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2008年12月31日 (水)

大つごもり

今年も今日で終わりです。計画では今頃はスペインに行ってるはずだったのですが、世の中ぁそんなに甘かぁありません。来年に持ち越しです。
振り返ってみて今年ほど楽しい充実したフラメンコを過ごした年は無かったかも知れません。フラメンコって結局”人”なんだと思う。独りではフラメンコは出来ないんだ。良い人達に恵まれると楽しいことが自然に起こってくるんだよ。周りの人によってそのフラメンコの”質”も違ってしまうんだ。どれを選ぶかはそれぞれの人の感性で決まってしまう。俵さんの周りにフラメンコに対する価値観が同じような人達が惹き寄せられる様に集まってきたのが今年だった気がする。。今はネットの世界なので自分もこのブログのおかげで、そこから広がってそれまで知らない人達とも交流が出来てやっていて良かったです。。
今年は新しい若い才能のある人達を知ったのが特に嬉しい。関西の東、中西、木村君のギター、来年は君も抜け出してくるような気もしている、カンテでは能登さんを始め井上、永井、矢野、小里さん二宮、高岸君達”匂い”のするカンテを歌う人達が出てきた。中にはガスパリータ(勝手につけました)なんてとんでもないのがいたりするんだ。カンテはもっとも面白くなるかもしれませんなぁ。バイレでは金子さんが殻を破ってとんでもない踊りを見せる予感がする、島村さんももっと良くなるかも知れない。今の日本のフラメンコ界の大半を占める日本式フラメンコのようなものとは別のフラメンコの流れが出来つつあるような気がしているんだ。それは一人ひとりのアフシオンが有り余るほど持った人達が作り出して行くんだと思う。掛け値なしのアフシオンに勝るフラメンコなんて無いんだと思っているからなんだ。
自分的には今年の初め頃はソレアのコンパスを見失って取れなかったのが少し弾けるようになったこととシギリジャの伴奏を始めたことだ。レパートリーといってもその二つしかないのでそればかり弾いていたんだけどそれで良かったと思っている。余計なことをしないのが良かった。瀧本さんに遊んでもらったのも良かった。そのお陰で色んなカンテの人の息使いが少し見えるようになったんだ。そうすると弾いてて凄く楽しいんだ。ブレリアは相変わらずフエラ コンパスでこれは向こうに行って強制的に直そうと思っている。
最後に今年一緒に遊んでくれた皆さん、このブログを読んでくれた人達にお礼を言います。特にさん青木さん西出さん能登さん、ゴールデン街”ナナ”さん貴方達が居なかったら人のつながりは出来ませんでした。
皆さんありがとうね!良い御歳をお迎えくださいな。

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2008年12月30日 (火)

完敗

今年最後のフラメンコは能登さんとの練習でした。ブレリアとソレアファンダンゴ全部だめでボコボコにされた感じです。が少しずつは見えてはきた感じがしたけどまだまだでした。でも忌憚無く話して楽しかったです。その後ナナに行ったらAさんやアフシオナードが何人かいて、そのうち唄ったり弾いたりしていました。O本さんがちゃんと弾いたのをみたのは初めてかもしれない。この人ある意味凄いです。関西の中西君に近いものがあります。能登さんとの伴奏は二人でやりあいに近いものがあって、見ていて「やられた!」と内心思ってしまった。皆に言ったら「敗訴」だねだって。冷たいネェ(笑い)笑いごとじゃなくかなりショックだったのだけど、嬉しかったのもあるんだね。能登さんに合わせられる奴ってそんなに居ないと思っていたのだけど「シンチョール」が出てきたんで安心だ。それはともかくいつかはリベンジしないとなぁ。と思いを新たにした。今年の最後は二人に完敗した夜でした。

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2008年12月25日 (木)

