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2009年3月30日 (月)

青木さんの料理?

今日でスペインに来て6日目です。その間ずうっと何もせず日を過ごしています。しかも贅沢に。9時頃朝食ですが、パンとコーヒーにヨーグルトとかサラダが加わったりで簡単ですがリッチです。(貧乏人の俺からすれば)それからテラスでギターを弾きます。乾いた空気に音がよく響きます。前は海で凄く気持ちがよいです。今日はスーパーに行ってビールをしこたま買い込んで豚肉も買ったけどムール貝を2kg(460円)買ったのでそれを昼食に。青木さんはそれをDsc_0027_2只鍋に放り込んでレモン2個を4つ切りにして同じく入れて鍋の蓋をして火をつけて蒸し焼きにしました。何も加えずです。どうなる事か?と思ったらこれが絶品!!貝の口が開いたら火から降ろして、そのままテーブルに置き。椅子の背にビニール袋を掛けます。(これが肝心)美味いんです。何で?と思うくらい。違うんかね?貝が。。貝殻はビニール袋にヒョイと入れればいいんだ。これにオリーブと当然フィノ(1本200円)でバックは「Cante gitano」(Paco,Maria Solea 、Bura,Jose de la Tomasa) この組み合わせは最高です!当然オイラは酔っ払ってます。ハイ。それからシェスタです。夜は港のバルでコーヒー飲んだり酒飲んでます。毎日こんな生活です。。。今にバチが当たるな。。。。
コスタ デル ソルはお金持ちのお年寄りが多いのは確かで、外国人も沢山いて日曜の露天市は大勢の人出があります。エステポーナはマルベージャやトレモリノスに比べここは落ち着いた雰囲気で暮らしやすいようです。落ち着いてしまったらフラメンコを忘れる危険性があるくらい良い街です。

 

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2009年3月28日 (土)

銀行の事

Dsc_0002 日本のCti銀行でトラベラーズ チェックを薦められこれだと簡単にスペインの銀行にパスポートを持っていけば口座が作れると言われたのだが、そう甘いものではなかった。まず金額が多い(600ユーロ以上)と本社にお伺いを立てなければいけないらしい。アメックスが本物かも問題だ。書類のサインも多いし、何より言葉が解らないのだ。青木さんの知り合いのホセ マヌエルさんが担当してくれて青木さんが全部翻訳してくれたので、何とか口座は作れたのだが物凄く時間がかかった。青木さんが居なかったら途中で放り出していたのは間違いないことだ。ところが終わって食事中ホセさんから電話でTsでは新規口座は開けないんだと。それでもホセさんが自分の責任でやってくると言ってくれたので安心した。青木さんの顔の広さには驚いてしまうよ。他の人もそれなら俺が他の銀行に話してやると言ってくれたりするんだ。結局日本の銀行の情報が間違っていたのが原因で大分迷惑を掛けてしまった。これから来る人達も気をつけた方がよいです。別の対応も準備できたんですから。カードが出来るのは10日くらい先かもしれない。下手をしたらTRは何の価値も無かったかもしれないのだ。お昼は港の前の中華店で点心と炒飯で中々美味しかった。昨夜は歓迎会で3人でやはり港の高級なお店で魚のフライみたいなのを食べ過ぎてしまった。ここも美味しかったです。落ち着いたら近くの村にも行ってみたいな。4月の2週目にセマナサンタがここエステポーナであるのと、とても良いそうなので楽しみです。

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2009年3月27日 (金)

やっと着きました!!

Dsc_0001 日本を出てから一ヶ月余り、やっとスペインに辿り着きました!24日サンパウロを発って25日午後2時にマラガ空港。しかし肝心のギターがマドリに置き去りで出てきません。やっと手続をして外にでたら青木さんが心配して待っいてくれました。お友達のフランシスコさんのタクシーで住んでいるエステポーナに向いました。途中マルベージャやフエンヒローナの街を通っていくのですがリゾート地で洒落た家が並んでスペインに来たんだなぁ!という実感が段々沸いてきた。青木さんの家はマンションの6階で前はヨットハーバーのある小さな港で本当に良い所で贅沢な気分になってしまう。これから暫く青木さんの家にご厄介になってしまうのですが、まるでホテルにいるみたいです。朝晩は涼しいけれど昼間は大分暖かくなっているみたいです。今日は町にでて携帯電話をかってお世話になっている弁護士さんのマノロさんの所へいった。彼は昨日のフランシスコさんの息子さんです。知的な暖かい人でした。帰りがけにスーパーによってビールを買って昼食後やっとギターを弾き出しました。青木さんも一緒なので楽しいです。俵さんにも買った電話で話しました。元気そうで良かったです。モロンで会うことになりそうで心強いです。とりあえずはそんなところです。また少し練習しなくっちゃ

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2009年3月23日 (月)

最後の日曜日

Photo_2 ブラジル最後の日曜日は娘達が食事に連れて行ってくれました。その前にイタリア人街の広場のノミの市を見て回った。ここは骨董品が多く面白かったのだが1軒だけブリキの玩具の店があって中々良いものが置いてありました。「お宝鑑定団」に出しても高い金額になるのかも知れませんな。後はあまり興味を惹かなかったので食事にいきました。行ったお店は「地球の歩き方」にも乗っているバイア料理のPhoto_35つ星レストラン[Templo de Bahia]というお店で中々高級店でした。お客も殆どが埋まっていて人気のお店らしい。ムケッカというデンデ油で煮込んだ海鮮鍋みたいでグツグツ煮発った鍋とご飯、トウモロコシの粉、山芋の摩り下ろしのようなものが付いてきました。飲み物は「カイピリーニャ」いうのを初めて飲んでみました。ラPhoto_4イムと砂糖を入れたのにラム?と氷を加えたもので、美味しいけど昼間飲むにはきつい酒でした。鍋は海老、蛸、その他色々な魚が入っていてとても美味しかったです。流石一流のお店みたいです。ブラジル、アルゼンチンで食べたもので一番美味しかった。山芋みたいなのはそれだけでも複雑な味で全部を混ぜて食べるのがブラジル流みたいです。これ でブラジルはもう思い残す ことは無いなぁ。

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2009年3月22日 (日)

