゃんは念願の市井のカンテを聴いたわけだよね。サルバドーラが唄っている間ルイスは口をモゴモゴさせて唄いたく仕方が無い。でも勢いに押されて唄えないんだ。サルバドーラ少し押さえてくれよ、この 爺さんのを聞きたいんだからさ、と言ってももう止まらない。まるで谷口君みたいな奴だなぁ。それでもいくつか聴くことができて嬉しい。こういうのが聴きたいんだもの。爺さんと婆さんのカンテはいいよぉ。モロンの人達は誰もあなどれないよ。何が飛び出してくるか本当解らないから。 

Pena_5 エウヘニアが子供を迎えに行く間「家に来いよ」とイグナシオを誘った。くつろいでいるとき良い機会だからイグナシオにレッスンしてもらったらどうか?と中西君に言ったら受ける事になり、急遽イグナシオに頼んでクラスをしてもらった。自分は体調がそれどころでは無く悪く今回はパス。恵理ちゃんと中西君のを見たらコンパスもしっかりしていて今のままで充分だそうだ。けれどもモロンのコンパスは別で、生のトーケ デ モロンを聴くのは初めての中西君にとって刺激になったと見えてとても喜んでくれたので薦めた俺も嬉しかった。イグナシオはナイーブな性格なので慣れない場所では退いてしまうのだけど家には何回も来ているし、家族ぐるみの付き合いなのでリラックスして弾いていた。乗ってくると顔つきがガラッと変わるので直ぐわかるんだ。相当良い演奏をしていました。

今日は濃い日でした。良い日に中西君たちはぶつかったと思う。といってもほんのちょっとの時間だけど、それが良いか、つまらないと思うかはそれを感じる人の感性です。普通はモロンには何も無いからと言っています。無いのが普通と思うからです。タダ歩きまわっても見つからないのは自分たちが痛いほど経験しているからです。セビージャやヘレスとかは何時もあるのかも知れないけど、モロンはありません。運が良かったら見つかるかも知れません。

追記:サルバドーラの映像がYuTubeでありました。隣の叔父さんも良く見ます。モロンの市井のフラメンコはバルでこんな風にやってます。http://www.youtube.com/watch?v=4-wXLby5yWs&feature=related

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2009年10月19日 (月)

中西君

翌日風邪はもっと酷くなっていて、気分が悪く一日中寝ていた。夜8時頃になって中西、井上恵理夫妻がセビージャからやってきた。家で御飯食べてるとき聞いたら、セビージャ、ヘレス、レブリハ、グラナダに2週間かけて回ってきてフラメンコに接したのはカデスの平野さんのペーニャだけだったんだって。しかもその後のフィエスタを期待したのだけどカラ振りに終わったらしい。これには驚いてしまった。タブラオは好きじゃなく、バルの普通の人のフラメンコを聴きたくて歩き回ったけど聴こえたのは車からのフラメンコだけだったんだと。「だからフラメンコに飢えてるんですぅ」ってそりゃぁ無理ってモンでしょうが。田舎の街は余計みつからないよ。「じゃぁガジョにいってみるかい?無いかもしれないけど」てんでギター担いでガジョに行った。カジョは寒々した空気で常連の人達が何時ものように静かに飲んでるだけ。ペペに「唄えるかい?」って聞いたら「駄目だ、喉の調子が悪いんだから」(俺も同じだよ)まぁいいやってテーブルに座って飲み始めた。けれど自分は風邪で飲む気分では無く早々とギターを取り出してちょっと弾いて中西君の伴奏で恵理さんが歌った。皆黙って聴いてるだけだけど、悪い感じではないのだ。目でペペに唄えよと言っても首を振るだけだった。恵理さんもペペが歌ってくれないかな?と頼んでも無駄だった。(こりゃぁ今夜は駄目かもな)と思った。ソレアをかなり気合入れて弾いてみた。しばらくして横目でみたらペペがこっちに近ずいてくるのが見えた。(へへやっぱりな)と思ったけど知らん顔して弾いていた。カウンターから出て近くの椅子に跨った。そしていきなり全開で唄い始めた。いいソレアだった。終わりの方でいよいよ自分が限界に近いのが感じられ、熱が出てきてちょっと震えまでてヨレヨレになってしまったよ。中西君の伴奏でファンダンゴ、これは中西君が完敗でした。同じく恵理さんがカンティーニャを歌い皆熱心に聴いていた。よく知ってるなぁこのハポネサは、みたいに。此のくらいには皆も声をかけてくれ始めてたね。1時間くらいそんな風に遊んでいたけど、エンカルナも珍しくちゃんと聴いててくれたみたいで嬉しかったね。ペーニャのソシオ達は歌わなくても皆カンテをよく知っているんだ。恵理さんが「本当に唄ったら手を抜かないんですねぇ」と言ったけど、それは唄ったら大丈夫だからと言っておいたからなんだ。唄うか?唄わないか?で、唄わすことが出来るギターを弾ける?かどうかなんだよ。日本じゃあるまいし、モロンで手を抜いて歌うアフシオナードなんか見たこと無いものね。やっとフラメンコに出会って少し満足したみたいだったけど、もう体が持たないので帰ってきて直ぐに寝てしまったけど夜中に熱が出て大変だった。歳だねぇ俺も。。Ofuuu。

