2018年5月21日 (月)

Pedro El Granaino

ガジョにはいつもより多くのヒタノが来ていた。Paco y Juan del Gastor,ManoloFlores,Comandanteたち。ここ何年かで有名になったPedro Granainoを見るために。
4 Pedro El Granaino y Antonio Patrochino hijo
1部 (Solea,Tientos Granainas)
前にも見ているが特に記憶に残っていなかった。ソレアを聴いたら上手い歌い手だと思うけど普通。最近の歌い手ってこんなのばっかり。変に技巧的で変に変えたりする。
ヒタノはこぞって「いいよー!Ole!!」ってハレオかけるけど、何処が良いのかさっぱり解らない。その後も同じ、何処を切っても同じテンション。質は違うけどポベダと同じ種類。
2 合間に聞いてみたら誉め言葉のオンパレード。Juanに「俺は好きじゃないよ」と言ったらビックリしてたけど、あんまり褒めるので俺の感覚がおかしいのかと思ってしまった。
3 2部(Tango,Siguiriya,Tarantos,Buleria,Tandango)
気をよくしたのかおまけのファンダンゴも歌った。けどこの何処がカンテヒターノなの?このタイプはパジョでも一杯いるし上手いのも多い。どうやらヒターノが歌うからカンテヒターノらしい。そこに違いが無くてもね。こういうカンテじゃないと生き残っていけないのかもわからないけど、カンテヒターノってかってははっきり違っていたはずなんだけど。
能登さんなどはカンテヒターノってよく言うけど誰が歌えるの?フニさん以外でね、自分はほんの数えるほどしかいないんだけど。
上手いだけで熱くないカンテヒターノなんて自分の中では言うことは出来ない。体が動かないカンテや心に入ってこないカンテはいくら上手くてもカンテヒターノじゃない。そんな事考えながら見ていた。それでも自分が間違ってるかもしれないからね。最後にPacoに聞いたら指を振って別物だという仕草、(やっぱりなぁ、そんなに間違っちゃいなかったんだ)少し安心したよ。
 
ヒタノが歌えばカンテヒターノなんていうのは悲しすぎるだろ。皆スペクタクルになってパジョもヒタノも同じ歌い方。皆携帯もって学ぶのはYoutobeからじゃね。違うわけないけどね。カンテヒターノは何処に逝っちゃったんだ?今日聴いたのはただの音楽フラメンコだったね。売れる歌い手ってパジョみたいに歌えないとダメなのかもね。
 

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2018年5月20日 (日)

Campo

12 Jeronimoさんの娘婿Rokiの誕生日会のお呼ばれされた。Mari夫婦の持つカンポだ
途中でガブレロにあったり、空には鷹の群れが舞っていた。こんなに多くの群れを見たのは初めて。3
6 此処は2年くらい前に行った事がありその時は小さな納屋みたいで中はがらんどうだった。ログハウスの部分を建て増ししサロン、キッチンになっていた。暖炉は大きくてアンティグアな家具が置いてある。全部が手つくりDIYの極致だね。10
11 その殆どは拾ってきたものを修理して塗りなおしているのだが民家家具店で売っているより優れている。全体にセンスが良いんだね。近くの兄弟の家も見せてもらったけど此処もセンスがよかった。スペイン人て皆家や部屋の装飾にかけてセンスが良い人が多い気がする。このセンスは自分には無いので羨ましい。
13 次々と家族がやってくる。Rokiの兄妹は10人いるそうで誰一人かけていないらしい。夫婦子供連れで皆二品くらいの料理持参。生まれたばかりの赤ん坊や子供達総勢40人近く。
14 Jeronimoさん夫婦はパエジャを作る。自分たちの作るやり方とは違うので勉強になる。基本的には油の量とか入れる順番蒸す時間と回数とかね。14_3
フラメンコの話をする人も多く、どうやら歌うらしい。こういう人はテーブルを叩くのですぐわかる。知ってたらギターを持ってくるんだったし、カンポで弾くのは楽しいんだけど、何故かもっていかなかった。15
色々な種類のトルテージャやサラダなど全部が美味しかった。此処の家族はみんな料理が上手い人たちなんだね。16
食べ終わるころ空が曇ってきて雨が降り始めるとみんな家の中に。かなりごった返しているけどアットホームな雰囲気で馴染んでいた。ケーキも何種類も持ち込まれ歩き始めたカルメンちゃんがクリームに指を入れてなめているのが可愛くて皆で大笑い。17
こういう生活の一部は都会じゃ味わえない。モロンでも街の生活とは大違い。やっぱりモロンに住んで良かったし、全部良い友達がいるからこういうのも知ることが出来る。ありがたい事だよ。18
本当に楽しかったです。カンポはいいなぁあ!!