再びショーロ

カミさんが買い物に付き合うというので、一人でLuzの楽器屋にショーロを聞きに行った。ここいいんですよぉ。いつ行っても人が一杯で楽器を持った人達が多勢いて聴いてて楽しい。皆が入れ替わりで楽器を弾くんだけど、殆ど即興で合わせているらしい。皆かなりの腕の持ち主で結構お年寄りが多いのにはビックリする。この前の写真の人はかなり有名らしく、店員に説明されたけど勿論何言ってるのかわかりません。やっぱり腕がいいんだこの人。今日は唄う人が何人も出てきて唄ったのだがお客がそれに合わせて唄って生演奏の歌声喫茶みたいだ。唄っている途中で変な叔父さんが葉っぱを一枚持って輪の中に入ってきた。歌に合わせてやおらその葉っぱを口に咥えるとミュートのトランペットみたいな音がが飛び出してきた。いやぁビックリしました。いいんですよぉ!。ちゃんと掛け合いになってるの。いるもんだなぁ変な人。出入り自由で無料なので昼食を挟んで見てしまった。ずっと演奏は続いているのでいつ行ってもいいんだね。録音もしたし、サンバ、もボサノバも見なかったけどこれで充分。

近くの電気街をゆっくり見て回ったけど本当にここは秋葉原より凄いです。バチモンは堂々と露天で売られPC関係も殆どあると思われ、店の数もデパートみたいなのは無いけれど秋葉原より多いです。その一因に韓国、中国系の進出が大きいと思います。殆どの電化製品の宣伝はsamsonで中国系も多いようです。他の国に比べ日本人社会が確立されていたのに何故日本が負けてしまうのか納得いきません。駐在員でも韓国は「骨を埋める覚悟でやれ」と言われるそうですが、日本は2、3年で帰らされるので責任感も持たないし、昔アメリカに乗用車を売り込みに行ったサムライ達なぞ今は望むべきも無くなってしまったのでしょう。負けるのは当たり前だわな。今日本で景気が悪いのでブラジルから帰国する駐在員が多いんだそうだ。益々負けるほうに邁進してるんだろ。ここに無くて秋葉原にあるものは”メイド喫茶”と”フィギア屋”くらいです。マンガも”バカボンド”がブラジル語で売られていた。

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2009年3月20日 (金)

何となく

ブエノスから帰って何となく日を送っています。ショッピ(生ビール)を飲みに行くのも減りました。マウスにミルクをこぼして駄目にしたので買い替えました。こちらで45レアル(1800円)でちゃんと使えます。毎日日本食で日本のDVDでドラマを連続して見て(日本では殆ど見ない)、おまけにTVまでPCで見れるので殆ど日本に居る時と変わりません。ビールは缶(360ml)が40円しないので毎日飲んでます。お腹がまた出てきました。この前韓国料理店で冷麺を食べたけどなんだか黒くて細いの、でもあれが韓国の冷麺だって。美味しかった。色々付いて800円くらい。こっちで初めて麺を食べた。日本食、韓国食材には困らないね。何だってあるんだ。日曜市場は凄い人出だったし果物は豊富で野菜も大根を初め殆どあるんだ。日本人には暮らし安い外国では唯一かもしれないんだそうです。スペイン語は皆寝た時間に起きて1時間、覚えられません。問題はギターを弾く気にならない事です。何だか空気が違うのかなぁ。それでも行った時用に練習できる体制は作ったけど。あと少しでスペインに行けると思うとあせるんだけど仕方ないです。来週中にはスペインです。

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2009年3月17日 (火)

ブエノス アイレス 三日目

Photo  今日の夜ブエノスから帰国するまで時間がありすぎるのでチェッアウトを9時30分にして荷物だけ預けてガルデル博物館に行くことにした。タクシーに乗ったのだが、「俺は知らないから降りろ」と降ろされてしまった。これには驚いたね。後ろの車に乗れよと手まねされたので、乗り込んで説明したけど解らず大型のショッピングセンターの傍という事はわかったので其処で降ろしてもらうことにしたんだ。着いてみると「地球の歩き方」にあるようにガルデPhoto_2ルの銅像があって、その前が派手なタンゴの絵がある家があって、其処が博物館だと思ってしまった。(後から行ったらここはタンゴ教室のスタジオだったのだ)しかしまだ早いのか扉は閉まっていたのでモールを歩いた。上のほうには遊園地があって巨大なモールだった。CD屋でガルデルのCDを購入。こちらでは皆カードで買っていた。現金はあまり居ないみたいだ。何時までたっても開かないので隣のタンゴシューズの店で聞いたら裏側の別の場所らしい。聞Photo_6きながら探したら、何と3ブロックも離れていたんだ。「地球の歩き方」で今まで殆ど違ってはいなかったのだが、ここだけは間違っていた。やっと訪ねて入場券を買って入るとガルデルのレコードや当時の家事の品物などが残されていて、説明もあるのだが殆ど解らない。そもそもガルデルのことも殆ど知らないのです。写真撮ったりして、お昼はセンターで今まで食べなかったパリジャーダを食べることにした。一番小さなパリジャーダ70ペソ、一つと念を押したつもりだった。しかし来たのはどう見ても2人前をはるかに超える量でモルシージャ、や他のモツや骨付き肉、ステーキと盛り沢山。そんなに美味いものでも無かったので殆ど食べ切れなかった。こんなの皆食べてんだろうなぁ。けれどもそれは注文通り1人前でした。どうも驚いたなぁ。そこは地下鉄の駅に近く乗ってフロリダ通りまで行くことにした。なんと車両は日本の丸の内線のもので。日本語のプレートが付いていた。何処まで行っても1ペソ(33円)くらいなのでこっちのほうが得だね。それからお土産を買いブラブラしたのだがそれも飽きて疲れ果ててホテルに帰った。1時間30分くらい待って迎えの旅行社の車で空港まで送ってもらった。世界で一番広い大通りが車でぎっしりで渋滞、運転手さんはそれを縫って猛然と飛ばしてくれたのだが、凄いネェとしかいいようがない。ありがとうございました。サンパウロの空港に何と旅行社の社長さんご夫妻が迎えてくれていたのにはビックリ。恐縮です。これでやっと3日間ブエノス アイレスの旅は終わりました。疲れたけど楽しかったー!!。

追記:今回のブエノス アイレスは旅行社、
    World Expaning Company
         www.wecbrazil.com
        Tel:(11) 3081 4951

     さんのコーディネートによるものでした。帰る前の日もブエノスの担当会社から確認の電話があったり、(日本語の)かえってビックリしました。江上さんという方の会社ですが、きめ細かなサービスだと思います。大手旅行社より現地情報に詳しいし、対応も細かいところまで詰めてくれるので、中南米の旅行を計画されている方にお勧めです。
       

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2009年3月16日 (月)

