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2009年6月30日 (火)

フィエスタ

通っているスペイン語教室が7,8月お休みなのでお別れパーテーをしました。生徒はモロッコの女性3人セネガル人のアイシャと俺達日本人夫婦、と教師のマリアとフローレスの姉妹。それぞれお国料理を持ち寄ってです。モロッコは大きなケーキとお菓子と甘いお茶で、セネガル料理は鶏肉とお米に葡萄や他のものを入れ炊いたものです。家は出汁巻き卵、と小さなカップに寿司飯と蟹、飛びっこ、アンチョビなどで五目寿司風にしたのと海老入りの茶巾寿司。寿司はスペイン人には受けたけどモロッコの人達には受けなかった。女性達は何時もの民族衣装で話すのに困らないみたいでまだ名前が覚えられないけど眼鏡の女性はかなりインテリです。場所は外にあるバルの庭です。アルコールは先生と俺達だけだ。のんびりして良い風も吹いていて結構涼しいんだ。ギターを持っていって弾いたら喜ばれた。先生達はモロンなのでフラメンコは好きみたいだけど。此処は何かの組合みたいなところで、他の人達もバルで大勢飲んでいるけど、殆ど関心は示さなかった。フラメンコの話でどうやらこの前のミゲル ポペダがお気に入りみたいだったけど、俺はあんまり好きじゃないなぁ。と正直に言ったよ。おばさんが座って話してたら”Pena Montegil"のソシオなんだって。弾いてたら小さい声でつぶやくように歌い始めたのですかさず付いていったんだけど、結構古いカンテで節回しを探るのが大変だけど、弾いてて楽しかった。聞き取るのにも苦労したけどね。皆カサペペとか実際に知っていて、Joselero、やFernandilloも見たり聴いたりしているんだ。親がギター弾いていたり、アフシナードだったり、先生の親は目医者で家でDiegoたちとフィエスタもしたらしい。ここはモロンだものねぇ。皆いい人達ばかりであっと言う間に12時近い時間でした。いよいよ帰国しなければならないのだけど、スペイン語ももう少しやっておかないとなぁ。Ofuuuu。。

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2009年6月29日 (月)

POTAJE GITANO

  モロンのガスパチョ レブリハのカラコレそしてウトレラのポタヘはいずれも食べ物の名前が付いたフェスティバルで、これを見るのが夢でした。そのPotaje Gitanoが27日に催され帰国前でどうしようか?と思ったけど行ってきました。アントニオが送ってくれたので行きは楽でした。「車を貸してやるからそれで帰れ」と親切に言ってくれたのだけど自信が無いので断ってしまったのが後で後悔することに。。入り口で入場券を買って時間が大分あったので、街をぶらついたのだけど、2年前とは大分変わっていた。前に遊んだバルは道が広がっていて跡形もなかった。(これじゃ能登さん、探しても解らないはずだよ)時間前には人も並んでいて、しかも風が吹いて寒い状態。入り口で木のスプーンを貰って中に入ると会場はかなり広く丸テーブルが数多く並んでいて座席番号はそのテーブルだったのだ。しかも自分たちの番号は何処を探してもなかったので聞いたらテーブルに番号を間違えて書いていた。隣のテーブルに何と知り合いのヤマキさんのお弟子さんの新さんが座っていてビックリ。マラガから来たんだそうだ。テーブルは俺達夫婦だけで、のんびり置かれたワインと生ハムで待Perrateっていた。
挨拶の後ピアノが入ったバックでAna Montanoのカンシオンみたいなのが唄われこれはこれで良かった。
ポタヘ最初は地元ウトレラの男達Tomas de Perrate,Manuel de Angustias,Jesus de la Frasquitonoのカンテ(今回はギターの事は書きません)一言で言って”軟弱”でした。何時からこんなにウトレラは軟弱になったんだ?ガスパールやペラーテの漢っぽさは何処に行ったんだ?Macanita トマスは初めて生で聴いたけどせっかく声に良い物をっ持っているのにもっと父親のを聴けよ。わけの解らないのを唄っていちゃぁ終めぇだぜ。
La Macanitaは流石に上手くて聴いていると先ほどの男達とは違ってプロの歌い手という感じだったけど、カンテ自体は加も無し不可も無しといっPitingo た感じでヘレスで聴いた時の方が良かった。
Pitingoは初めて聴いたんだけど、上手い歌い手でノリも声も良かったんだけど時々変な掛け声みたいなのを入れて何だろうと思っていたんだけど最後のブレリアでやっと気が付いた。英語混じりの変なカンテを唄って聴いたことあると思っていても解らなかったんだけどカミさんが「これマイ ウエイだよ」と言われてやっと変な掛け声の正体?に気が付いた。ブルースの”イェェイィ”とかいう変形なんだ。おいおいそんなの唄うなよ。そんなので受けなくても充分フラメンコで受けられるだろうよ。何でこんなの唄いたがるんだ?Canisales進歩しているのを見せたいのか?そりゃぁ大間違いだぜ。しかも古いし、西欧音楽やんなくても充分フラメンコの可能性があるだろよ。やるんならフェルナンダみたいにフラメンコにしてからにしろよ。
Antonio Canalesも初めて見たけどこれは中々良かったです。こんな体型だったのか?わからないけど、バイレはこんなものでしょう。フアルキートとは動きが違うよね。彼は若いもんな。
最後は地元ウトレラの女達でLa Tana,Mari Pena, Hermania Borjo,Maria Vizarraga,Fabiola PerezそしCarmenてバイレCarmen Ledesmaこれは最初の男達の軟弱さとは違い勢いのある漢らしい?カンテでした。(女は強いね何処でも)しかし、ウトレラらしさのあるカンテを唄ったのはMari Penaだけで後は皆同じようなカンテでしかも誰が誰だか解らない俺には皆同じ叔母さんみたいで(そんな事ないけど)それに同じ ような一人ずつのブレリアが長いので飽きてしまった。Carmen Ledesmaは最後に踊ったのだが良かった!ヒタノのバイレでマントンも上手く使っていて、女達の一体感が出ていて良かった。
全体にみてやっぱり来てよかったです。
Carmen2座っているとコンチャの息子のCurroが挨拶してくれたり、同じテーブルの地元のヒタノの若い衆が「あんた見たことあるよ、ギター弾くだろ?」と言って握手を求めてきたのにはビックリしてしまった。何処で会ったんだろ?誰かと間違えたのかもな?会場は寒くてホッカイロを持ってきて正解だった。ポタヘも振舞われました。終わったのは朝の4時半。
タクシーでモロンまで帰ろうと思っていたのだが甘かった!その時間はもう走っていなく、勿論バスも電車も無く二人で途方にくれてしまった。街は人っ子一人居ないし、カミさんはむくれるしで散々だったけど、仕方無く広場のベンチで夜明かしする事に。参ったなぁ。やっと始発でセビージャまで帰ったけど日曜なのでバスがあまり出ていなくまた待つことになった。モロンに帰ったのはお昼近くで、本当に疲れたー。
良いことは写真が上手く撮れたことです。今までAUTOでしか撮っていなく余り上手くは暗くて撮れなかった。今回初めてマニアルで写し、しかもかなり遠い距離からだったので心配だったけど帰ってPCでみたら、気に入った写真が何枚もあった。ひょっとして写真の才能があるのかも?と思った程です。勿論感違いですが。Carmenの連続写真みたいなのは気に入っています。これだけでも嬉しいなぁ。写真に嵌りそうだなぁ。