教訓:風邪薬飲んで酒飲んではいけません。

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2009年10月17日 (土)

Manolito de la Maria の Bulerias

今朝から喉が痛くてとうとう風邪をひいたみたいだ、だるいので午後から寝てしまったのだけど、I Podを聴いていたらマノリートのブレリアがえらく良いのだ。俵さんがブレリアが良いと言っていたけど、ソレアが良いのでこれまでそればかり聴いていた。しかしゆっくり、聴いていると如何に非凡なカンテか感じるのだ。だらしの無いカンテとは違って正統なヒタノのカンテって感じかな。勿論ヘレスとは全然違うブレリアなんだけどね。ディエゴの一見単純なラスゲオがよく聴くとかなり複雑な組み合わせなのがわかる。やっぱりこれを身につけないとなぁ。考えないで弾けるようにしなくては。これが出来れば後は何もいらないんだ。練習用のCDまで作ってしまった。風邪をひいたのがよかったのかな?今日はJuan Talegas と Manolitoの日だった。

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2009年10月15日 (木)

Antonio Marselles

言われなきゃ気がつかない事はフラメンコでも一杯あります。俵さんとルイスとの話しで多く話されたのがMarsellesでルイスは彼を尊敬していて、今スペインでも最高のフェステロだそうだ。しかもヒタノで大金持ちなんだって。二人が絶賛して止まないので興味が沸いてYuTubeで探してみると、タオのフラメンコ ジャーニイにも出ていた人だった。他のも見ているうちに嵌ってしまった。こういうおじさんはモロンでもいるけどこれ程ではありません。そういうおじさんたちの集大成みたいな人でプロとか舞台の上の人じゃない気がする。こういうのが普通のフラメンコだって云うのは感じてきています。色々でて居るので見比べてください。http://www.youtube.com/watch?v=dZEenN_zqBM
モロンにもCarpinteroみたいなのがいるし、まだまだフラメンコはこういうのが残っているうちは大丈夫だ、ろうなぁ?