Tango 見たまま

タンゴ は4つの踊りを見たと思う。
1。レストランシァターのテアトロタンゴ、ショーとして構成され選び抜かれたダンサーやオーケストラの編成で感覚も新しく、いわば頂点のタンゴだと思う。演出にも工夫が凝らせれていて、色々なお客にも充分に楽しませる事を目的としたもの。踊り手はここを目指して努力して技を磨き上げ、競争に打ち勝ってくるのだと想像できる。ここから世界に展開して、来日しているタンゴグループが出ているんだと思う。フラメンコでもテアトロフラメンコと同じ。ヌエボの範疇、但し形態はタブラオだけどテアトロの方が近いきがする。

2.昔スタイルの酒場をイメージしたタンゴ。これは普通の人がタンゴに抱く普遍のものが含まれる様な気がする。すなわち暗い明かりの中でのバンドネオンの音のなかで繰り広げられるイメージ通りのタンゴ。タブラオフラメンコと同じであり、やはり観客を楽しませる事を第一にしている。

3.ストリートタンゴ、大道芸人と同じで屋外レストランでやられているのも同じだと思う。行き来するお客を呼び込みお金を貰うというもので、それだけ工夫して関心を呼ばなければ早々財布の紐は緩まないのだ。多分アルテスタにとってこれが初めの段階かも知れない。ここから登り詰めて打ち勝った人だけが、大きな舞台に出るんだろうな?フラメンコでもコネの無いギターやカンテが広場で歌ってい帽子を回してお金を入れてもらうのとまったく同じです。
1-3は商業タンゴです。いずれも観客を惹きつけお金をもらう、額に差があれ本物のプロの踊り手です。日本のフラメンコのプロと言われる踊り手とは違います。彼らは殆どが一見の客からお金を貰う人達です。タブラオであれ、なんであれ、殆ど教室の生徒か関係者を集めているのとはわけが違います。だから観客をひきつける努力が伺えるのです。日本の本物のプロの踊り手はまだ出ていないことを如実に感じてしまった。芸一つでお金を貰うのがどれだけ大変かはわからないだろうけど、日本はお教室世界だもの、無理だろうなぁ。。その踊りカンテだけで客が呼べるアルテスタが育ってくれたらいいのに。その世界だけでもいい。能登さんもそのくらいになればいいなぁ。やっぱり修羅場を潜ったほうがいいかもなぁ。

4.普通の人達のタンゴ、ブエノスの人達の中にこれほどタンゴが染み付いているとは実は思わなかったのでビックリしました。フラメンコだってスペインではほんの一部の人が関心あるだけで普通の人達は知らないのが多いのです。これだけ多いバックボーンがあるからタンゴはまだまだ発展していくのかも知れません。彼らが踊っているのは一見するとオーソドックスなタンゴです(詳しくないので解らないけど)つまりモデルのや商業タンゴとは一線を画していて古いスタイル?がそのまま今でも使われてるような気がします。フラメンコでいえば昔のは消え去ろうとしているのとは偉い違いです。そして他のを見るというより自分たちの為のタンゴだと思っていそうです。

一番危ういのは2の小さなタンゲーロで大きなタンゲーロに観光客は吸収されてしまい、地元の人達はそれ程来ないのかも知れない。一番タンゴらしい部分が抜けてしまうんだろうか?地元の人達のミロンガのあの賑わいとBar Surの侘しさはなんだろうなぁ?

タンゴは女性のSexyさなんだけど、それにはあの無表情で踊るのも煽情感をそそる気がした。若けりゃなぁ。。と溜息がでるね。(まぁ若くても駄目だろうけどな)

カミさんが「アンタは何でも感動できていいね」と言いやがったけど、いいもんは良いだろうよ。頭が固くなっちまって、フラメンコ以外は駄目ってんじゃつまらないだろうよ?まだ好奇心があるうちは若いってことよ。ヘン。。

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ブエノス アイレス 二日目 その3 Milonga ”Nino Bien”

さてお店を出てから考え、もう2度と来れないと思うので思い残すことの無いPhoto_11 様にもう1軒行くことにし、向かったのは”Nino Bien”というミロンガといわれるダンスホール?です。さっきまでの、静かな雰囲気とはうって変わって其処は大きなホールで照明も明るく大勢の人が詰め掛けていて漸く奥のテーブルに案内されたのだが、殆どのテーブルは埋まっていたみたいだった。体育館のようで正面に学校の演壇のようなのがあったが多分生演奏も行われるのかも知れないが其処にもテーブルが置かれていた。ミロンガは主に週末開かれるのだがここは唯一木曜にも開かれているのだ。ダンススペースはかなり広いのだが殆ど一杯で老若男女がタンゴを踊っていた。着飾った人も多く老人のカップルも多くいた。テーブルでは飲み物、軽食が注文できて100席位あるかも知れない。カミさんはさっきPhoto_12  踊ったのが呼び水で引っ張り出されて踊る事にした。不思議なもので若い頃覚えたものは自転車と同じで忘れないんだ。ましてこういう込んでいる場所での踊りは昔歌舞伎町のダンスホールで踊っていた時みたいでたいしたステップは使わなくても(使えない)よいのだ。音楽に合わせて、ぶつからないように踊ればいいんだから。それでも歳はとりたくないもんだなぁ。思うように体が動かなく時々ぶつかってしまうし、スタミナがなく目がまわってきた。それでもこういうところはカミさんより上手いよ。さっきの踊りに刺激されたのか、脚を振り回すのはやめてくれと、お願いしてしまった。傍迷惑だPhoto_13よなぁ。誰もそんな事してないっしょ。本当に何するか解らない怖い人なんだウチのカミさんてofuuu。ここは観光客は居なくて殆ど地元の人達が集まっているようであちこちで挨拶をかわしているのが見られた。週末には何ケ所でもミロンガが開かれるようでタンゴはブエノスの人達にそれだけ浸透しているんだと思う。フラメンコとは大分違うなぁ。タンゴとは地元では見るものではなく踊るものなんだね。そして一般の人が踊るタンゴもまた素敵なのだ。流石に疲れたので2時頃帰ることにしたのだがまだお客が入ってきていて驚いた。いやぁ寄って良かったなぁ。何十年ぶりでこういう場所で踊れたもの。楽しかったー。

追記:今日本ではアルゼンチン タンゴを習っている人も多いようです。そういう人達にはお勧めですが、地元の人達の邪魔にならないように気をつけたほうが良いです。習ったステップはそのままでは使えないと思うし、踊るスペースが本当にないので技を見せびらかすのは出来ないと思います。余程上手いのであれば、空いた時を狙う手もありますが、お客自体が目が肥えてる人達みたいなので根性がいりますなぁ。地元の雰囲気を味あうのには良いです。