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V Festival Flamenco de Sevilla

この一週間ネットが繋がらなくTVも映らない状態でCanar Cuatroに電話しても来てくれず、たまたま繋がったのでやっと少し書くことが出来ます。25日セビージャでPacoとニエトが弾くというので、ペーニャ ガジョがバスを仕立てモロンから応援?に行くので青木さんと参加しました。ところが俺が時間を間違えてしまい皆を待たせてしまい、冷や汗をかいてしまいました。しかし会場に着いたのは1時間以上前でホットした。会場はCartujaという修道院の庭で催され、観客が続々と入ってきて満員状態に。1部は
1. Paco y Antonio del Gastor (nietos)  Bulerias
2. Paco del Gastor                           Solea
3. Miguel Funi y Jan del Gastor          Malaguena, Solea Siguiriya, Bulerias 
4.Baile:  Merche de Moron
  Cante: Moi de Moron, Jesus Flores
  Toque: Paco Amparo, Agustin de la Chica です。

1.は先日見たのと同じで気が付いたのは二人が殆ど同じ様に弾いてる事だった。アンサンブルになっていないのだ。これはパコが教えたものは同じように弾けるよというだけで、それだけでは広がりも感じられないし、ただ弾いただけという感じが否めないのだ。
2.パコはプーロにDiegoのファルセータを弾いたと思う。何時もの音が多すぎるほどでも無く、ただパコのよさのセンチメントさは少ないけどこれはこれで良かった。
3.お目当てのフニは20年振りに見たけど、変わっていないようだった。(少し太ったかも?)相変わらずその所作一つ一つが粋で真似の出来ないもの。ただ最初Juanとかみ合わない感じがしたけど、Soleaを唄う時は良くなっていたと思う。Siguiriyaを唄うとき観客が「早くBuleriaを歌え」見たいな声を掛けられたけど失礼だなぁ!。隣の親父がベチャクチャ喋っていてとうとう「止めてくれよ」と言ったのだがGalloの古株なんだよなこの人。聴いちゃいないんだよ。ブレリアでフニがあんまりカンテに入らないのに業を煮やしたJuanが長いファルセータを弾きそれが観客に大受けしたのでフニの苦笑い。Funiはポーレンの時代の最後の生き残りと言ってよく、何でスペイン人はこんな貴重なアルテに尊敬を持たないのか不思議だった。それは2部を見て改めてつくずくそう思ってしまった。
4.メルチェも気合充分に踊っていたのだけど一番良かったのはモイのカンテだった。声をいいノリといい、一番良い時期なのかもしれない。Agustinは前の晩一緒にガジョで飲んだのだけど聴くのは初めてだった。生真面目なギターという感じで、パコのほうが楽しんで弾いてるように思えた。パルメロのお兄ちゃんはよく飲み屋で見かけて挨拶して何時もニコニコしているんだけど、こんな良いウナパタを踊る人だとは思わなかったなぁ!メルチェよりいいんだもの。太ったアンドラーノみたいだった。
 