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Flamenco Project

Flamenco_project朝早く通りを掃除して、終わったら俵さんから電話があった。時間が取れそうだというので、急いで支度して9時のバスでセビージャに着いたら俵さんが迎えに来てくれていた。
マキさんや青木さんから見た方が良いよ、と言われていた、フラメンコ プロジェクトという写真展を見に行くことにした。入ってすぐ目に付くのがManolito de la Mariaの大きな写真でそれを見てると後ろから「エイソウ」と声が掛かった。見ると背の高い青年でLuis Penaだった。俵さんから聞いてた人だなぁ。一緒に写真を見て回ったけど詳しいのに驚いてしまう。背景の人物まで誰某だと教えてくれるんだ。ビデオとCDが見られるコーナーがあって、今でG_krause_altは貴重なフイルムや音源が提供されてのだが、これらは全部持っているものだから、見てす ぐ解った。映像は「Flamencologia」とTaoの「Flamenco Juarny」。ここで面白かったのはある場面でLuisが大笑いしていたので、何だと思ったらルイスが出ていたのだ。この事でなんだか親近感が沸いたな。そしてこの青年がAnsoniniとFernanda,Paco Vardepenaを尊敬しているのだ。そして二人の後継者と目されているのがこのルイスなんだ。3人でバルで話した。俵さんがいるので聞きやすい「タオにブレリア教えていただろ?ハンカチ落とした時」というと「良く知ってるな」「コンチャに今ハンカチのブレリアは誰が踊れるんだ?って聞いたら君の名前が出てきたんだよ」「パコは日本でハンカチのブレリア教えたこともあるんだよ」と言ったらLuis 「本当かい!?」と信じられないみたいだった。「もうきっと君くらいしか踊れないだろうから、日本に行ったら教えてやんなよ」「そうなればいいいけどなぁ」だって。それから場所を移してペスカドの揚げ物屋にいったけど、美味しかった。其処でもフラメンコの話が尽きなく楽しかった。時間があったので俵さんが誘ってくれたのでホテルに寄った。早速ギターを取り出して弾く事弾く事!以前ナナで二人で遊んでいた時と同じだった。何だか嬉しくなった。笑いが絶えない。俵さんは日本で今、これを弾いていて楽しくて仕方ないらしい。けれどもそれを知ってる人の前で弾くのはもっと楽しいんだよ。来年俵さんが来たら今度はモロンで遊んでもらおう。モロンの連中ビックリするぞう。その時は イグナシオもアンパロもアントニオもガスパールも皆呼んじゃおう、ねっ?青木さん。楽しみだなぁ。もっと見習って練習しなくっちゃな。 

追記:フラメンコ プロジェクトというのは去年か一昨年あたりフラメンコ会議みたいのがあった時ディエゴの音源を纏める話があり、アメリカから何人か出席してSteve Kannも出たらしい。(ネッで報告されていたので知っていた。Zataniaも出てたと思う)今回のモロンの写真の多くはそのSteve KannとDavid Servaの写真が多かった。これ等はネットでも古くから見ることができたのだが未発表のもあり見ごたえはありました。スペイン人による当時の写真も貴重です。そして写真の綺麗なのには驚いてしまった。音源や映像の出所は殆どがアメリカからで特に「flamencologia」については以前書いたように門外不出だったのが、一度外に出てしまうとYutobeやこういう場所でも公開されてしまいます。多分出した人は悔やんでいるかも知れません。その会議の結果がようやくこういう形で出てきたんだと思います。映像、音源は殆どがEvanのコレクションです。ひらたく言えば横取りしたのがStev達かもしれません。何処の国でもやることは同じです。しかしまだ未発表の知られていないものがあるはずで、これ等はアメリカでは無くスペインにあるのかも知れません。(ほんの一部は出てきている)。これまでの経過を考えるとミステリーみたいで面白いのです。

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2009年10月14日 (水)