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ブエノス アイレス 二日目 その2 BAR SUR

実はタンゴを何を見るか来るまで相当考えたんだ。結局選んだのが”Bar Sur”という昔ながらの場末の酒場を模したという小さなタンゲーロだった。実際に入ってみると文字通りの場末の酒場でお客が一組しか居なかったんだ。そこでタンゴのトリオが演奏されていた。俺達は安い席なので2階の片隅に座らせられたのだがこれはこっちにとって都合が良い席だった。もう一組俺達の隣に着き彼らはコロンビアとオーストリアの若いカップルだった。したのテーブルは中年のカップル。お客はPhoto_9それだけ。。バンドネオン、バイオリン、ピアノのトリオのタンゴの演奏は昨夜のオーケストラと違ってシンプルで小さな酒場にピッタリの雰囲気で中々に良いのだ。タンゴは中年と若者の男性、若い女性2人組でそれぞれ持ち味のあるタンゴでした。昨日のテアトロとは違いオーソドックスながらも官能的で直ぐ近くで見れるので直にタンゴに触れられるようなきがする。そのうちお客に踊りを薦めたりして何とか楽しめるようにとの工夫を凝らしているのだ。カンタオーラがオーナーみたいで何処から来たのか?ここでも聞いており日本にも来たことがあるそうです。ギターの弾き語りありと、スタッフの方がお客より多Photo_10いので最初はイコゴチが悪かったのだけど、暖かい雰囲気になれてきた。俺にとってはテアトロの豪華さよりこっちの場末のほうが合っているのと、原点のタンゴの方が良いのはフラメンコと同じなんだ。涙が出そうになったくらい良かった時もありビノも1本美味しいのを頼んでこうなったら腰をすえることにしたんだけど、可哀想で帰るに帰れないのもあったんだ。こんなに一生懸命お客を楽しまそうとするのをBur_sur_2感じてはね。ただやっている踊りや演奏は充分満足できたからでもあるんだ。カンテも初めカラオケだったのが生のピアノで唄ったり、トリオの演奏で踊ったり、等々カミさんも引っ張り出されて踊っていたけど何踊りたくて仕方なくていたんだから、その嬉しそう顔といったら最近では見たこと無かったほど。俺も少しお付き合いしたけど踊れるわけ無いじゃないよ。外からお客が来ても入りそうで帰ったり何だろう?というほどで殆ど俺達の貸切状態だった。そのうちシャンペンが抜かれスタッフ全員が集まってお客にも配り、カンテのオーナーの挨拶がPhoto_14あり、どうやら42周年記念日なんだそうだ。だから気合の入った演奏だったのかな?そうではないみたいだけど。いい時に来たのは確かだった。漸く他のお客も入ってきて12時になったので店を出た。入場料80、ビール2杯ビノ1本ピザで2人で340ペソだった。当たったです。楽しかった。カミさんはもっと居たかったみたいだけど。。。

  失敗2:一眼レフを使ってみたのだがオートだと狭い場所なので画面が明るすぎてしまうんだ。カミさんのデジカメのほうが雰囲気が出てる。写真を撮るのはあきらめてしまった。フラッシュ無しだとぶれてしまうし、マニュアルの使い方もまだ解らないので、こういう時は絞りとシャッタースピードをどのくらいにすればいいんだろうか?

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ブエノス アイレス 二日目 その1 市内観光

半日市内観光の大型バスが9時45分にホテルに迎えにきて各ホテルの客をピック アップしたらほぼ満員になった。ガイドさんがお客に何処から来たのか聞いて、アメリカ、カナダ、中南米、オーストラリア、日本とそれぞれにお客全員が拍手、和やかな空気になる。5月広場で降りて20分程勝手に見学してバスでサンマルティン広場エビータのお墓のある高級ブティックの並ぶレティーロ地区、海岸地区をハトバスのように巡るだけど、こういうのは一度は乗っておく方が良いと感じた。広いので角逐が分かれていてそれぞれ特徴がある、ガイドの言葉は殆ど解らないけど「地球の歩き方」を見ながら行くと何を言ってるかも想像がつくんだ。バスは5月広場に戻りいよいよ楽しみなボカ地区に向かった。ボカは言わずと知れたボカジュニアの本拠地でサッカーフPhotoアンならお馴染みの場所。特にマラドーナは地元じゃ英雄なんだね。銅像もあった。球場に入場できたのだが其処までフアンじゃないので土産物屋で時間を潰した。それからカミニートに降りたらそこは家々が明るい色に塗り分けられまるでテーマパークみたいで、土産店やレストランが立ち並び露天も多く大勢の観光客がいて賑やかだった。観光客の足を止めさせ、チップを貰うのはプロでも一番大変だとPhoto_2思う。屋外レストランではタンゴが踊られそれぞれの店によって特徴があっPhoto_3て、行き来する客を呼び止めようと趣向を凝らしていた。これは”カジェのタンゴ”でギター2台の生演奏の店でビールを飲みながら見てしまった。結構良いんだ。おかげでバスに遅れそうになったけどちょうどの時間、他の客は飲む人はいなかったみたいだ。ボカから帰りの途中の海岸通りで降りて帆船のフリゲート艦の前で簡単にサンドイッチで昼食。其処から近いサンテルモ地区にタクシーでいった。ここはバスでは回らな所なんだ。ドレーゴPhoto_4広場で降りたらここでも露天が並びやはりタンゴが踊られていた。この地域はタンゲーロの多い所なので、地図を見ながらタンゲーロを探しに街を歩いた。俺はスペインでもペーニャを探したりして歩き回るのが好きなんだ。何軒ものタンゲーロを見つけて写真を撮ったけど当然の事ながらまだ店は閉まっていた。カミさんもよく付いてきたね。雨が降り始めてきたのでタクシーでホテルに帰って、今夜行くタンゲーロの予約をしてもらったのだが、ホテルのリストにはのっていなく、自分が調べた電話番号で掛けてもらった。咲きゃの轍を踏まないように一番安い一人80ペソ(2640円)夕食抜き。部屋の風呂の栓はペットボトルの蓋がピッタリで何でも試してみるものだな。9時予約な の で 時間はたっぷりあるなぁ。 Photo_5 Photo_6 Photo_7 Photo_8

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2009年3月15日 (日)