Gaspar de Utrera flamencobohemio

19Rosario_396年Pena "Curro de Utrera"のライブ 録音。
1. Preaentation
2. Y es verdad que tenia...Solea
3. Preso en la carcel...Tientos
4. Era tan grande mi pena...Siguiriyas
5. Te estoy queriendo ...cuples y cantes libres por fiesta
6. Repertorio personal de Gaspar
7. En soniar con la mujer que quiero..Fandangos
8. Tengo cuarto senderos Bulerias
     cante: Gaspar deUtrera
     toque: Manuel Suarez Loreto"Pitin"

ガスパールのレトラは殆ど同じのを唄っているのですが、ギターや場所によって随分違っているようです。このCDは市販されているガスパールの中では一番良いかも知れません。ギターのPitinは初めて聴くギターですが、オーソドックスな弾き方でソレアからシギリジャまでゴルペで良いです。しかしブレリアはヘレスとパコ デルシア の混合みたいでガスパールの持ち味であるセンティメントが消えてしまい残念でした。最後のブレリアはモロンもどきを少し弾くと観客の反応が良いのが感じられます。それでも録音もいいしウトレラのカンテが好きな人にはお勧めです。
Tu...はTarantoのキーで弾かれいいです。よく聴くとPitinて良いギタリストだなぁ。。ガスパールもちょっと変えて唄っている気がする。惜しい人亡くしたよなぁ。。

★★★★  発売元アクーステカ

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2008年12月24日 (水)

詰めが甘い

しぇりいクラブにカンテを聴きに行きました。
カンテ:川島佳子、瀧本正信 ギター:俵英三さんです。
今年最後のカンテコンサートです。川島さんのフアンダンゴから始まりました。ヨツヤのカンテは凄く上手いし、ある意味完璧?に唄って気持ちも込めてるんだけど欲をいったらもう少し深くもぐってくれたら良いのにと思っていた。なんだか薄い皮があるみたいでそれが破れると違ったカンテになるような気がする。それでも今夜は良かったと思う。ここ2,3年で聴いた中で一番良かったかも、戻りつつあるんだろうな。瀧本さんは良かったと思うけど、初めお弟子さんのハレオがかけ過ぎでちょっと邪魔でした。唄った場所も良かったです。人数が少なかったため2階のシェリー樽の前でまるでボデガでやってるみたいで雰囲気が抜群、またやってもらいたいなぁ。おまけにシェリー飲み放題食べ放題で結構な事でした。ところがこれが後になって効いてきてえらい事になりました。とても暖かい良いコンサートだったと思います。
終わった後は能登さんも一緒にナナに皆で行きました。瀧本さんはコンサートでは乗れなかったと言ってその鬱憤を晴らすかのように唄いました。そのシギリジャ、ソレアの伴奏したのですが、最後の最後につまずいてしまい、詰めが甘いと大笑いされてしまいました。(何についてもなんだよね)その後俵さんと瀧本さんにシギリジャの特訓を受け、ほんの少し途中でコンパスを縮めて弾くのが出来なくて参りました。他の人達が普通に弾く伴奏のシギリジャのコンパスを追う弾き方では駄目で少し間を詰めるんだけど、ここでも詰めの甘さが露呈した感じです。でも菊池さんに「あんたは幸せだね、こんな人達に真剣に教えてもらってるんだから」と言われてしまったよ。本当にそうだよな。この夜のナナは能登、ヨツヤ、瀧本さん、の3人が唄って俵さんが弾いて、しかも舞台の上とは違ったもので、贅沢なフィエスタになった。ヨツヤ、と瀧本さんの伴奏も出来たし、楽しいネェといってる所にエルフラのドミンゴとカンテのマティアス ロペスが入ってきた。マティアスはギターが上手いんだよ。瀧本さんの伴奏を弾くし、歌うしで、もうフラメンコが爆発状態。この辺で時間感覚が無くなりさっき飲んだシェリーが効いてきて朦朧として気が付いたらとうに終電はなくそれからまた少し弾いたみたいだけど殆ど記憶に無くナナの2階に転がり込んで誰かが毛布をかけてくれたみたいで、朝カミさんの電話で起こされて散々嫌味を言われたけど、仕事もあるのでそのまま家に戻り出かけたしだい。ナナの後半は殆ど覚えていなく、みんなまだ歌ってたような気がする。。