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2018年5月18日 (金)

Jazz

この前Oさんが家に来て昔話の時Jazz喫茶の名前が出てきて、自分と重なる店をあったし知らない店もあったけど懐かしかった。新宿木馬、ビザーレ、Pit in,タロー京都のシャンクレールとかね..
そんな事もあってかYutobeで検索すると、昔高くて買えなかったアルバムや自分が初めて聴いた懐かしい物がほとんどFull Albumで載っていたのでビックリ!
凄い世界になったもんだなぁ。で早速DlしてIpodに入れて聴いている。昔のキャノンボールのSamthin ElesだとかSony Clarkとかね。Jazzのは娘のコレクションから大分入れてるけど、昔苦労して買ったアルバムなんかは入れてなかった。
Charle Parkerなんてほとんどあるんだね。ビックリ。ゆっくり探して楽しもう。Left Aloneがあって良かった。

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Mercedes de Moron

11_2 メルセがPena Torre Macalenaで踊るというので出かけた。もう2年くらい見ていないかも知れない。
7 着いて楽屋に行き久しぶりにAgstinにも会った。メルセはちょっと太ったかな?と思ったけど見てみないとわからないね。
121 Mecedes de Moron (Baile)Agustin de la Chica(Guitarra)Jesusu Flores,El Pechuguito(Cante)
11 Agustinのブレリアソロから始まった。AgustinのギターはモロンだけどIgnacioやPaco Amparoとは違うものだ。
21 カンテの二人は声が薄い感じだが上手いね。
81 メルセのシギリジャ。。動きが悪くなるのかと思ってたらむしろ凄みを増してた。モロンの足はそんじょそこらとは違うのは解ってるつもりだけど、今風の踊りとは全然違う。
14 今の踊りって誰でもそうだけど、音楽みたいに足を踏んでるんだよね。ほとんどファルキートにしろそうだしね、でもメルセの足はそういうのとは別物。もっと原始的というか、野性的と言ってよい。それだけで観てる人を乗せられるんだね。それだけで圧倒してしまう。フラメンコってかっては皆そうだったんだと思うよ。技巧とは違うものだよね。言ってみれば大地を踏みしめてるみたい。
221 今流行りのスペクタクルなんぞとは違うんだよ。メルセがグラナダで観光客相手にどんな踊りしてるか知らないけど、それとは違うもの出してんだろうなぁ。
16 メルセの踊りに比べたら皆軟弱だなぁ、って本当に思った。こういうのを見てるから他のがつまらないんだよな。他の観客もかなり圧倒されたみたいだったね。行って良かったです。
10 Torre Macalenaってかってはとても良いペーニャだったんだけどね、会長が変わったせいかギスギスしていて好きじゃない。偉そうに文句つけてくるしね、本当にセビージャって好きじゃないのは人間がギスギスしてるから。余程じゃないと行きたくないんだよ。
何なんだろうね?
 