2部 Miguel Popeda y Chicuelo

日本でも見たことがあり、声もギターも小さい印象だったのだけど、凄くいいカンテだと思った。初めは。。だけど段々聴いてるうちに飽きてしまうんだ。何処から切っても金太郎飴みたいで全部目一杯のテンションで何を唄っても同じような感じなんだ。観客はFuniの時とは打って変わって総立ち状態になり、こんなの何処ががいいのか?さっぱり解らない。隣の親父も「いいだろう?」と言うけどあいまいに頷くしかないね。最後にマイク無しで唄ったらやっぱり声量は無いしギターも音が小さいし、日本で聴いたのが間違っていなかったって事。文明の利器のお陰だな。モロンに帰ったのは朝の3時半だった。疲れたー。1部で充分だったよ。

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2009年6月21日 (日)

Audicion Alumnos de Guitarra Flamenca

Paco1 表題のがテアトロでやるというので出かけました。入場料1ユーロ。クラッシックとフラメンコのギターの発表会でした。フラメンコは多分ビジャロンでやっているパコの教室の人達です。主な名前と」曲目です。
Ezequiel Martagon    Siguiriyas
Javier Barrera           Solea
Alvaro Saias             Siguiriyas

Fransisco Ganzalez    Siguiriyas
Paco2 Jose Heredia            Buleria
Jorge Silva              Siguiriyas

Diego Gallard            Farruca
Antonio Zamorano     Solea
Francisco Moncayo   Tarantas

発表会だから初心者が多いなかJose Herdia はパコのブレリアをそのまPaco3 ま弾いていて勢いのある良いギターでした。後はまぁまぁといった所です。最後の3人が出た時何とアントニオとフランシスコはパコの孫だったので驚いてしまった。初めて噂のパコの孫達を聴いたのだ。流石にこの二人は上手くてかけ離れていたのだけれども、色々考えてしまった。お爺さんのPaco del Gastorはモロンの第一人者なのだ。そして多分一番音楽的なギタリストなんだ。パコの弾く曲は音に満ち溢れていて、たしかに凄いのだけれども、Paco4 Diegoとは対照的と言ってよいほどなんだと思う。そのパコが手塩に掛けて育てた孫達はヤッパリまだパコの手の中にあるような気がした。まだ15,6歳だから無理からぬ事なんだけど、自分の物を持たない限りは上にはいけないんだ。Son de la Fronteraはもっとシンプルではっきりした物が見えてるけど、インパクトを何処まで周囲に与えられるか?なんだ。しかしその杞憂はブレリアで払拭された。フランシスコはディエゴのを充分気合をもって弾いていた。これからが楽しみなギタリスト達なんだけど、まだまだこれからなんだと歳を食った俺は思うわけです。カンテが入った最後にはパコも一踊りして会場を沸かせていた。これで1ユーロは安いです。

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2009年6月20日 (土)

Granada,Serra Nevada そして Alpjarra

Granada1 アントニオが仕事でグラナダに行くのでついでに連れて行ってくれる事になった。朝7時30分出発およそ2時間30分で着いてしまった。コルテイングレの駐車場に停めて隣のバルでパンコントマテに生ハムを乗せたのがとても美味しかった。仕事に行くアントニオと別れて久しぶりのグラナダの街をブラブラしたけどゴメレス坂の途中にベジードの工房(ギター)ができていた。(前Granada2 には無かった)。アントニオの仕事が終わったので直ぐ車を出してシェラ ネバダに向かった。山に入って1時間くらい登っていくとこんな山の中にショッピング モールのような町が出現したのには驚いてしまう。山にはまだ雪が残っていて景色は素晴らしいけど人が居ない、ここは冬だけのリゾート地なんだ。それでも開いていたバルで飲んだビールは本当に美味しかった。気圧Granada3 のせいかもしれない。土地の人達と話してるのだけどさっぱり会話が解らない。エレーナは何べんもここに来ているらしい。帰りはビールが効いて下まで眠ってしまった。帰るのかと思ったら車はアルプハーラに向かう道に入ったので驚いてしまった。そんなに簡単に行けるのかい?アルプハーラはシェラ ネバダの山間に数多くの村が点在する地域で、その山塊の 凄さにビックリしてしまう。こんなところに人が住んでるのかい?と思っていたらいきなり軽井沢のような小奇麗な通りが出現してビックリしてしまった。通りを歩いてみると外国人の観光Grnada4客も多くて、しかも野外遊園地も準備されていた。ここがアルプハーラの入り口の村La njaronだった。そこからSoportujar,Pampaneira,Bubionを通り山の行き当たりの村Capileiraまで行った。目の前はまだ雪が残っているVeleta山が聳え、静かで綺麗な小さな村だった。けれどもオスタルも何軒もあり、このアルプハーラ一帯は避暑地なんだ。村を散策しているとオバアサンに会って売りにだしているという小さな小屋を見せてもらった。家畜小屋に使われているみたいだったけど住めるように直したら住みたい綺麗な良い場所でした。其処からTreverezに向かう途中小さな教会の前に停めてアントニオはペットボトル持って教会の横の水が出ている場所に行って汲んでいたので、傍に寄って口に含んだら、思わず吐き出してしまった。強い酸の味がしてとても飲めるものでは無かったのだ。アントニオには大笑いされてしまった。4つの水口それぞれGranada5が酸の強さが違っていて飲めるのもあるのだが、これはミネラルや鉄分が多くて天然のガス入りミネラル ウオーターなんだ。流れの底は赤銅色に変わっていた程で水を汲みに来ている人が多い、”Fuente Agria”という有名な場所なんだって。PitresとBusquistarnoの間です。Treveleaに着いた時はもう7時も過ぎていたけど、アルプハーラの名産は何と言っても生ハムなので自家製を売っている店で日本へのお土産に買いました。このままでは、心残りになってしまうので、村はずれのバルでビールを飲み突き出しが生ハムで追加で腿肉を焼いたのとハモン セラーノを頼みました。此処はパタ ネグラではなくブランコ でセラーノの産地です。しかも他の所より厚く切ってあり食べ甲斐がありました。いやぁ!美味しかっGranda_7 たです。特に腿肉は脂の乗りといい、抜群でした。4人で全部食べきれないほどの量でしたが、驚く程安い値段にもビックリ。モロンじゃこうは行きません。そろそろ暗くなりそうだったので元来た道を辿って帰ることにした。Lanjaronではフィエスタで遊園地に灯りが点き大勢の人達が集まって道は通行止めで、迂回して帰路についた。結局家に着いたのは夜中の12時半で、流石に草臥れたけどアントニオは一人で運転でもっと疲れているに違いないのだけどおくびにも見せないんだ。マチョだねぇ。グラナダ、シェラ ネバダ、アルプハーラを走破したのに。