ブエノス アイレス 一日目 その2 Tango Porteno

   今回の旅行は娘夫婦がプレゼントしてくれたものでした。3日間のブエノスはやっぱりタンゴ尽くしで行こうと決めたのは自分が最初に好きになった音楽がタンゴだったからです。初めてのタンゴは娘の旦那さんが選んでくれたもので、ホテルに中型のバスが8時きっかりに迎えにきてくれ、あわててしまった。ラテン系は時間にルーズというのは身に染みていたからで、時間通りに来るのも驚きだよ。他のホテルも回って20人位になっPhotoた。着いた場所はホテルからそう遠くないコロン劇場の隣のTango Portenoだった。其処は劇場の入り口で意表を付かれました。想像とは違っていたからです。入ると500席以上のテーブルと椅子が設らえられ、こういう場所は外国では初めてマドリでで行った時大きなクラブのオープニングに行った時以来だ。お客はラフな格好の人が多かったのだけど、ジャケットとネクタイを締めていって良かった。気分の持ちようだけどね。食事はエンパナーダ(ひき肉、ハムなどをトウモロコシの粉で焼いたギョーザの大きい物)とサーモン。これが量が多いんだね。昼間食べた肉がまだ残っている感じなので大半を残してしまった。(行く時はお腹をすかせて行ったほうが良い)お客Photo_2を観察してここってエルフラのハトバスコースと一緒なんだと気が付いた。。団体の観光客がメインで、ただし、きちんと食事をとってからショーを見るというもの。その間はダンサーがお客と写真を撮ったりテーブルでグループの写真を撮ったりしている。商売上手で俺達もお付き合い。勿論買う買わないは自由。食事時間は1時間以上たっぷりとって漸く(俺達には)ショーが始まった。
始まりは昔の映像とミュージカルのようなセットと踊りで生演奏ではないように思った。こんなのずっとやるのか?とうんざりしかかったのだが、甘かったね。何と舞台は上下に別れていて上の段にタンゴのオーケストラが演奏していたんだ。タンゴの踊りの舞台は初めて見るんだけどこんなに凄いものとは思わなかった。フラメンコとは違いタンゴは男と女を強く意識させPhoto_3る踊りなんだ。Amorの世界だね。官能的で隠微というのとは違っているけど、近いものを感じるんだ。ダンサーの技は鍛え上げられていて、昔のマドリのタブラオみたいにバイレのトップクラスが踊っているんだと思う。この舞台に上がる為競争して登り詰めてきたんだろうな。ショーの構成はかなり考えられており、カンテソロを挟んだり、女の人1人で透明人間を相手に踊る、いわば二人羽織と奇術のようなのも素晴らしかったし、パレハの踊りも物語のようなものもあったりと相当レベルが高いと思われる。これは”テアトロタンゴ”というべきものであり、フラメンコでもサラバラスとかがテアトロでやるのを毎晩このタンゲーロで演じられている。このスタイルのタンゲーロは他にも1000席あるといわれるセニョール タンゴ、ラ ベンタナとか何軒もあるみたいでそれぞれ集客を競っています。”タンゴ ポルテーニョ”はこれらからの地域から離れたところにあり、多分新しいタンゲーロかもしれない。その為か質の良いショーが見られる気もする。(他は見たこと無いのでわからないけどね)いやぁ!!行って良かった!!つまらなかったら他にも行こうと思ったけど充分!堪能しました。来た甲斐がありました。帰りもバスで送ってくれたので安心だし。楽しかったー!帰りは珍しく興奮状態だった。

追伸:タンゴは女の人が特に容姿端麗でスレンダーじゃないと駄目だね。エロテックにならないもの。其処がフラメンコと違う所だな。フラメンコは容姿、年齢、体重は関係ないものね。体を反らせるのなんか新体操も顔負けなんだ。しかしショーのなかで老人のカップルが踊ったのはオーソドックスのスタイルでまるでマティルデのセビジャーナスを見てるようで味が会って良いんだよ。歳とってこういう風に踊れたらいいなぁ。

失敗1:写真は自由に撮っていいみたいでしたが、こんなに広い場所とは知らなかったのでポケットカメラを持って行っただけだった。一眼レフを持っていけばよかった。望遠もあるんだったし。タンゴの写真は難しい。動きが早いし予想がつかないのでブレまくってしまった。次の日又もカメラで失敗を重ねることになる。

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2009年3月14日 (土)

ブエノス アイレス 一日目 その1

11日朝の5時に旅行会社の人がアパートまで迎えに来てくれ空港まで行きブエノス アイレス(アルゼンチン)に8時に発った。2時間半の飛行でもう着いてしまった。迎えの車でそのままホテルに40分ほどで到着。セントロから近いHotel Aspen Suitesにチェックインして直ぐに街に出掛けた。こういうところは何時もの通りなんだ。”フロリダ通り”に行くつもりが間違って反対の方に歩いてしまい、それでも食事をしようと目に付いたコルドバ通りの角の大きめなLa_chi_3a Chacraというレストランテに入った。鹿や猪、ジャガーの剥製が壁に掛かった、昔風の雰囲気のお店でお客もかなり入っていて人気店のようだった。名物のパリジャーダというのを食べようとしたのだが、それは肉じゃないと(言われたような)ステーキを進められ勘が働いたので一番小さな肉を選んでみた。アルゼンチンは肉が美味しいと言われていたのだが、確かに柔らかく美味しかった。しかし一番小さいのでも量が多いので、最近あまり食べなくなっている俺としては充分過ぎるくらいだった。隣の男の4人組の肉を見たら見たことない大きさと厚さの肉が出てきてビックリ、流石に残していて苦笑いしてたけどね。中ほどで気が付いたのでニンニク(アホ)を持ってきてもらい掛けて食べたら味が変わって美味しく完食してしまった。ヤッパリ日本人は塩だけではきついんだ。胡椒も感じられなかったので掛けてなかったのかも。ビノ テイント1本、水、サラダ付きで190ペソ(6300円)二人分で充分満足でした。フロリダ通りに出たら、其処はブティクとかが並んだ車の入れない通りで大勢の人が行き来していた。竹下通り、とシPhoto_3ェルペス、銀座を合わせて渋谷の人並みみたいな賑やかなカジェでした。タンゴのDVD,1、CD3枚で108ペソ(3500円)安いでしょ。ブラブラ歩いていたら5月広場に着いてしまった。ここは大統領府がある広場でやっぱり大勢人が出ていた。写真を撮ったりしていた疲れたのでタクシーで帰Photo_2ったのだが、安くて250円位。これで風呂に入って一休み。実は今までずっとシャワーだけだったので。ヤッパリ風呂はいいなぁ!!(日本人にはかかせません)しかし風呂の栓が無いんだ。スペインでもこういうのは多かったので言うのも面倒なので、ビニール袋で代用。もう一つはコインが無いと水も自動販売機で買えないのだ。まぁそれも明日何とかしよう。一眠りして今夜のタンゴに備えることにしよう。