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2018年5月16日 (水)

練習再開

マヌエルが倒れてからガジョの練習には行かなくなったんだけど先週から火曜日にアントニオの練習に付き合うことにした。パキーリ達は水曜日にやっていると聞いたので今週の火曜日に行ったら部屋でやっていた。仕方ないのでテーブルでやることにしたけどアントニオはむくれている。俺はどっちでも構わない。
 
パキーリ達はロレンソの指導でセビジャーナスやルンバ。俺はロレンソの歌は好きじゃないのでパス。やりたいのはフラメンコだからね。アントニオとやるのはFandango,Solea Buleriaのいずれかだけ。Fandangoは未だしもSoleaは初めから構築しなきゃならない。レトラはともかくとしてもメロディーとコンパスは0だからね。
 
気が付いた事はスペイン人てどんなものにも自分流に変えてしまうんだね。日本人のように忠実に再現することは皆無と言ってよい。これにはビックリ。アルカラにしろめちゃくちゃに変える。しかもコンパス無視。メロディーやレトラもうろ覚え。ギターと合わせたこと無い人たちだから、ギターを聴いて歌う事なんて出来ない。自分が歌いたいように歌う。
、(レベル的にはこの前、家に来た人たちの方が遥かに上手いよ。)
 
まずそこから直さなきゃならない。ある程度なら良いけど、かなり逸脱している。マヌエルは商売だから何も言わず弾いてるから歌える気になってるけど、俺にしてはそれじゃぁ弾けないもの。
 
ここまで書いて思い出した。日本でも同じことがあったね。エンリケさんに習ってる生徒が先生はこう弾いてたから、その音じゃないと歌えないという。でもその音にカンテがなってなきゃ弾けない。(その音を出せない、予定調和じゃ弾けないもの)エンリケさんはカンテを知っているからその通りに弾けば(予定調和で)生徒が音程が狂ってても何も言わないし、商売だから機嫌を損ねちゃ商売にならない。ちゃんとカンテを教えていないのと同じだね。マヌエルと一緒だ。レトラだけカタカナで教えてプロが弾いてりゃ歌えると思ってしまう勘違いが如何に多かったことか。文句だけ一人前ってのがね。嫌だったなぁって悪い思い出が一杯あった。そういうのが今プロだなんて名乗って舞台で金取って歌っているんだもの。すごいよね日本て。
日本もスペインも同じだなぁって初めて気が付いたね。スペインに来て教わっても多分同じようなものだと思うよね。おだてまくって商売上手だものスペイン人も。気分よくして帰してあげれば次も金に繋がるからね。プロでも同じだよねDomingoに弾いてもらえば上手く歌えたと勘違いしちゃうからね。それはDomingoが上手いのであってカンテが上手いわけじゃ無い。それで誰それに褒められた、だのいい気になっていてもね、まぁ余計な事だったね。
 
けどモロンで自分はそんな器用なこと出来ないもの。機嫌損ねようが違うものは違うというよ。金もらってる訳じゃないから。でもスペイン人にはおだても必要。「良くなったよー」と言うと本当に良くなったりする。最初はサリーダとレトラ一つを繰り返す。サリーダなんて歌ったこと無いんだもの。次はコンパスに入れて「ギターを聴いて待つ」ことから教えなきゃならない。
おかしく思ったらすぐにギターを止めてやり直し。これはマヌエルはやらなかった事だな。
言っとくけどカンテを教えているわけじゃ無いからね。あくまでも自分は伴奏するのが一番の目的。伴奏できるカンテになってもらいたいのが本音。
 
アントニオはすぐに「喉が痛い」とか泣きが入るので合間見ながらだね。でも自分の練習にもなるし面白いのもあるのでこれからも続けて行くつもり。一応10月を目標にしてるけどどうなることやら。。Poco a pocoしかない。アントニオが諦めたらそれで終わり。
 
パキーリと交渉して火曜日は俺たちが使うことになった。。。。?本当かね??