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2009年6月18日 (木)

向日葵

Himawari1 今日は曇っていたので散歩に出ました。晴れていると40度近い温度になるのでもう散歩は出来ません。この前少し歩いた時彼方に黄色い絨毯のようなのが見えたので一度向日葵を見に行きたいと思っていたので思い切って歩くことにした。モロンのセントロに行く入り口にガジョのモニュメントがあって其処からセビージャに向かう国道がある。4kmmくらい歩くと左にモロン唯一Himwari2 のHotel Mronがあるのだけど、随分街から離れているので、お客は少ないのか、扉は閉まっていた。その前はもう向日葵畑で舗装もされていない農道を歩いていくと、人っ子一人居ない道は向日葵と自分だけのような気がする。初めはあんまり黄色くないなぁと思ったのだが、歩いているうちに気が付いた。日が段々さしてくると、向日葵は頭を持ち上げていくんだ。向日葵の後ろから歩いHimawari3 ていて、振り返ると黄色が鮮やかに目に飛び込んでくる。向日葵は見る向きによって全然印象が違っているのだ。その中をトボトボ歩いているのが何となくいいんだ。けれど暑くなって帰りはヘトヘト、街まで戻ってからの方が遠く感じたほどだった。カジョに寄って一杯のビールの美味いこと!しかしそのビールもHimawari4サルバドーラに奢ってもらってしまった。80歳のおばあさんに62歳の俺が奢ってもらっちゃうなんて、何て事だ!こっちの人達って気風がいいんだ。歳をとってもその粋さがフラメンコなんだよ。今度はこっちが持てばいいんだから、モロンてこういうところも気にいってるんだ。フラメンコは粋と見得 だよな、歌舞伎だってそうだろうよ。モロンはフラメンコだよ。

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2009年6月17日 (水)

一時帰国

青木さんと友人のMonoloさんのお陰でやっと長期滞在ビザが下りました。これまで書かなかったけど、これだけが一番の不安でした。というわけでビザを取りに7月の初めから2週間くらいの予定で一時帰国します。その間お暇でしたら遊んでやってくださいな。はぁ。。ほっとしたぁ。。

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2009年6月15日 (月)

Pena Gallo

ガジョのSocio(会員)になったのでお知らせが来るようになりました。今日の催しはカンテとバイレです。ガジョは普段と違って大勢の人達で一杯です。その中でこの前写した写真を顔Pena1を見てあげたけど皆に喜ばれたのでこちらも嬉しい。お金を貰えよ、という人もいるけど、これも親善の一つなんだよ。今日の出演者は

Al Cante: Rafael de Utrera, Los Mellis de Huelva
Al Toque : Dani Mendez
Al Baile :  Carmen Losano

Pena2でした。ギターは完全にモデルノでモロンの欠片もないギターで今時の何がソレアだかシギリ ジャだか判らないけど、熱くは弾いていて地元なので観客は大受けだけど飽きてしまった。といえばカンテのラファエルも凄く上手いカンテなんだけどこれも技巧が前にあって段々飽きてきてしまうんだ。音楽フラメンコなんだな。これって何だろうか?カミさんも同様みたいでバイレも一生懸命踊って気合充分の踊りなんだけど、そうかぁ、なんだよな。普通の感じPena3 でこれって感性が鈍ってヤバイのかも知れない。ホアナやコンチャは感じるんだけど、不思議だなぁ。この差ってなんだろう?
終わってからも途中でも観客を見てるのが楽しい。本当に色々な人達が来ているんだ。パコのファミリーにカウンターでアントニオが冗談言って笑わせPena4たり、皆いい顔しているんだよ。
隣のバルに移ったらアントニオの兄弟が唄って踊ってた。そのうち向こう側でカンテが歌い出され寄ってみるとパコという初めて見るおっちゃんがかなりいいカンテを歌っていて嬉しくなってしまう。4人のおっちゃん達がそれぞれ少しずつだけどいいカンテなんだ。先程の舞台よりこつちの方が下手だけど味がある気がする。唄うと皆真剣に唄うんだよ。ナナより狭い店でフラメンコが溢れていて、いいなぁ!と本当に思ってしまった。声が出ない友達が唸ったり、踊ったりで、ここには変な人が一杯居るんだけどみんな変なので同じなんだよ。それが普通でギスギスしていないんだよ。こういうのっていいんだよなぁ!。楽しくて今日は飲みすぎてしまった。ofuuu。。。