追伸:俵さんから暖かいメールをもらった。自分にとっては最高のクリスマス プレゼントでした。この言葉を忘れず励みにしてに頑張ろうと思います。

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2008年12月21日 (日)

ディエゴ日本公演

今月」のパセオに俵さんがDiego de Moronの1944年2月25日の日本公演について内側から興味深い事が描かれています。この公演は協会が特別ゲストとして招聘するに当たって色々内部には葛藤があったそうです。それはともあれ自分もこの公演には行きました。その頃はモロン好きでしたがまだモロンのフィエスタは聴いていませんでした。俵さんの記事に触発されて、その時の映像を見てみました。
見終わった後、自分はその時一体何を見ていたんだろう?と痛烈に感じてしまいました。自分がMoronを弾きはじめたのはDieguitoのコピーからです。それだけ好きだったのは間違ってはいません。しかし!その時多分表面だけ聴いて「いやぁ!凄かったなぁ!」とか言っていたんだと思う。今になって思ったのはこの頃何も解っていなかったんだな、ということだ。俵さんが14年前に感じたことが今頃になって漸く自分も感じられるようになった、という事なのかも知れないけど凄いショックだった。思わず画面の前で正座してしまったんだから。涙がこぼれたほどだ。ディエゴが弾いたものは叔父のトーケなので、出所はわかっているのもあるのだけど、そういう次元じゃ無いのがよく感じられる。俺が弾くとき時々俵さんからロコ!と言われるときがあるのだがそれは初めにモロンを弾いたときにDieguitoの真似をして弾くスタイルだったのがそのまま身に付いたみたいなんだけど今見たら、とんでもない!向こうは地獄の閻魔様みたいで、猿真似にもならないんだよ。けれどもこの前俵さんに言われた一音を大事にするというのもよく解った気がした。弾く格好なんかよりそう弾けよということなんだ。そう弾けば自然にあぁなるんだ。でも心の奥のどこかで怖くて見れない恐れもあったのは白状しとこう。
SiguiriyaとSoleaは鬼どころかドゥエンデだったのを見逃していたのかも知れないんだ。俵さんは魔物だといった。俺のハレオも聴こえたので感動はしていたんだろうけど、聴いてても聴こえて無かったんだ心に。。感性がなかったんだねぇー俺って。一朝一夕でフラメンコが感じられるわけないんだよね。14年でやっとかー?参ったね。俺も最近奢っていたのかも知れない、頭をぶん殴られたみたいだもの。ショック!よかったぁ見ておいて!。俵さんが書いてくれなければそれも解らなかったわけだ。

追伸:あの時舞台で何が行なわれていたのか本当に解っていたのは1千人の観客の中に何人いたんだろうか?と考えてしまった。多分高瀬さんと俵さんの二人だけだったのかも知れません。やっぱりフラメンコって身近にいる良く知っている人の前にしか現れない(見えない)のかも?と思ってしまって、深いんだなぁ。。と溜息をつくばかりです。Ofuuuuuu...

あれからまた聴いた、背筋が寒くなった。止めたいけどやめられない。。。

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2008年12月19日 (金)