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付録の為の

アルフォンソに頼まれていたCDをやっと完成させた。
 
最初に誰それのカンテとギターの組み合わせで、パロはこれって指定されたけど、自分のコレクションからまずそれらを探すのから始めた。けれども9000曲の中からその組み合わせを探すのはすごく大変で、結局のところ探し出せなかった。それだけで2週間かかってしまった。
 
大体自分が何でも持っていると思い込んでいるし、随分昔の写真も持っていると思われているけどモロンに住み始めたのは高々9年前なのに、ずっと住んでいると勘違いしているんだもの。俺はアメリカ人じゃ無いってぇの。
 
次に何のフェスタか大体書いてもらって幾つか見つけたけど要望の半分以上残ってしまった。これも時間がかかる。そのフィエスタは殆どが昔のビデオにある、というのは最近になってわかった。
前にガスパチョのビデオを借りたことがあり、全部を記録に残して整理してある。さてそこいらから歌っている歌手を探し出さなきゃならない。ビデオは中身を書いて無いので一々見なきゃならないから時間がかかった。目的のビデオを探したらMP4化に一旦してWAVを抽出、それを編集して目的の歌手を切り出す作業をする。
 
そこまでくれば後は簡単。ちょっと編集して1枚のCDに入れて焼くだけ。WAVやDVDのデータは前に全部HDに入れてあり、これが色んなことに役立っている。暇だったからだけど、やっておいて良かった。
 
何の為のCDかと云うと来年出版されるであろう、ガジョの歴史の本の付録に使うため。ガジョに持っていったら膨大な資料を外に出して見ているところに遭遇。スペイン語を見るだけで頭が痛くなるほどの量。どんな本になるのかね?
モロンじゃLuisが何冊も書いているけどね。出来たら俺の名前も載せろよな。と言っておいたけどね。載ればモロンのフラメンコの歴史に残るからね。まぁ期待はしないけど。音源はモロンの中だけの物だし、これもマニアックと言えるかもね。
 
日本人がフラメンコの分厚い本に載っているのはさんの写真くらいしか見たことないね。学術書は別だろうけど縁が無い世界だから知らない。

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2018年5月15日 (火)

Salida de Rocio

1 11時ころ花火の音がするので(今日がRocioの出発日かな?)外に出たら丁度Carreraに降りてくるところだった。4
お天気も良いので付いて回った。Rocioには各村から行列が出る。距離によって出る日が違うけど一度道路で行列にぶつかり大渋滞だったこちがある。6
モロンの各教会に寄りながら向かうのでモロンを出るまで時間がかかるのだ。途中でセビージャナスを唄ったり踊ったり最後はVava!!!........と閉める。15
途中で気が付いたら何時ものトラクターの幌馬車隊がいない。前は長い行列がついて行ったのだ。何処にいるのか気になって最後まで歩いてしまったらサッカー練習所に集結していたけど例年より数が少ない気がした。14
ちなみにRocieraとRomariaは違います。
あと笛の音がRocioを感じさせてくれる。
まだ一度もRocioに行ったことないんだ。

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2018年5月13日 (日)

Ipod

Mairenaにフィエスタがあるというので出かけたのだがPena Antonio Mairenaで聞いた場所に行っても閉まっていてやっている気配さえない。ポスターも貼っていないし、こういう時は即座に縁が無いと諦める事にしている。で第2目的に切り替える。
 
前にIpodの記録を誤って消してしまい、その後どうやってもItunesに認識されなくなった。Ipodは85GでITunesの容量もほぼ同じ量なので入りきらないのかもしれない。このIpodは10年以上使っているのだが故障もせず使えていたけど、そろそろ替え時だと思っていたんだ。
 
ネット上で調べていて2nd manoがセビージャにあるのを見つけていたけど中々行く機会が無かった。で2番目の予定で買いに行くことにしていた。カミさんのお供で行ってた教室の近くの”ツ”の店に125GのCalassicがまだあったので購入。スペインじゃ新品より中古の方が見つけ易いし、もちろん値段も違う。日本のヤフオクと同じくらい。けれどもスペインのは日本よりきちっと修理されてないのが出ていたりする。これまでも、色々買って経験済み。1年保証がついてるのでまぁ安心だけど。
 