追 伸:毎日こんな事があるわけではありません。モロンに来て何も無いと言われても責任は     持ちません(笑い)

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2009年6月14日 (日)

バルのフラメンコ

能登さんとPCで話していたとき電話が鳴った。アントニオからガスパールがフィエスタをやっているからギターを持って来いとの事だったのだが、シエスタとフィエスタが聞き取れなくとまだった。アントニオが家に迎えに来たときは準備もしていなくてあわててしまった.アントニオはJuana Aamyaのお父さんが亡くなったことを教えてくれた。いった場所はまだ行かなかったバリオにあり、その地域のかなりの人が集まっていて広場でバーベキューをしていた。そういえばカメラを写してしてくれって頼まれたのはこれの事だったんだ。カメラは忘れたよ、ゴメンナ。誰かのHomenajeらしいかったけど、何だ解らないで広場のバルの中でガスパールが気を使ってくれて飲んで食べていたけど車の中に置いたギターが気になって取り出してきた。(外は40度を越える気温です)大分時間がたって頃合を見計らってギターを取り出してビール箱に座ってブレリアから弾きはじめた。即座に傍にいたおじさんが歌いだしたんだけど、この辺のカンテは皆整ったカンテではありません。お教室やCDで聞くカンテとは全く違います。だからコンパスを整えて弾く事なんぞ出来ません。このコードじゃなきゃ嫌だなんて甘いもんじゃないのです。カンテは自分の唄いたいように唄います。そんなもの(コンパスや他のもの)誰が決めたんだ?と云うのは本当に思えてしまいます。メロディーがどうとか、コンパスがどうとかの日本のお教室カンテじゃないのです。だからセンティードだけとって追っかけることになり、最後は合わせる感じです。しかし、ギターは止めるわけにはいかないのです。ナナなんかに来ているスペイン人はプロでみんなある意味整ったカンテなんだけど、普通の叔父さんが歌うカンテは整っていません。周りは此処のバリオの住人達ばかりで外国人なんかあまり来たこと無い地域ですが、見ていると来ている人が皆良い顔しています。フラメンコを聴いてても唄っても皆楽しそうなんだ。アントニオも歌いガスパールがソレアを歌った。良くて涙が出そうになった。こういうのがやりたくてモロンまでやってきたんだもの。こんな中に居れるのが夢だったんだ。アレグリアスやタンゴも何とか弾いた。楽しかったよー!もっと弾けるように練習しよう。能登さんモロンはこういうのがまだ残っています。

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2009年6月13日 (土)

Diego de Moron との遭遇

モロンに住んで1ヶ月以上経つのにDiego de Moronには一度も会ったことがありませんでした。が さっき何時もの駄菓子屋の前でロケと話していたら目の前をヒョロヒョロした見たことのある人がその駄菓子屋でタバコを買ってました。声を掛けたらやっぱりDieguitoでした。たいしたことは言えなかったけどこれがあの大天才のディエギイートです。見たらとてもそうとは思えなくメルカドの買い物のキャリーを引っ張って(俺と同じ)奥さんの後からついてきました。いやぁ!モロンはいいなぁ。。どんな天才でも普通なんだよ。後から何だかほのぼのした気分になった。Diegoは父親のJoseleroに似てきたと感じました。一番似ているんじゃないかい?Diego del Gastorの甥達が皆元気だったのでよかったなぁ。。

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2009年6月11日 (木)