   

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2009年3月 9日 (月)

フッチ ボール

ブラジルはサッカーの国です。昨日アパートの近所で突然爆発音が聞こえ人々の歓声が伝わってきました。聞いたらサッカー場が近くにあって試合があると何時もこうなんだと。TVではサッカーは何時も映してるみたいです。今朝のTVを見たら昨日のはロナウドがヘッドでゴールを決めたのでそのシーンを何回も流してした。喜んだロナウドは外に柵に駆け上ったのだが、それを見た外の観衆が押し寄せて柵全体を倒してしまった。爆竹を鳴らし興奮状態で警官隊や騎馬隊まで動員されおまけにショットガンまで持ち出していたのには驚いたね。今日はその話で持ちきりみたいだ。「腐っても鯛」なんだと。しかしTVを見てると日本のJリーガーなんて弱弱しく見えてしまうのは何故なんだろう。特にミドル レンジからのシュートなんて一直線にゴールに行っていて、日本のお辞儀しちゃう行儀の良いシュートとは全然ちがうんだ。折り返しは必ず誰かいるみたいだし、日本とレベルが違いすぎるね。といってもあんまりよく知らないんだけどね。毎日やることも無く1日が過ぎていくんだけどねぇ。ofuuu。。。Ronaudo_3

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2009年3月 8日 (日)

土曜日のショーロ

この前行ったLuzの楽器店で土曜にショーロをやるので行ってきなよ。と言われたので出かけました。ショーロってどんなのかも知らず楽器店に入ったら奥の部屋で大勢集まっているのがみえたので入っていきました。其処にはかなりお年寄りの人達が輪になって座っていて、周りにお客さんが一杯で、輪の中でおばさんが一人歌っていた。ギター3台ウクレレみたいなカバキーニョとPhoto_2いう楽器とマンドリンとギターの混合のような8弦のギター(チャランゴ)とバンデイロ(タンバリン)という編成でしたが、これが凄くてビックリしました。音楽的にも優れていて、楽器の腕が皆半端じゃないのだ。普通のおばさん達が米の入った小瓶を持ってきてマラカス代わりに使っていたり、見ているとやってる人同士でギターとカバキーニョを取り替えたり、バンデーロを叩いたり一つの楽器だけ弾いてるのでは無いんだね。初めはぼうっと見てたけど段々誰がこの場をリードしているのが解ってきた。ここのオーナーみたいな人のカバキーニョが上手くてその人がリードしてるのかと思ったんだけど、(プロみたい)、どうみても80歳すぎてる爺さん二人が若い人を引っ張ってるのに気が付いてきたんだ。一人は歩くのもママならないくらいでおまけに補聴器をしているギタリスト、 もう一人は元気なおじいちゃんでカバキーニョの達人でこの二人のやり取りが他の人を盛り上げてるんだね。リズムとメロディのやり取りがいいんだよぉ。こんなの初めて聴きました。しかし驚くのはそれからで次々とギターや他の楽器を弾く人が変わっていくんだ。一人立つとその椅子に客席の誰かが座って弾き始める。よく見ると楽器を抱えた若者やお年寄りが何人もいるんだ。これにはビックリ。Photo_3そのうち”ブルースウイルス”みたいなハゲの叔父さん(それでも若手)がチャランゴでソロを弾きはじめた。これが凄く上手いんだ!!。しかしそれに伴奏を皆でつけるんだけど、即興でもピッタリ嵌っていてこの人達は一体何者なんだ?横に今まで静かに座っていた黒人の青年が呼ばれて誰かの楽器を借りて弾いたんだがリリカルで素晴らしいセンスの演奏で刺激されたブルース(?)が相手になって。。気が付いたけどこれってジャムセッションなんだよな。ショーロの延々と続くセッションなんだ。ギターみたいな弦楽器でこういうのがあるんだ!?いやぁブラジルって凄いよ。!フラメンコでいったら東京中のギタリストが集まって丸くなって弾き合いしているみたいPhoto_4 なもんだもの。その中に詩の朗読があったり皆でお祈りしたり色々な人がでて唄ったりこれ入場料タダなんだ。。これは商売用の音楽じゃないんだ。皆自分たちの楽しみのために集まってやっているだけなんだ。ルンバに近いのも演奏したけどパコ デ ルシアなんか一度こういうのを聴けばいいんだよ。と思った。今のセクステットなんか殆どバックがリズム系だけみたいだもの。いやぁ昨日に引き続き良いものみたなぁ。朝の10時から始まって夕方まで続くらしいのだけど流石にくたびれたので帰ったけど来週また行こう。

追伸:ギタリストは皆フラメンコギタリストのように膝の上に立てて弾いてました。ギターはクラッシックで親指にピックを嵌めて弾いていました。

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2009年3月 7日 (土)

CAPOERA(カポエラ)