最近はまっている小説

最近「探偵はバーにいる」でデビューした作家東直己の小説を読んでいます。変わった人で殆ど北海道札幌が舞台で東京には目もくれないようで拘りが感じられ面白いです。そんなに数が多くなく探偵シリーズは4冊「残光」「フリージア」は別の主人公で「日本推理作家協会受賞作」です。一人の作家が面白いと追っかけてしまうところがあり、飽きるか作家が面白くなくなるまで読んでしまいます。主にハードボイルドとか推理物ですが何でも読みます。本を読むのは好きで文庫本は一晩で読んでしまいます。最近ではロバートBパーカーの新作「昔日」これはハードカバーで買っています。好きな作家はリチャード スタークから古くはジョゼ ジョバンニ、クイネル、BLグレーブス、パーカー、アンドリュ-バクスなど数多く、日本人は時代物では藤沢周平、池波正太郎、周五郎、お気に入りは亡くなった隆慶一郎です。(最近新宿で”吉原御免状”の舞台のDVD」を見て思わず買おうとしたけどやめた、原作より良くないだろうなと思ったからだけど、菊池は見たんだろ?どうだった?)北方謙三、大沢在昌、馳星周、など何でも何度でも読みます。外国人の作家の話はナナで外人との話の種にもなるんだ。イギリスだったらホレスターとか、話すと知ってることが多いんだ。シェークピアとか高尚なものは興味がないので、しかもあれは小説じゃ無いのでね。活字中毒みたいな時もあったし、本は欠かせないのですが、スペインに行ったら読めなくなるのが辛いです。まぁ言葉を覚えるのでそれ何処じゃないかも知れないけれど。ビザはまだ下りない。6ヶ月以上かかるらしい。こうなったら、出るまで待ってみようと思っている。

追伸:青木さん、話していた「さもなくば喪服を」は何処かへいってしまいました。古本屋で見つけたらまた買おうと思います。これは闘牛士のノベルといったものですが、フラメンコの小説は逢坂さんの「カデスの赤い星」くらいでもっとあれば良いのにと思いますなぁ。青木さんにプレゼントされた「Seeking Silverio」は英語なのでちょっと読むというわけには行きません。けれどもカンテのコプラや登場人物がCacon、Breva,Fosfolitoとなどが出ていて面白いけど自分としては「EL ECO UNOS TOQUES」を青木さんに訳してもらいたいなぁ!どうですか?青木さん。

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2008年12月17日 (水)

ドゥエンデ と 鬼

フラメンコの訳知りの方達はよくドゥエンデ(魔性)という言葉を使います。ドゥエンデは勝田保世さんの「砂上の命」ドゥエンデは足元から上ってくると書かれていたと思います、または「神が降りてきた」と称することもあるようです。が自分はこの言葉は何だか恥ずかしくて使えません。ドゥエンデというものをまだ見たことが無いのもそうですが、それはヒターノの選ばれた人の特別な時間に現れるもので、と想像はするけど日本人の俺が簡単に言う言葉では無いとも思っているんです。ただしどういうものかは想像できるし、音源の中にも、もし自分がそこに居たらドゥエンデというものを感じられたかも知れないと思うこともあります。何かが憑依いたような戦慄するものを感じるからです。
世阿弥「花伝書」の中に「物狂い」という言葉があり、物狂いとは何かが憑いた、昔でよく言った「狐付き」や狂気とそれを演じる者について述べています。解釈は学者にまかせておいて、自分は「物狂い」は演者が忘我の境地で考えることの無く憑かれたように出てくるものだと思っているのです。それができる人はやはりその時「選ばれた人達」だと思っています。
昔よくナナで「鬼が出た」という言葉が使われていました。それはある時から突然空気が変わりその人のアルテが泉が溢れるように流れ出すのを肌で感じたことがあったからです。またその後演者は自分が今何を弾いたのか?覚えていなくて、2度と同じには弾けませんでした。それこそ「何かが憑依した」としかいえない物です。周りは知らずに涙が流れていたのも覚えています。(泣けばいいってもんでも無いけどね。)しかしこういうのはめったに見れませんでした。これがドゥエンデと言われるものか?知りません。多分違うと思う。けれどもそういうフラメンコもあるんだ。ということは感じています。じゃお前は誰が今まで「鬼が出た」のを感じたんだ?と言われればはっきり覚えています。最近ではさんがナナでパコさんと3人で遊んだとき弾いたGranainas、それからもう一つは他のとき弾いたRondenaの2回。ペペ島田さんが弾いたSolea、Sigiriyas,Farruca、カンテではヨツヤチョコラーテの前で歌ったMalaguena,(鬼まで行かなかったかも、でも良かった)バイレはマルハ石川さんが新宿で踊ったTarantas。ファナ アマジャがカナステロで踊ったとき。もうひとり名前をわすれた今では中堅のバイラがエスペランサで踊ったとき。そのくらいしか居ないんだ。これは技術の上手い下手とは別のものです。そして普段の演じているアイレとはまったく次元の違うものが出てきた刻のことなのです。
けれどもそのものが舞台にいた!と感じたのが一人いました。”イシドロ バルガス”です。(イシドロの”鬼”は出ていなかったと思う。当たり前だけど)
潜在的に”鬼”を持っていそうだな?と感じる人は何人かいます。その人が鬼が出せるか?どうかは解りません。ただ頭だけ先走って「物狂い」が出来ない人には無理です。 ある人が言った言葉
真直ぐにフラメンコに向き合っていますか?
常にフラメンコに対し努力を継続していますか?
心が純粋ですか?