セビージャ

カミさんが知り合いと会うのでセビージャに出ました。その前にバス停で木村君に会ってコンチャさんの家に向かったのだがどうやら住所を間違ったらしく、地下鉄で行くことにした。初めて乗ったセビージャの地下鉄はコンパクトで清潔で快適でした。駅からコンチャさんの家は近くて、ラフアエルが玄関まで迎えに出てくれた。この前のモロンの写真とCDを渡したら、とても喜んでくれました。娘のカルメンやクーロも後からきて食事をご馳走になって(ラフアエルが作ってこれが美味しかった!)楽しい時を過ごしました。木村君とカルメンはカンテのレトラの話でカルメンが歌ったりとこれも見ていて良かったね。友達に会う時間なのでお暇してまたバス停まで戻ってセントロに向かいました。セビージャは30度近い気温で暑くて参りました。フェリア通りで知り合いと会ったカミさんとは別れてCD屋に行ったらシェスタで閉まっていたのでガッカリ。もうコンチャさんの踊りの教室を見学する時間も近いのでそちらに向かったのだが、道が迷走してるし、教えてくれる人も見当違いの所を示してくれたりで時間が掛かって、広場に着いた時は暑さと疲労で参ってしまった。バルで飲んでいるとジンセイさんがやってきたので、一緒にスタジオに行った。その一角はガレージの集合住宅のような所にスタジオはあった。コンチャさんのクラスには直子ちゃんや他の外国人もいて、ギターも木村君やとジンセイさん他にスペイン人が2人くらいいました。ギターは皆上手くて、コンチャさんは生徒にカンテも唄わせながらあっという間に1時間がすぎていました。今回ギターを持って行って横で指を動かしたのだけど、正直言って踊りの伴奏は出来なくてもいいやぁ。ラスゲアードを如何に早く弾くかの競争のようで、若いプロ志望(プロ)はいいだろうし、コンパスの勉強にはいいのかも知れないのだが、(つまらないなぁ)と思っている自分にビックリしてしまった。コンチャを見ているのは楽しいけど弾くのは楽しくないんだ。昨夜家でサルバドーラ叔母さんが歌って弾いたんだけど同じ上手く弾けなくてもこっちのほうが楽しいんだよ。何処までラスゲアードを早く弾けるかの競争より、カンテを探って音を入れてくか?の方が緊張感もあって楽しいんだ。皆についていけないから、とはちょっと違うんだね。終バスでまたモロンに帰らなければならないので、途中で帰ってきたけど、何だかホットしている自分がいた。途中で久しぶりにミツコさんと会ったけど元気そうでもう何時産まれても良いほどの立派なお腹になっていました。終バスでは疲れて眠ってしまったけど、陸の孤島のようなモロンの灯りが見えて嬉しいのは、もう俺は立派な”田舎のなまけ者”になってしまったんだなぁ。。疲れたぁ、もう暫くセビージャはいいやぁ。。

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2009年6月 9日 (火)

フラメンコの公園

Kouenn1 字が間違っているよ、と指摘を受けそうですが公演ではなく公園です。そのまま終わるはずは無いモロンのフラメンコは次の場所、文字どうりJardines de la Carreraに場所を移していました。ここはいつも行くセルベセリアCarreraに面した公園です。Carreraは今回の公演のメインスポンサーです。道に迷った井山さんたちを待って行ったらもう其処には人達が溢れていて大釜で作られたパエージャはも既に食べつくされてました。バルの中ではコンチャたちが飲んでたし、公園は人達で一杯で、空は真っ青でのんびりした空気が流れてそれぞれビールを片手Kouen2 に輪になって喋ったりしていてとてもいいんだ。その輪のひとつからパルマが叩かれ始め当然カンテが始められます。中心はPaco de Amparoで皆楽しそうで本当に幸せそうなんだ。そのうちPacoが自分のギターを車から出してきて弾き始める頃にはもうフラメンコはあちこちでパルマが叩かれバルでは別のグループのカンテとパルマ、そこら中でフラメンコが始まったり休んだりしているんだ。けれどもこの日の圧巻は何といってもJuan del GastorAmparoKuen5 す。Juanのfesteroが遺憾なく発揮されたといってよいです。しかも真昼の木漏れ日の中Juanのカンテは殆ど即興のレトラでそれに答えるAmparo(Paco AmparoとIgnacioのお母さん)のバイレは先ほどの劇場のバイレとは全く異なったバイレであり、これこそがCalle(通り)のフラメンコなんだ。コンチャもニコニコして見ているし、これは彼女が育ってきた世界なんだと思った。本当にこんなフラメンコなんて今まで何処でも見たこと無かった。これが見れただけでも充分なんだけど、それで黙ってるほどモロンの若い衆は柔じゃないんだ。ペペ トーレが唄って弾いて踊るし、アンドラーノの息子が弾き歌い美女が踊り、そしてそこに居る人達がKouen6 皆幸せそうでその笑い顔がいいんだ。俺は?というと皆の家族の写真を撮るのに引っ張りだこで、忙しいんだよ。セビージャからきたマサさんがパコ とホアンの前でブレリアを踊って大受けしてたのを見てビックリ、いい度胸してるねぇ。今だかってこんなフラメンコの場面には出会わせたことはありません。皆が楽しそうであちこちでそれぞれフラメンコやっているしそれが一緒になったり分かれたりまるで川の流れのような不思議なフラメンコゾーンが出現していました。のんびMasa りしていて楽しかったけど疲れたので帰って家で写真の整理をしてたけど青木さん木村君はまたも出かけて行った(若いネェ青木さん)終わったところでもう11時ころCDを渡そうとセルベサリアに行ったらそこは若い衆のフラメンコが白熱していた。(そりゃそうだろうなぁ)いいかげんで引き上げたけど青木さんたちはまた何処かに行ったみたいだった。(付き合いきれません)Ofuuu...

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2009年6月 8日 (月)

Moron Flamenco Festival

  Festival2 日曜の朝ガジョで一杯飲んで外に出ると、見かけない人達が歩いているのが見えたので、バスが着いたのを知った。井山直子さんがお友達の島崎リノさんと歩いて来るのが見えた。久しぶりの井山さんは元気そうで、家で一休みして、テアトロに行ったらもう大勢人が集まっていた。今日は俺はカメラを頼まれたので席には座らなかった。Paco とJuan del GastorやAntonio Carrionの姿も見えた。

出演者:Cante: Vareta,Enrique Extremeno,Gayi,Enrique de Moron, Carmen Vargas
                     EsperanzaFernandez
           Guitarra: Martin Chico,Paco Amparo,Curro Vargas,Antonio Santiago
           Baile:Concha Vargas,Luis Amaya,Pepe Torre,Miguel Vargas,Orvco,Juana Amaya
           Nazaret,Reyes, Naoko Iyama
 