  娘の旦那がカポエラを何年もやっていてブラジルに居る要因の一つなんだ。団体はブラジルに無数にあるようなのだが、そのうちの割と大きい”ABADA”というのに所属している。練習があるというので一緒に出かけた。カポエラは日本でも試合を一度見たことあるだけで、内容も良く解っていないのだがブラジルを代表する武術の一つらしいただしそれは日本や他の国の武術とは大分違っていたのだ。カポエラは元々アフリカからの奴隷達が密かに行っていた身を守るための武術で手鎖をつけられていたので足技を発展させたということも聞いたことがあり、沖縄唐手に似た発展の仕方のようなきがする。沖縄は武器を薩摩藩から取り上げられ,鎌やトンファーを使ったり手足を鍛えて武器にしたのです。
金曜の練習は8時からなのだけど遅れていったのでもう終わりかけていた。消Capoera3防署の裏の屋外屋根付きフットサル場みたいな所に大人から子供まで50人以上集まっていた。サンパウロのこの団体の一番偉い先生に見学させてもらう許可をとってくれた。思い思いに飛んだり跳ねたりしていたのだが何をしているのか?今一ピンとこなかった。逆立ちして足を回転させたりバック転や回転蹴りをしていたが空手とは大分違う蹴り方で殆ど膝を曲げない旋風脚みたいなのが多かった。それを空中で何回も回したりしていたんだがそのうち皆ゾロゾロ出て行くので付いて行くと、通りを隔てた薄暗い公園に全員集まったんだ。
ビリンバウや大きいボンゴが持ち込まれ叩き始めた。50人全員が輪になって直径Capoera_2_23m位の空間を作ったのだ。先生の話から直ぐにそれは始まった。
全員がサンバみたいなのを歌いその中でカポエラが演じられるのだ。ジョーゴ(Jogo)というもので対戦相手が次々に変わっていくのだが何重もの人垣なので外からは中で何が行なわれているか見えないんだ。けれど覗いてみるとまるで獣が物凄い勢いで動き回ってる気配がする。100k近い体が凄い速さで回転して足技も見たことの無い圧力と動きなのだ。圧倒されてしまったのだけど良く見えない。そのうち先生が楽器の裏からみればよく見えると気を使ってくれたのでそちらから見ることができた。いやぁ凄かったとしか言いようの無いものです。乱闘寸前にまで行くのもあるし、しかしこの小さな空間の中ででの対戦で相手に実際当てないんだ。空手の寸止めとも違い動きが止まらず次々に技を繰り出し、次の相手と代わるので不思議と当たる音が聞こえない。カメラで写しても良いとのことなので映したら全部ブレていてそれだけ動きが早いということなんで映すのはあきらめてしまった。子供も女性も大きい男と混じって一緒に対戦するのだが、動きはそれ程そん色ないのには驚いてしまう。ボクシングならスーパーフライ級とヘビー級が試合しているのだがそれができるのは、当てないからだ。体重の差など無いくらいにヘビー級でも動きが精妙なんだ。全員パルマを打ちながら唄っているんだけどタンゴののりでこれは付いていけた。上級者と下級者と歌が違っていてそれでそのクラスの人が対戦するみCapoeraたいで婿さんはこの中の唯一の日本人で中級の下クラスらしい。中級が一番多いので輪の中に出て行くだけでも大変なんだ。モタモタしてたらはじき出されるくらいシビアで全員ライバルだから根性がないと怖くては入れない気がする。日本人だからって手加減なんてしないし、わざと当てられ転がされることもあるらしい。地面は勿論コンクリートなんだから。言い忘れたけど当然裸足です。女性と言ってもそこらに居るニコニコした小柄な人が一度輪に入ると文字通り豹変して山猫みたいななるんだけど、輪から外れると元の普通になるのにはビックリします。婿さんも頑張って戦っていました。いやぁ!!いいもん見せてもらいました。観光客じゃ絶対見れません。薄暗い公園で大勢の黒い目つきの鋭い人達が集まっている所にまず近ずけないよ。昔の奴隷達が行っていたのがそのまま残って今に伝わってる気がした。それに挑んでいる我が義理の息子って、俺がヒタノのフラメンコに近ずきたいのに似ている気がした。超えられないものがあるのに、そのコア(幹)に一歩でも近くに行きたいんだ。カポエラにも色々あるらしいけど昔のスタイルに関心があるのも似ている。自分も負けないでスペインに行ったらめげずに行く勇気を貰った気がしました。行ってよかったぁ!。

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2009年3月 5日 (木)

朝からボラチョ

Dsc_0273 娘夫婦のアパートはOscar Fereire通りのはずれにあり、楽器街が近くにあるのは述べたのだが、9時過ぎ郵便局にいき手紙を出したついでに近所を散歩した。落ち着いた雰囲気の家があったり、小さな花屋さんや古本屋さんだあったり中々楽しい。カミさんと歩くと必ずと言ってよいほどバルに寄ってしまうんだ。案の定今朝もビールのビンの種類が豊富なバルを見つけて入った。言葉が解らないのにあれこれ言って結局出てきたのがデッカイ ビールだった。大瓶2本分あるくらいの。それとオリーブをおつまみに飲んだけどまだ朝の10時だぜ。カミさんはご機嫌で釣られてオイラもゴキゲン。全部で16レアル(640円)娘はあきれるし、困ったもんだ。最近お腹がまた飛び出してきたもんな。まぁスペインに行ったらこんなふうにはいかないだろうけどね。まっいっかぁ。。

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2009年3月 3日 (火)

ぶらぶら 歩き

家に居ても仕方ないので殆ど出歩いています。地下鉄のsumar駅から何時も乗ってどこでも2.5レアル(100円)で行けます。昨日は日曜日なのでサンパウロ美術館のアンティーク市とヘブブリカ広場のノミの市に行った。アンティーク市も結構色Photo々なものがあり見ているだけで楽しい。カミさんはこういうのが好きで目の色を変えて安いものをさらに値切るのが趣味みたいだ。ノミの市はさらに地下鉄に乗って別の場所にある。ここは日用品から洋服まで沢山の露天が並び壮観だ。特に広場の周りに絵画と現代美術のオブジェが売られていて、広い家だったら飾りたいものもあった。ここで孫のために「デンデン太鼓」と可愛い子供服を買ったけどまだ大きすぎたね。アフリカ料理?の屋台のコロッケとオクラ入りカレーを食べたけどアジはまぁまぁでそれだけでお腹が一杯なってしまった。そんなに時間もかからずお昼過ぎには帰宅。
今日は一人でLuz駅まで行き、教わった地図でもう一つの楽器店にいったのだけど大したこともなく、その先にある電気街を歩いた。ここは正にサンパウロのアキハバラだった。あらゆる部品屋、電材屋、PC,電器店が軒を連ね雰囲気も秋葉原より綺麗なんだけど古いスピーカなんぞも売っていてハードオフが何軒もあるみたい。こっちは専門家なのでどんな店に何があるかちょっと覗いただけで解るから歩いていても楽しいんだ。大通りを渡るとオートバイの専門街でここは上野か?みたいで何でも置いてあるんだね。ここを詳しく歩くだけで1日かかるなぁ。帰りに古本屋があって音楽関係が一杯置いてあった。打楽器のDVDとギターの雑誌で7レアル(280円)安い!くたびれたので今日はそれで御仕舞い。
ところでウチの娘夫婦はあぶながりでここは一番危険だからと言ってカメラを持たしてくれないのだけど旧市街なので一杯映したいところがあったんだ。今度はカメラを持って行こう。しかしサンパウロは人種の坩堝だとつくずく感じる。日本じゃ考えられないね。大きいのから小さい(俺みたいな)の、黒、白、黄色の中間、超美人からそうでないのまで、若者から年寄りまでゴチャゴチャに生きてる感じ。朝からTVでは銃弾の開いた車の窓の外に死体がころがっているのを映してたり、その割りに街はギスギスしていなく、なんて町なんだと 思う。慣れれば住みよいんだろうなぁ。

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2009年3月 1日 (日)

戸塚(八木)マリ さんの事 その2

戸塚さんにお会いしたかったのは、日本のフラメンコ界の初期を知る人だったからです。その頃の話は伊東さんなどが話すギタリストのことが多くバイレのことには詳しくは知りませんでした。ギターラ以後は菊池女史が良いドキュメントをパセオに載せていたけどその前の時代はもうあまり知っている人も少なくなっているからです。
レッスンの後25年もマリ先生の代教をしている米原さんと4人で「とても美味しいけど店員の態度が最低」との評判の中華屋さんに行きました。その通りのお店でした。そこで色々お話を聞かせてもらった。