鬼が出る場面に立ち会える事ができたらアフシオナード冥利につきます。

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2008年12月15日 (月)

3人だけで

久しぶりに俵さん、能登さんの3人だけでナナで遊んだ。この前のフィエスタのように多勢でも良いけれど、前はこうやってよく3人だけで遊んでいたのだ。他にお客はいなくて、俵さんは仕事の後にもかかわらずノッケから飲まずに弾きはじめた。Granainas、のトレモロからSigiriyas、いやぁ!いいんだよぅ!ナナで弾く俵さんは他とは違ってリラックスして自分の好きなように自由自在に弾いてるんだ。けど、んっ?これって俺も弾いてたやつだぞ?聞いたら「僕はこう変えたんだ」?どこかで聞いたぞこの言葉も。パコ デル ガストールも言ってたんだ「デイエゴはこう弾くけど俺はこう変えたんだ」それがフラメンコギターちゅうもんだよな。俺みたいにコピーそのまま弾くのはアマチュアなんだね。しかしカンテ伴奏の話からモネアまで俵さんの演奏をたっぷり聴きながらお喋りして亡くなったパコさんがよく言ってた「至福の刻」だった。俺の弾いたSigiriya、Buleriaに俵さんは何処が悪いか弾いてきちんと言ってくれた。”一つ一つの音を大事にしてない、あせってすぐ次に行こうとする、楽譜で覚えて弾いてるのはすぐわかる、ブレリアは相変わらずコンパスがずれる。”俺は俵さんがこういう風に言ってくれるようになってから少しずつ変わっていったんだと思う。こうやってすぐ傍で聴いてギターの息使いを感じられたから前よりマシになったかも知れない。サラリーマンとの二束の草鞋ギタリストのO君が入ってきたけど、関係なしに能登さんが俵さんのギターで唄った。Sigiriya、Fandango por Solea全部が相当気合の入ったいいカンテだった。今まで聴いた中で一番良かったかも知れない。今夜の能登さんはやっと「鬼」がほんの少し顔を出して来た気がする、持ってるだろうなぁ?と漠然と思ってたけどそれが出せるとは考えていなかった。出るのが解っただけで、出るんなら、まだこんなものでは無い筈で[鬼が見える刻]が来るのを待っています。カンテ、ギター バイレに限らず「」が出る人はめったに見たことないんだ。(持っている人も僅かだし消えてしまった人もいる)やっぱり「ナナには何かが潜んでいる」のかもな。能登さんのカンテはあきらかに他のカンテとは種類の違うカンテだと感じてしまうのは、こういうのが出たときなんだ。ナナのフラメンコの古い人の中には言ってることは解ると思うけど、今では理解できないのが多いんだろうな?とも思ってしまうのも事実です。
俺の弾いた能登さんのブレリアの伴奏は綱渡りだったがなんとか、シギリヤはまずまず捕らえたと思った。能登さんの伴奏は他の誰より俺には難しいんだよ。二つとも俵さんにはかろうじて合格点がもらえたみたいだった。(レベル1のね)この1年でよくなったといわれたのが嬉しかった。今年の初めはソレアのコンパスをずっと見失ったままで弾いてたんだものな。O君には能登さんの伴奏は無理だと思う。そういうフラメンコばっかり弾いていて、自分はプロだ、と人を見下した態度が見え隠れする奴は嫌いだからこっちもバカにした口をきいてしまうけどね。まっ関係ないからいいやな。連日のきつい仕事で疲れきって、どうなる事かと思ったけど、ナナはいいなぁ!いいカンフル剤になったもの。いいフラメンコは疲労回復には一番だな。さぁ仕事頑張ろうっと。