おや?と思いました?そうなんです井山直子さんが何と!"モロンのフエスティバルに飛び入り出演してしまいました!"しかもかなり凄いメンバーの中にです。
エンリケのカンテから始まりました。しかし!カメラが思ったように動かないのに気が付きあFestibal わててしまい、集中して聴けませんでしたが、まぁあんなもんでしょ。それほど感じるカンテじゃないし、商売人のようなカンテでした。バレータを聴いて、も集中できなく一旦外に出てみたけど、原因はカメラの取り扱いがよく解らずAutoで写しているのとフラッシュは使えないので、シャッタースピードが遅くなってぶれてしまうのだ。いまさら仕方ないので戻ってやりくりしながら写したけどこのために非常に釈然としない感じだった。ペペ トーレたちモロンのバイラオール4人がブレリアを踊ったけど、これは中々良かったです。Remedios Amayaの代わりにCarmeNaoko n Amayaが唄いこれも良かったです。今日のフィグラのエスペランサが唄ったけど初めて生で聴いてやっぱりいいなぁ!Carmen Vargasのカンテにコンチャが裸足で踊った、流石に凄いです。ヒタナ丸出しの踊りで観客の半分以上立ち上がって拍手していた。その後エンリケが日本の良い踊り手がきているから、と紹介されて井山直子さんが踊りました。周りではハポネス?と怪訝そうな声も聴こえたけど彼女が踊り始めるとウアァ!と云う感じで終わっNazare2たら立ち上がって拍手する人が大勢いました。ビックリしたけど嬉しかった方が大きかった。このメンバーで舞台に上るのは大変な事だと思う。Remedios Amaya出る予定がキャンセルされたみたいだもの。次にナサレが踊った、凄い気迫と体の動きでやっぱり噂通りでしたが、初めJuanaが痩せたのか?と思った程似ていました。これで16歳?おったまげた!!Juanaはやっぱり良くてこの人の踊りはいいなぁ!終わりに近くコンチャが後ろからチョイと踊ってるホアナの肩をたたき二人のブレリアがとても良かった。コンチャとホアナのパレハが見れるなんてこれだけで見た甲斐があったなぁ。終わってコンチャとラフアエルに会って息子のクーロを紹介されったけど良い男でした。いい娘とムスコを持って良かったね。しかしモロンではこれで終わるはずもJuanaJuana_concha 無く。。。。。

追記:井山さんは本当に出るとは思ってもいなく家でのんびり話していたのですが、客席に座っていた時エンリケがきて楽屋に連れていかれたのだ。当然衣装も用意していなく誰かの服で間に合わせたみたいで靴は履いてたブーツでした。Juanaの娘のナサレも一緒に舞台に出ろと言われたけど尻ごみしたほどの舞台を立派に踊って共演者も初めて見る直子ちゃんにビックリして大喜びした顔が印象的でした。
後から考えたらJuanaは自分の娘を出し、しかもその娘は評判の娘であり、それに対してコンチャは自分の弟子しかも外人をぶつけたのはコンチャが如何に直子ちゃんを買っているかが解るというのは穿った見方かもしれないけど面白いと思った。しかもレブリハじゃなくモロンだからね。聴衆はそんな事は関係なくいいものはちゃんと認めるからそれも凄いと思うのは、こっちが今までそんな環境を知らなかったということだね。

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2009年6月 6日 (土)

フィンカ

今日の散歩はCoripeへの国道を歩きました。この道はあまり車も通らなく周Finca1_2 囲は牧場とオリーブの林で気持ちが良いです。かなり歩いてきたら遥か向こうから叔父さんが歩いて来るのが見えた。行き会って挨拶したら「お前こっち側を歩いては危険だ、左側を歩けば前から来る車が見えるだろう」と教えてくれた。「フインカは近いのかい?」て聞いたら「あと2Kmくらいだな」「貴方が持ってるのかい?」{どんでもない!そんな金無いよ」てな会話してまた歩き始めた。フインカ(ドン ポーレンの)は前に車でアントニオに連れてきてもらったのだけど、写真もピンFinca2 ボケでもう一度ゆっくり撮りたかったのもあって、此処まで歩いてきたのだけど、もう帰ろうと思っていたのだけど、頑張って行くことにした。途中青木さんから電話があったのだが、こんな野原の真ん中じゃ携帯も上手く繋がらなかった。目指すベンタが見えてきてやっとフインカの前に来た。けど中には入れないので外から写真を撮るだけにした。前に小川が流れているけど水はあまり綺麗ではなく、アントニオが子供の頃は泳ぎに来たらしいけど今では無理だね。前のVENTA ESPAFinca3 RTEROに入ってビールを飲んでフインカの事を聞いてみたけど大して関心もなさそうで無愛想だったので出て、フインカの入り口まで行った。そこにいた若いのにフインカとポーレンの事を聞いたけど何も知らなかった。Diego del Gastorだけは知っていたけど「ここでDiegoが弾いてたんだ」といったら「へぇ!本当かい?」と言ってたけどね。また歩いて帰ってきたけど流石に今日は疲れた。往復10Km近くは歩いた。それでもお昼には帰ってきた。エステポーナから青木さんが車でやってきて、やっとガレージが役立った。日曜にモロンのFestivalを見るためです。夜セルベセリアで皆で飲んでると井山直子さんから電話があって日曜の入場券を頼まれた。井山さんはコンチャと一緒に何処かのFestivalで踊ったらしい。そのコンチャも今回出るんだ。Esperanza Fernandez, Lemedios Amaya,Concha Vargas,Juana Amaya,Pepe Torre,Juan de Juan ,等錚々たるメンバーなんだ。友達のガスパールがオーガナイズしているんだけど、流石にピリピリしていたなぁ。アントニオ夫妻とガジョで楽しく飲んで過ごしました