第3目的のウトレラのペーニャに行こうと思ったんだけど時間が早すぎたので行く気が失せたので直行でモロンに帰ってきた。フラメンコよりIpodを生かす方が重要だもの。
 
Ipodの充電が最初の作業。Itunesを起動させIpodを繋いでもやっぱり認識しない。色々調べてまずIpodの復元をする。Ipodには曲が入っていたけど自分には必要ないのでデーターが消えても問題ない。その後時間をかけたらIpodのマークが出るようになった。色々いじってたら偶然にも同期ができるようになった。これで一安心。
 
9350曲がもあるので全部同期させるのに4時間かかり終了。以前と同じリストが表示され再生も問題なし。Ipodは自分の生活に欠かせない物なのと、コレクションの整理にも役立っているし、そこからCDも作成できる。今やっている事にも欠かせない物なんだ。IpodのデータをPCや外部に保存しておくと便利。今までのIpodも使えるから別の用途に使うことも検討しよう。
 
ちなみに中身はフラメンコ8割、Jazz、浪曲、ファドなど音楽のみ。前はフラメンコビデオも入れてたけどいつの間にか消えてた。
 

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2018年5月10日 (木)

マニアック

モロンに別々に2人の女性がやってきた。モロンまで来る日本人は殆どいないのだがたまーにやってくることがある。
 
Oさんは医学博士?もう一人のEさんはシステムエンジニア。有名大学卒のインテリヘンテだ。でも二人とも偉ぶらず普通の人で良かった。帰った後二人ともマニアックな人達なんだなとふっと思った。マニアックって言葉は今まで使ったことなかったけどね。
 
二人ともカンテを唄う。そして歌うのが共通してManolito Maria。Oさんはソレア、Eさんはブレリア。Eさんは帰国したときManolitoのを唄うのを聴いてびっくりした記憶がある。Oさんに至ってはAmparo Torreのブレリアなんてモロンでも聞いた事ないブレリアを唄うしね。Amparo TorreってManuel Torreの娘でモロンに嫁いでPepe Riosの奥さん。モロンだって知る人ぞ知るだもの。
 
Manolitoのカンテはここ2年くらいYoutobeの影響か歌われるようになったみたいだけど、アルカラにしろ殆どがMairenaだしヘレスで歌われるアルカラもちょっと違う気がするしね。Juaqin de Paura直伝のアルカラなんて普通歌われない。それを日本人が歌うなんて聴いたらビックリするよね、普通。事実Eさんはヘレスで歌って驚かれたみたいだね。
 
色々日本の事も教えてくれたけどもう自分が知っていた日本のフラメンコ界とは大分変ってきたみたいだね。昔の形態は崩れつつあるみたいだ。良い事だと思うけど、反面自分には関係ないなぁ、と思ったな。
 
OさんEさんにしろ自分の好きなフラメンコを自分で見つけて追い求めているのは全く自分と同じで、しかも同じ種類のフラメンコなので嬉しくなるね。同じ趣味の人は当然仲よくなるもの。言ってる事がすぐに理解できるからね。これはイグナシオが俺に向かって弾くことに繋がるのと同じこと。
 
自分の事を地域限定アフィシオナードと呼んでるけどマニアックとは思わなかったけどね。やっぱりマニアックなのかなぁ?ぴんとこないなぁ。でマニアックな人達にはマニアックなお土産を渡しました。何かは内緒です。楽しかったです。もっとギターの練習しなくちゃなぁ、今でも二人に負けてるものなぁ。
 
 

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2018年5月 5日 (土)

Paseo 3月号

月間パセオの3月号に「流星ぺぺ島田のアルテ」という特集記事が出ていた。ネットで買えなかったのでモロンに来るOさんに買ってきてもらって読んでみた。
 
ペペさんが死んで丁度1周忌になる。執筆者は中谷伸一徳永武昭、エンリケ坂井さん、。中谷さんがどのくらい生でぺぺを聴いてたか知らないけど、ナナでは見かけたことがなかったね。徳永、エンリケさんは古くからのぺぺとの付き合いがあるのは知っている。
 