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2008年12月 8日 (月)

エルフラ と ナナ

カミさんの誕生日が過ぎてしまったのだけど、お祝いにエルフラメンコに行きました。今はドミンゴ オルテガが出演していて、中々楽しかったです。ドミンゴは初めてエルフラに出たとき見ていたのでその体型の変わりようにビックリしてしまった。まだ売り出す前のことで締まった体つきの野性味溢れた切れのある踊りだったのでナナに来たときサインをもらった程だったんだ。それが髪の毛は長いしボディビルダーのような体つきでヤマキ(山本)さんみたいになっていました。かなり踊りも変わっていてバイラリンみたいになっていた。カンテの女の人の声がよくて、ベンゴで唄ってた人みたいな感じ。男の方はカンシオン ブレリアが良かったね。全体が一生懸命やっていて、グラナダやマドリの「カサパタス」で見たのよりこっちのほうが良いです。カミさんも満足したみたいで良かったな。イベリコ豚のバルサミコソースが美味しかった。ソパデアホは自分が作ったのと変わりが無かったね。
帰りにナナに寄ったらポツンとタキヤン(瀧本さん)が座ってた。早速弾こうと思ったけど調弦が合わなくてタキヤンにやってもらった。ソレアで最後のところでオオトチリ、怒られた。シギリジャはなんとか合格してもらったみたいでほっとしてたら、歌謡曲をブレリアで弾くことに(タキヤンの指導)アドロとかそんなの。。だけど弾けないんだよ(涙)終いには2人羽織ならぬ2人ギター、タキヤンがコードを押さえ右手は自分。でも何だか楽しいんだね。最近タキヤンは色々教えてくれるんだ。間近で味のあるカンテを聴けるのはいいんだよねぇ。他のお客も大喜びしていたな。そのうち小林亮君が入ってきてほっとしたよ。亮君が弾いたソレアは良かった。舞台ではタキヤンとはやったこと無いみたいだったけど?流石プロです。日曜なのでお客はあまりいなかったところにスペイン人の旅行客が入ってきた。聞いたらカデスなんだって。亮君がすかさずタンギージョを弾いたらその人唄ったんだよ。タキヤンが唄ったら大喜びで踊ってたもの。思いがけず楽しかった。こういう出会いっていいねぇ。もう一つはカミさんがタキヤンの伴奏でミラブラスを歌ったのは驚いたけどね。思いがけず「エルフラ」と「ナナ」でフラメンコが楽しめた。エルフラは華やかな明るい雰囲気でナナは対照的に小さな薄暗い地味な空間なんだけど、どっちもフラメンコのある場所なんだ。フラメンコって面白いよね。

プロで仕事終わった後でもナナで弾いたり歌ったりはスペイン人では当たり前だけど日本人のプロのギタリストで弾く若いのはあんまり見ないのだ。この前もBとかいうのが冷ややかに俺達を見ていただけだけど好きじゃないね。酷いのになるとタダじゃ弾けないくらいの態度の奴もいるんだけど、俺としてはこういうのはハッタリギタリストだと思っているんだ。こういうのは昔からいるので有名な人も含まれるんだけど遊びで弾けない奴にロクなのいないと思っている。仕事終わってから本当のフラメンコやるというスペイン人と比べ情けないのが多いんだね。亮君はそういうことないのでいいんだ。ヨイショじゃないからね亮君(笑い)

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2008年12月 5日 (金)

フィエスタ って?