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2009年6月 2日 (火)

Tinto de Verano

この所モロンは急に暑くなりました。日差しが今までと違って強いのです。バルではティント デ ベラーノが飲まれるようになりました。赤ワインをレモンガス入りかトニックで割って飲みます。我が家でもその為に両方用意してバソ(コップ)を買いました。自分はトニック(ブランカ)のほうが良いですが、どっちも飲みやすいので最近よく飲みます。でもやっぱりフィノかマンサニージャがいいけど、軽く飲むのにはこれかビールという事になります。外ではビールです。食事は半分は和食です。今日はマグロをオリーブオイルでカツオの叩き風に焼いて食べたら美味しくて中々捨てたモンではありません。まだミソもあるので完全和食も多いです。食べ物に関しては、モルシージャも貝類も魚の白身も美味しいです。エステポーナでは港から直で買えたから刺身もできたけど流石にモロンでは出来ません。(誘惑には駆られるけど)スペインは何でも美味しいので困ることは無いのだけど、一つは水を買わなければいけない事と、もう一つは中国屋の食品店がないのでインスタントのラーメンが無いのです。あったお店は全部買ったのでもうありません。セビージャまで出ていかないと買えません。まだソーメンが大分あるのでそれで済ませる事になります。今までこれと言った物も食べていませんが概ね満足しています。自分が作れるものはトルテージャ(青木流)とソパデアホくらいで、仕事は後かたずけ、とベットメーキングです。スペイン料理を学ばなくても、充分暮らしていけるのです。生卵はどうなんだろう?食えるのかね?米はこっちので我慢できます。2人だけだとたいして料理も考えなくていいのだから、カレーもこっちの豚は美味しいしね、野菜は皮が硬くても味はいいからこれもOK.まだ食べてないものもあるけどゆっくり試して行きたいと思ってます。

追記:先日昔からのメルカドで新鮮そうな鯵を買い早速タタキとお刺身にして食べたら、これが美味しくて、もっと買っておけば良かったと思いました。鮭も鱈も焼いたり鍋にしたりできるし、結構美味しいです。豚インフルエンザが日本では大騒ぎみたいですが、モロンでは誰も気にしていない様です。豚文化みたいな国なのですが、神経質じゃないという事かも。セルド(豚)も勿論食べています。ハモンはバルでも結構高い値段です。けれどもスーパーでは1本6千円くらいで売っているのを見るとビックリしてしまいます。(イベリコでは無い)買っても食べきれないなぁ。

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2009年6月 1日 (月)

Pena Montegil

日曜Pena1日1時30分からペーニャがあるので行ってきました。ここのペーニャはま だ新しいらしく、お城の反対側の地域にあります。4人の歌い手がでました。
Paco Camacho(Moron):    Solea por Bulerias, Alegrias
Maribel Revuero(Sevilla): Solea, Alegrias Cadiz,Buleria de Cadiz
PePena2pi:( Sevilla)                   Granainas, Siguiriyas,Farruca,Tientos
Diego Valle(Moron):          Malaguena,Milonga,Cana
Toque: Alfonso Clavio

聴いた感想は皆一様に、声量と何処まで息が続くかの競争のカンテでした。4人ともアフシオナードの域の人達で、それでも日本人の殆どのプロのカンテは太刀打ちできないほど上手いですが、スペインPena3のアルテスタの生のカンテには耳が肥えてるからね。日本に来るカンテは殆どプロだし、しかもアグヘータとかチョコラーテとか一流を生で聴いてるんだもの。だから大して感動もしなければ、胸にも伝わってきませんでした。ロケはいいだろう?と自慢して聞くから頷いたけど、皆一本調子でそれなりには唄うけどこんなもんじゃ感動はしない。この前のMariana Cornejoの方が余程感動したもの。やっぱり名前が通ったカンテとそうじゃないカンテのレベルの差は大きいねぇ。Alfonsoのギターも 俵Pena4んから 比べると数段落ちるし、あの程度なら日本にも大勢いるよ。味の無いギターなんだ。Moyaとも比べ物にならない。それでも観客は大拍手だけど此処のペーニャとガジョとはまたえらく違っていた。やっぱりガジョのほうが目が肥えてるし言われなくても静かになるんだが此処じゃ主催みたいな巨大な女の人がじっとしてなくウロチョロするし、カンテを聴くより飲み食うおばちゃんが多いし、うるさいし、ペーニャというより品の無い社交場ですな。観客も出演者もパジョだけのような雰囲気でした。見ていて疲れてしまった。それでも飲んで食べて7ユーロだもの文句は言えないです。終わってもモロンの街はまっ昼間で、日曜は誰も歩いていなく、白日夢みたいです。昼間フラメンコを見るのはまだ慣れてませんなぁ。

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