練習

昨日ペペと約束していたのだが行けなくて今日行ってみた。しかし今日は闘牛のある日でTVではトロが放送されていて、お年寄り達が集まって(といっても4,5人だけど)いた。こういう日は練習はできない。けれど明日は休みなのでペペと奥の部屋でやる事になった。まずはソレアから。これが次から次へとレトラが出てくるんだ。こういう時歌い手が何処で休みたいか判断してファルセータを入れるのだけど、これが結構難しい、こういう時考えないで弾けるフアルセータが自分のものになっているんだけど、日によってそれが変わるし、出てこない日もある。もう一つは合間のファルセータがいまひとつ気に入らない。。今日はコンパスにこだわっていたので、ファルセータまで頭が回らなかった。弾いてるときはそれほどでも無いけど後から録音を聞くと、まだ余裕が無さ過ぎるんだ。もう少し懐が深くないとなぁ。難しいねぇ。それでも30分近く唄っていたけど、追いて行けるようになった。(気力、体力だけ)。ペペは凄く良いときがあるので弾いててOle!がでてしまう。弾き手の醍醐味です。ブレリアは出だしは何を唄うか解ってきたので追いていけるようになった。今回カンシオンのブレリアをちょっと唄ったのでアイレ フレスコ(Dieguito)を弾いたらそのレトラを唄いこれがとっても良かったのと、最後がもっとカッコ良いのが解った。カンテのほうが良いのだ。それから延々とカンシオン ブレリアが続き、何処かの偉い先生が「カンシオンは程度が低い」なんぞとのたまわっていたけど、だったらこんな風に唄えんのかよ?と思ってしまう。何処が程度低いんだ?唄えてから言えよ。と思ったけど追いてくのがやっとで、他人の事言えません。今ブレリアのラスゲオの指使いを変えている最中なので、それがまだ上手く連結出来ないのだ。考えないで弾けるようになるのはまだまだ先の事だ。コンパスは修正できるように少しなったけど、まだ弾いてて気持ちが悪いし今までの癖がまだ抜けていない。やっぱり難しいねぇ。しかしペペはカンテをよく知ってるんだよなぁ、フアンダンゴは最後が凄かった。声が伸びていって、ギリギリまで伸びた感じ。何処まで待てばいいんだぁ?実は今日初めて「俺スペイン人の伴奏してんだなぁ」って思った。今まで普通に思って弾いてたけど、そうじゃないとはっきり認識した感じだった。言葉では上手く言い表せないのだが、ナナでもスペイン人の伴奏はしたけどナナで弾いてるのとは違うんだね。驚いたね。やっと気が付いた感じで鈍いのかもね俺って。少し周りが見えるようになったと思いたいけどねぇ。ペペもやっと本気で唄う気になったのかも知れない。そうだと嬉しいけどな。Ofuuuu。。
奥の部屋でといっても、中身は来ている人に全部聴かれてしまいます。(扉は開け放しでお客が来たら直ぐ出て行かなきゃならないのだから。)中には歌える人もいて(しかも半端じゃなく)けれども、何も言いません。何か言われるようになりたいなぁ。まだまだです。。。

 追記:アイレ フレスコはディエギートのソロ アルバムに入っているもので、アクースティカさんの着信メロディーで聴けます。前に中南米のレジスタンスの唄だって聞いたことあるけど真偽の程はわかりません。モロンのフィエスタでは唄われていたものです。今唄えるのがいるとは思っていなかったのでビックリです。モロン産まれの人は誰でも侮れません。誰がどんなカンテ持ってるか解らないもの。

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2009年10月12日 (月)

10月のペーニャ 1

Pena_1 モロンも大分涼しくなったきたけど今日はわりと暑かった。ガジョに行くと日本人の女の人とスペイン人が来ていた。セビージャから来たR子さんとT子さんだった。何とこのブログを見て来たんだって。驚いてしまうね。もう4年もいるRさんと結婚のため8月にやってきたというTさんはスペイン語が上手で羨ましい。ペペトーレも見に来ていたな。
今日の公演は

Pena_2Baile : Sarahi de los Reyes
Cante: Moi de Moron y El Trini
Dutarra: Luis Amador
Palma: ?         
でした。  