フィエスタ やフエルガは同義語みたいですが、詳しくは今度発売のポーレンの本にあります。自分は印象で区別しているのですが、フエルガって70年代以前、日本でいう芸者遊びで(三味線や長唄などの達人を招いてのお大尽の粋な遊びで売春とは区別します)セニョリートがギターやカンテを呼んで饗宴を繰り広げ最後にお金をもらうまで続けたそうです。フィエスタは今ではフィエステバルが主で村や町が主催して舞台の上でやるのが多いと思っています。ビデオ「エルアンヘル」のなかでモロンのフィエスタが出てきますがテーブルの前にアルテスタが陣取って観客はその周りで見ているというのもあります。日本ではペーニャというのが多く使われてるみたいです。これもスペインのペーニャとは大分形態が違っているようです。殆どがお教室のカンテのミニ発表会をかねての親睦会のようで習っているカンテを先生やその関係者が伴奏をします。最近では自分が歌った後は他人のカンテに興味を持たない人が多くなって驚いたと言ってた古いアフシオナーダがいました。ここで書いているフィエスタはそれとはちょっと違っていて、まずお教室とは関係なく好きなフラメンコの人達が集まって飲んで遊んでいます。「只の飲み会と思ってくれると一番近いです」。ただし”価値観が似ている”人が多いです。ヒタノの地域の人がフィエスタをやっているのに似ているのかも知れません。例えばヘレスのヒタノの中に他のマドリかなんかのパジョが混じったらそれで終わりになるみたいな、です。誰でも勝手にという事では無いです。そういう人達が自然に一人二人と集まってきたのです。この前のフィエスタは能登さんが関西からアルテスタを招いてのものでしたが、特に何をやるとも決めてはいなく何時始まるかも解らないというものです。これはいつも自分達が集まって遊ぶ何時ものやり方で普通なのですが(そういうのしかしたこと無い)、ビックリした人もいたみたいです。こういうのは決めておかないと混乱すると思うかもしれないのですが、やっぱりそこには暗黙のルールみたいのがあって、上手く俵さんがコントロールしてくれていました。自然に皆が楽しめるように持って行ってくれて、それはギターをさりげなく渡していくのもそうです。今回は俵さんのヘルンディーノ1本で皆が弾きました。カンテを他の人がいいのを唄うと刺激され歌いたくなっていくのが見えるのでその傍に居る人にギターを渡してさりげなく唄うように仕向けます。ギターも他の人がこう弾いたら自分は?と思ってヤッパリいいのを弾きたいんです。自然に段々良いものが引き出されて行くみたいでです。自然というのは結構難しくってやっぱりこういう遊びを重ねていくのが一番身に付くと思う。”遊び”という言葉をよく使うのだけど、自分には遊びであり実践の場です。遊びとは商売にしていないとう言うことで、商売にしたら遊びではなくなってしまいます。こいう遊びの中でフラメンコのルールややり方を学んでいけるし、なにより楽しくないと遊んでも仕方がありません。もう一つには誰が何をやるか?どんなカンテを唄うのか知らないということです。相手を知らないといいギターは弾けないのだけど、慣れ合っては途端につまらなくなります。”遊びの中にこそ真剣勝負が見られる”と思っています。自分は即席で合わせるいい勉強の場でもあるんです。こんど機会があったら一緒に遊んでみませんか?

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2008年12月 4日 (木)

紹介記事

自分が入っているグループの投稿記事の紹介です。

カデスの新聞にディエゴのことが記載されています。

http://www.correoandalucia.com/noticia.asp?idnoticia=4424170095093100093100424170&buscar=diego%20del%20gastor&datapageid=1&pginicio=1

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