日本のフラメンコのバイレの最初は川上五郎さんと川上静子さんで、マリ先生はバレーを子供の頃からやっていたそうですが、トウシューズに合わなくフラメンコを川上先生から習ったそうです。(別に日本舞踊も習っていた)その頃教室に来ていたのが伊東日出男さんで結婚をされて7年暮らしたそうですが、その時宝ともこさんも加えて3人で日本各地を回ったのが日本の最初のクアドロだった。カンテはなく宝さんとマリさんが歌ったそうです。ギタリストは三好保彦さん高田健三さんそして伊東日出男さんの時代です。小松原葉子さんや長嶺康子さん、マルハ石川さんは次の世代の人達でマリ先生が教えたこともあったそうです。マルハさんのエピソードなど面白い話も聞かせてもらいました。小松原さんとは同じ歳だそうですが、自分は舞台でみっともなく見られたら直ぐ引退する覚悟で米原さんにも常にに言っているらしいのですが、舞台に上がるとまるで別人になって、本当に舞台Photo_2人だと思って何もいえなくなるらしい。これは日本舞踊のお師匠さんにもそういう人がいるのでよく解ります。スモークや衣装でごまかすようになったらお終いという事だろうなぁ。(これは俺の考えです)伊東さんがスペインに行ってる間スペイン人のAntonio Utreraのパ-トナーが体を壊したので代わりに全国を回って、その間にスペイン人からレッスンを受けてたら 伊東さん帰ったときコンパスが合わなくて揉めたらしい。これも良く解る気がする。昔の人達といってても第4世代くらいまでの人は旅回りをした、というのは他の人にもよく聞いたことがある。ストリップの前座で出たりヤクザの親分の前でやって危ない目にもあったとか、そういう時代だったんだ。カルロス モントージャが来日したとき彼の奥さんが気に入ってアメリカで自分のグループに入るように誘われたそうです。結局マリ先生はその頃何人ものスペイン人に習っていたけど一度もスペインに行って習ったことがなかったそうです。そして他のフラメンコとの接触もないうちに離婚されその後アイヌの人の木彫家と結婚して最後の移民船でブラジルに渡ったのだそうだ。それからも波乱万丈だったらしいのだけど何年か前にご主人を亡くされたそうです。サンパウロの日本人社会では有名な人で表彰も何回も受けてるみたいです。(ご本人は口にしませんでしたが)

今では週3回フラメンコを教える傍らタンゴ(ブエノスアイレスでみっちり教わったそうです)日本舞踊、演劇まで教えていて週の殆どはあちこち飛び回っているらしい。すごいバイタリティだよなぁ。

去年オートバイに跳ねられて病院に担ぎ込まれたのですが、特にそのときは異常がみられなかったので、3時間くらいで家に帰ってしまい、翌日の公演にでたそうで、その後毎週公演があり休まず出ていたのだが、とうとう頭のこぶから脳内出血をして倒れたそうです。米原さんが代わりにみんなを纏めて最後の公演をしたとき「先生は今までこんなに大変なことをやっていたんだ」と痛感したそうです。手術して3ヶ月後には復帰したそうで、いやはや凄い人なんだねぇ!!普通76歳でオートバイに跳ねられたら再起不能か死んでたかも解らないでしょ。「いい休養になったわ」と事もなげに言われたのにはあいた口がふさがりませんでた。美味しそうにビールを飲まれ食欲も旺盛で見ていて気持ちが良いです。日本の裏側で野の風に吹かれながら一輪の花が毅然と咲いている気がしてちょっと感動してしまいま
した。
戸塚マリ先生の今後の健康と活躍をお祈りいたします。

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戸塚(八木)マリ さんの事 その1

Photo_2  フラメンコでも歌舞伎でも その道があり今フラメンコをやっている人達の前にやはりこの道を作った人達が存在しているのです。そしていつかは今活躍している人達もその道の先達の一人になっていきます。
自分が初めてフラメンコに触れたのが伊東日出男さんのソノシートだったのですが、その中に日本人で初めてのクアドロをやった人の中に八木マリさんがいたのを覚えていました。2年くらい前にTVでブラジルで活躍している日本人の人達のなかに戸塚(八木)マリさんがいたのを思い出したのです。せっかくサンパウロにいるので娘がかかっている日本援協診療所に行ったので同じ建物にある日伯文化教会で聞いたところ何とここで週3日教えているとの事で連絡先を教えてもらい電話しました。若々しい声が電話から聞こえてきて、こんな綺麗な日本語を話す人は最近では聴いたことないです。翌日伺うことにしました。
何と9時?からフラメンコを教えているそうで、初めてお会いするマリ先生はとてPhoto_5も77歳とは思えない程で、完全にダンサーの脚でした。ストレッチの時の体の柔らかさは柔らかいだけでなく筋肉の強さみたいなものが感じられ驚嘆してしまいました。カミさんも誘われて10年ぶりにレッスンを何とサンダルで受けてしまった。今日は初心者の日で生徒さんは6人ですが皆さん楽しそうに練習していました。今の日本のレッスンがどんなものかは解らないけど、教え方は優しいながらも理に叶ったもので特にブエルタはそうやれば本当にそうなるという(できなくても)もので感心しました。とにかくとても77歳の動きではありませんでした。他の例えば今まで知った宝塚とかSKDのダンサーの年取った人に見られるある種毅然とした品格があり、やっぱりダンサーだとしかいえないです。これって凄い事なんだと思う。今並み居る現役で踊っているバイラオーラ達がその肉体とテンションを77歳まで維持できるのか?。肉体は言うに及ばず、その技量やテンションは修羅場をたくさん潜った人にしか持ちえない達人のような気もするけど、マリ先生はそんな事などおくびにも出さずただ淡々と自分のアルテを繰り広げているのだけなのかもしれない。笑顔が素敵な春風みたいな人です。俺にとっては”伝説の人”なんだけどねぇ。いやぁ!!いい人に会いました。。俺がこういうのも変ですが「心が洗われる」ようで会ってよかったです。フラメンコも何も結局は「人」なんだよなぁ。技術だとか何だとかの前にその人があるんだ。

追伸:レッスンで使われていたテープは何と故高田健三さんが弾いていました今聴いても気持ちの良い演奏です。高田さんも日本の裏側で多くの人達のバックでお役に立っているので本望だろうなぁ。

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