Solea por Buleria
Guitarra Solo
Cante Tangos(Moi y Trini)
Siguiriyas

何だか見たことがある踊り手だと思っていたけど思い出さなかった。切れが良い踊りで一見荒いようだけど、そのノリは半端じゃないのだ。特に一瞬にPena_3 静止できるのが見ていて気持ちが良い。ヒターナの踊りで好きな踊り手だ。今までここで見た中でも体の切れは抜群だった。ギターソロはクラッシックの[アルハンブラの思い出」や「入り江の漣」を混えたもので、音が固い気がしてここでも聴いたことあるなぁと思っていた。タンゴはモイとトリニで特にトリニは初めて聴いたけどまぁまぁの方だと思う。カンテはきちっとソロで聴かないと解らないとこがあるもの。シギリジャはカンテで踊っていて良かっPena_4 た。シギリジャで思ったことは、割と早いスピードで踊られていたのだが、違和感が無かった事。普通シギリジャって重厚にとかゆっくり踊る人が多いと思うけど、スピードは関係ないんだなぁと思った。踊りにカンテを感じられるかどうかなんだ。彼女のはシギリジャを感じたもの。ソレアもアレグリアスも同じ様に踊っている今風のとはちょっと違うね。ガジョの舞台はエスペランサより狭く、その上で皆良く踊るねぇ。最後はブレリアでパルメーラが良い一踊を見せた。全体的に良かった!。最後の方になってやっと気が付いた。踊り手とギタリストはロス ガジョスで見たのだ。その時の踊りとは全然違っていたので気が付かなかったんだ。観光客相手Pena_5 に毎日やるのと、ガジョみたいな歴史のあるペーニャでやるのはモチベーションが違うんだろ。観客も目が肥えてるしね。今まで此処で見た踊りでフラメンコを感じない人なんて一人も居なかったもの。日本じゃ大御所だの何のと言ってもカンテはおろかフラメンコさえ感じない踊り手が一杯いるものね。此処はやっぱりスペインの田舎だからかねぇ?良いペーニャでした。来週もあるんだよね。

終わってから初めてモイと話したら3回日本に行ったんだって。ナナの事も 知っていた。今度行ったら炎さんがいるからね、と言っておきました。

行ったらPena_6よろしくお願いします。モイは何とペーニャの会長ディエゴのファミリーだったのが今回初めて解った。女の子2人が可愛いの。まだ歩き始めたばかりの赤ちゃんが手首を回して踊るしぐさをしたのにビックリ!赤ん坊の頃から踊っているんだぁ!と改めて認識したなぁ。しかしね孫は何処の国でも可愛いんだ。ディエゴは相好を崩してたな。何時も難しい顔してるのに。。

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2009年10月10日 (土)

告知

カンタオーラの能登晶子さんが、カンテコンサートをします。今回はゲストに井山直子さんが出演しますこの組み合わせでどんなバトルが繰り広げられるのでしょうか?興味のある方は行ってみて下さいな。

生カンテ賞味会 番外編
~La Fuente Vieja~

カンテ
 能登晶子 井上恵理
ギター
 俵英三 中西雄一
バイレ
 井山直子

日時 2009年11月14日(土)
場所 銀座・ギャラリー悠玄(しぇりークラブ地下)
開場 20:00
開演 20:30
料金 3500円

シェリー酒を特価にて販売提供いたします。
飲食物の持ち込みは自由ですが、トマトなどの危険物の持込はご遠慮ください。
予約は能登まで。
huevo_flamenco☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えて)

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2009年10月 9日 (金)

10月のモロン

10月はセビージャの何処の村々でもフラメンコのペーニャが盛んです。モロンも10月はペーニャが3回もあり、他の催しと重なっている日もあります。

11日(日曜)13:30 "Cuadro de Baile"
                           Baile:  Sarahi de los Reyes
                           Cante: Moi de Moron y El Trini
                           Toque: Luis Amador

18日(日曜)13:30 "Cuadro de Huerva"(Son de Huelva)
                           Baile:  Cristina Cebsllas y Cinta e Isaber
                           Cante: Alfonso Colbi, Cristina Soler, Macarena
                  Rodriguez y Albert
                           Toque: Manuel Rodriguez y Rafael Martinez
                           Percu: Pepe Trecazo

23日(金曜)21:30 "Ruta de la Bajani"
                           Conferencia "Mairena y los Festivales"
                           Cante: David Pino
                           Toque: Gabriel Exposito

今回は誰でも入れます。

その他23日 22:00 Teatro Oriente "El gusto por la Buleria"が催されます。詳細は解らない。
Dos Hermanos , Alcala Guadaira でも面白そうですが、モロンでも充分楽しめそうです。