”ぺぺ島田論”みたいで面白かった。二人ともペペ島田はカンテ伴奏に能力を発揮したと言っている。プーロで2度と表れないギタリストだって。興味がわいたのはエンリケさんがペペは天才じゃないよ、と言ってること。天才ってDieguitoだけでPaco de Luciaも天才とは思えないんだって。ぺぺは努力してあぁなったんだ。ってね。でもプロになるようなギタリストはスペインだって血の滲むような努力はしているからね、当たり前だと思うけどね。
 
俺は以前にペペは天才だって思ってるけどDieguitoとは比べられないとも書いたことがある。Paco de Luciaが天才とは思えないというのは同じ思いだけどね。
 
エンリケさんがペペ島田と一緒に弾いてるのも見てるし、違いもわかる気がする自分にはなんでエンリケさんは今になってペペを認めないんだろうなぁと疑問に思うよね。そうは書いてないんだけど行間に感じさせられる何かがある。何が天才かそうじゃないかはそれぞれ違うと思うけど自分の場合はインプロビゼーションがあるかどうかとセンティード。
 
エンリケさんはカンテ伴奏がペペは良いというけど、自分にはカンテ伴奏だけだったらエンリケさんの方がペペよりよく知ってると思うけどね。本人だってそう思ってるはず、と思うよ。何処が違うかというとエンリケさんはカンテをち密に研究してきっと引き出しもペペより多いと思う。ペペが凄いのは知識として知って弾いてるんじゃなく本能的に良いカンテを引き出せるってことだと思う。その違いはね二人を聴き比べるとよくわかると思います。どっちがフラメンコか言うまでもない事だけどね。
 
言ってみればエンリケさんはPaco de Luciaみたいな努力の人そのものだし、ぺぺさんはDiegutoタイプなのは確か。日本人て楽譜フラメンコが多いけどカンテ伴奏にしてもお決まりの演奏が多いよね。(最近はしりません)その先端がエンリケ坂井さんだと思うね。知識と技術と努力もしているのは知っているからね。だから破綻しない。決まりきった日本人のカンテには良いと思うけどね。日本式フラメンコの元祖だもの。
 
ペペはスピリチュアで弾くから良い時もあるし悪い時もあるギタリストだと思う。それでも普通のギタリストよりは上。良い時(ナナでは特に)誰も真似できない音を出していたし、比べる事なんてできない程だったものね。当時Agujetaの伴奏はペペさんしか出来ないと言われてた。けど他の人も弾いてたよね。でも実際の差は歴然たるものがあるのは当たり前の事。自分たち観客はそこを見極めなくちゃいけないと思うね。
 
そのペペさんにしろエンリケさんが言うようにDieguitoとは違う。DieguitoにしろDiego del Gastorとは比べられない。ペペ島田さんが天才かそうじゃないかは主観だからね、どうでも良い事だけどね。
 
俺はどう思ってるかというとぺぺ島田さんは本質的にソロのギタリストだと思うし日本のフラメンコ界の天才だと思ってます(日本のね)。ちなみにDiego del Gastorもソロのギタリストだと思う。ペペと同じだよね。カンテに触発されるってのは普通の事だもの。技術的にはスペインには上手いギタリストはごろごろいるし、レベルも桁外れのが一杯いる、けどセンティードや心を打つギタリストは本当に少ないよ。ペペさんはその一人だね。
ペペ島田は生まれる国と時間を間違えたと思うね。
 
パセオって初期の頃随分ぺぺさんを利用したし、小山君のフラメンコのオトモダチは皆ペペから来たんだと思うけどね、なんだか薄っぺらな記事にしかなっていなかったけど、まぁそんなもんだろね。他のはいつもとお馴染みのメンバーの事を歯の浮くようなお世辞記事しか無かった気がするな。つまらないのは変わっていなかったね。これもどうでも良い事だけどね。

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