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偶然

昨日住民登録証を貰ったのでセビージャの警察に居住許可証の変更申請に行きました。相変わらず混んでいて9時過ぎに受け付けて、順番が来たのは12時近かった。もう待つ事はしょうがないと思うことにしたけど、厭だネェ。手続きは簡単に済んでカルタは送ってくれるらしい。バルで持ってきたパンとビールを飲んで、時間が余ったのでセビージャのメルカドに行くことにした。(寒くなってきたので魚が新鮮なら買おうと思ったのだ)ブラブラ歩いてヒラルダの傍に行ったら向こうから見たことのあるような日本人のカップルがいた。よく見たら関西のギタリスト中西君とカンタオーラの井上恵理さんだった。おや!まぁ偶然。来ているのは知っていたけどこんな所で会うとは。彼らは行き当たりばったりの旅行みたいで、近くの"Compas Sur"というセビージャでは今唯一みたいな?フラメンコ専門のCD屋さんに案内したんだけど、自分達も急いで行かなきゃなら無い店があったので其処で分かれた。シェスタになると店が全部閉まってしまうのでその時間帯は厳しいのだ。カジェ フェリアでは路上市が開かれていたけど大したものは無かった。メルカドで色々買ってたら時間が無くなり、やっとバスでモロンに帰ってきたら、カミさんはダウンしてしまい、今になってサンタンデールの疲れがどっと出てきた感じ。明日は完全休養にしよう。スペイン語のクラスも初めて休んでしまった。

追記:10日にカデスの”Pena Juan Villar”で俵さんのコーディネートで平野さんが歌いエンリケさんが弾くのを中西君達は見に行くらしい。スペインに来てワザワザ日本人のカンテとギターを聴きに行くのは奇特な事だなよなぁ。そういう有名なペーニャでやるのはきっとステイタスになるんだろうねぇ。またヨイショ記事でも出るんだろうか?昨夜”Pena El Gallo”でタダで唄った小里綾さんはステイタスにもならんね。(笑い)トルタと俵さんがやるなら見に行くけどね。カデスは遠いよ。

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小里さん

5日も家を空けたので冷蔵庫は空です。一番に市役所に行き住民登録証を貰ってメルカドに行ったらボケロンの新鮮なのが入っていた。これなら刺身にしても大丈夫、でもスペイン人は食わないだろうと思ったので控えめに購入。ガスパチョも無いので材料を調達。ガスパチョを作るのは自分の担当です。その他の物はカミさんが担当。ボデガの酒を買いに行くついでにガジョに寄る。「今夜唄ってくれよな俺のアミーガが来るんだからださ」って言ったら「おう、気が向いたらな、6時から7時までの間なら暇だからな」だと。昨日の疲れが残っていて寝てたら電話があった。3時になってたんだよ。市役所の前で小里さんが待っていた。元気そうで良かった。。喉のポリープを取ったのは聞いていたんだ。バルでビールも飲んでたしね。家に行って遅いけど軽い食事を取った。ボケロンのカルパッチョは初めて作ったのにもかかわらず美味しかった。たまねぎとレモンのみ。刺身も食べれたのでもっと作れば良かったなぁ。明日セビージャに早くいくのに車で送って貰うことになり泊まってもらうことになった。それから色々話したのだがこの何日かギターを弾けなかったので取り出して、弾き始めたら綾ちゃんも歌った。これが中々楽しくて時間が経つのも忘れてペペとの約束の時間は当に過ぎていた。ガジョに行ったら「もう時間過ぎたぞ、終わりだよ」と言ったけどどうやら日本のカンタオーラが来ると聞いたのでロケや他の衆も、待ってたみたいだ。「まぁいいや」ってテーブルについて飲んで食べたりして、ギターを取り出して弾きはじめた。やっぱり唄うんだねペペ?。だからこそフラメンコだぜ。綾ちゃんも小さい声だったけどブレリアをかなり歌った。しかも結構弾いてて難しいやつを、皆興味津々で乗り出して聴いてたもの、顔をみたら親指立ててたな。ペペは乗ってかなりいいシギリジャを唄った。ソレアも、けれども俺が最後の最後に締めでとちって台無しにしてしまった。ファンダンゴは駄目だったし。それでも楽しい一時を過ごせたと思うけど、綾ちゃんは何て思ったのだろうか?ガジョはスペインでも古い70年も歴史のあるペーニャで日本人がナナに居るみたいに遊んでいられるのは不思議だけどそれが違和感も無く普通に思えるのは普通じゃないのかね?よく解りませんが。帰りにまたセルベセリアで飲んで、流石に限界だったので帰って俺達は寝てしまった。

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Bilbao

Bilbi_1 サンタンデールからバスに乗り1時間30分でビルバオに着いた。ここはバスコ地方で今までと違って山が多く緑が豊かで同じスペインか?と思うほどだ。(アンダルシアとは大違い)ビルバオの街に近ずくと大型の道路工事や建設ラッシュで不況といわれているのは何処の国?と思われるほどだ。ビルバオはサンタンデールより大きくもっと重厚な気がする。此処もビルバオ銀行の本拠地だ。タクシーでHotel Bilbiに行く。バス停留所から街の反対側にあり此処も回りは工事中で川の傍という事で選んだのだが川まで大分ありあんまり環境の良い場所ではなかった。けれども荷物を置いて出かけてみると、少し歩いて川を渡ると旧市街でバルセロナの裏道みたいな所だった。ウロウロ歩いてプラサ ヌエバの1軒のバルに寄ってビールBilibi_2jpgとピンチョスを食べたらこれが凄く美味しかったのでビックリ!色々な種類がありどれも美味 しかった。新市街まで歩きに歩いたがビジネス街でたいして関心は無かった。モダンアートの殿堂というゲッケンハイム美術館に行ったら休館日でまた旧市街に行きバルのピンチョスの食べ比べで4軒くらい周りコンテストで優勝した店”Xukela”にも行ったけど結局最初に入った”Bar CVRE TOKI”に再び行ってしまった。ここのピンチョスはソースの味がしっかりしていて、しかも繊細なのだ。地元の人も此処が一番美味いと言っていた。何だかピンチョスに嵌りそうです。

Bilibi3 最後の夜なので美味しい物を食べたかったので,Xukelaと同じく”地球の歩き方”に乗っていたVictor Montes で プラサ ヌエバ にあるのだ。それほど食欲が無かったのでカミさんは海のスープ、自分はバスク料理の典型らしいバカラオ ピルピルの組み合わせを頼んだ。これが絶品でスープはどうしたらこんな味が出るんだ?と思ったほど。ソースは繊細でスペインに来て初めて美味い物を食べた気がしたよ。

翌日ビルバオの路面電車でバス停留所まで。始発から終着駅まで1.2ユーロで便利なのだ。空港まで行きお昼の飛行機でセビージャまで1時間30分。値段はバス代と大して変わりが無いのだ。空港からまたバスでサンセバスチャンーモロンまでやっと帰ってきた。本当にヘトヘトになってしまった。やっぱりモロンがいいやぁ。
ほっとしていたら電話が鳴って小里綾さんが明日モロンに来ることになった!

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Santander 3

Santa_5 3日目市バスで街外れのエル サルディネーロの海岸まで行った。ここは高級ホテルやマンションが立ち並ぶリゾート地でマルベージャみたいな所。海辺ではまだ潮も退かないうちからサッカーの試合を至る所でしていた。上から見ていただけで面白かった。帰りはマグダレナ宮殿を見に行った。夏の別Santa_6 荘としてアルフォンソ13世に贈られたそうだが、現在は大学として使われているそうです。この街にバルセロナから来ていたKさんはサッカーの監督の勉強をしているらしく、好きなものに一生かかわって行きたいと話していたけど自分のフラメンコもこうやって一生かかわるようになったので共感できるねぇ。Cさんの旦那さんはイギリス人でリタイヤしてスペインに暮らしているのだけどやっぱりレジデンシアに苦労したそうで1年近くかかったのだけど5年も経って降りない人もいるそうなのだ。聞いてビックリしてしまった。それでもEU圏内なのでいいほうだって。まだましだなぁ。と思った。良い友達のお陰だよ。夜は美味しいもの食べたいと思ったのだが、あまりたいしたこと無さそうだったので草臥れたのもあって軽く済ませてしまった。結局市場で買って料理したのが一番美味しかった。青木さん流のムール貝料理?はレモン入れないで後からかけたほうが美味しいです。ハイ。

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2009年10月 7日 (水)

Santander 2

Santa_1 翌朝近所のバルで朝食を取りバス停留所まで歩いて時刻表を見に行った。そこから海岸添いの道は直ぐで、サンタンデールは同じ名前の銀行の本拠地であり、重厚な建物が連なっていて歴史を感じさせる街でしかもかなり大きいのだ。お天気も良く何時ものように相当の距離を歩いた。途中メルSanta_2 カドに寄ったのだが、流石に海の街の市場には魚介類が豊富でマラガより品数も多い気がした。特に海老、蟹はまだ生きていて驚いたことに日本と同じザリガニまで売っていた。とうとう誘惑に負けてムール貝と小ぶりのボタン海老みたいなのと、鱈の切り身を買ってしまった。早速ホテルに帰って海老を剥いて生で食べたのだがこの事を予想して味噌と醤油、ワサビまで持ってきていたのだ。鱈は半分を味噌で煮て、パンと合わせた。これが美味かった!。海老はプリプリで鱈は小骨が多かったけど味は良かった。あっという間に食べてしまい。海老の頭はスープに使うことに。シェスタの後再び街にでた。海岸に大勢の人が出ていて楽隊まで待機していた。何事だろう?と寄っていくと海には多くのヨットやクルーザーが浮かんでいてそのうちSanta_4 船団がやって来た。その中心には3本マストの帆船ZAMNA号が帆もあげて入港してきた。どうやらメキシコからの公式訪問らしい。帆船好きの自分としては願っても無い機会なので写真を取り捲った。歓迎式典も催され市長さんも出ていたみたいだ。夜はバル、レストランみたいな店で魚と肉の料理を食べたが普通のタパスの大きいのみたいだった。今日も相当歩いたので草臥れてしまった。

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Santander 1

カミさんのお供でサンタンデールに行って来ました。しかもバスで。モロンを朝7時に出発。セビージャ9時30分発サンタンデール行き直通バスに乗りました。。セビージャから真っ直ぐ北上しSevilla-Zafra-Almendalejo-Merida-Caceres-Plancia-Bejar-Salamanca-Tordesillas-Valladolid-Palencia-Alqullar der campo-Reinosa-Los Corrales -Trrelavega-Santander
を寄りながらエストレマドゥーラーカスティーリャーカンタブリアまでの行程です。いやぁ!大変でした。メリダ、カセレス、サラマンカ、バリャドリッドなど有名な街を通るけど、バスターミナルは殆ど街の外れにあり、しかも殆ど停車時間もなく街の感じも掴めないまま進みしかも全行程で休んだのは30分カセレスで昼食休憩のみ。それでもバリャドリまでは何とか景色をを眺めたりしていたのだが暗くなってから最後の1/5が長くて参ってしまった。お客を小さな村々に降ろしていくのだが幹線から外れているので時間がかかってしまうのだ。サラマンカではバスは満員になりダブルブッキングもでる始末だった。サンタンデールに着いたのは夜10時30分。モロンから14時間30分!!こんなにバスに乗ったこと無かった。疲れ果ててタクシーでホテルEstudios Aránzazuに辿り着いた。部屋にミニキッチンと冷蔵庫が付いていたのだが、これが後から非常に役に立つことになった。12時近かったが外に出て近所のバルを2軒ハシゴしてしまった。もう2度とバスでは来たく無いなぁ!

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