2017年4月27日 (木)

Classe de Javier Heredia

カミさんが7年に渡り習ったMercedes Moronの教室が閉鎖になり3ヶ月経った、その間生徒はモロンのそれぞれの教室に変わったり,止めたりした。カミさんも歳なのでよい機会だから止めようと思ったらしい。しかし2ヶ月以上も踊らないでいたら体の調子が悪くなったのと、やっぱり踊りが好きなんだね。

ある時突然「Javier Herediaの教室を受けて見ようと思う」と言ったのでビックリ。何故そう思ったのかは解らないけど、Javierは前からモロンとは近しい間柄なのは知っていた。カミさんが一度言い出したら反対なんて恐ろしいことできないからね。それに自分もスペインに住んでいてもセビージャやヘレスみたいなプロの教室って全く知らないので興味もあった。でクラス4回とフィエスタのクラスを受けることなった。

結論から先に言うと、物凄く良かったです。カミさんは大満足。「自分の欲しいものが全部あった」んだって。自分は受ける訳じゃないので、最初の2回は全部見ていたけど、自分の用事もする為に外していた。でも自分にとっても一種の衝撃だった。感じた事をちょっと。。

カミさんは最初自分の踊り用の靴を持って行ったのだが、必要なかった。普通のスニーカーやサンダルでも良いのだ。服装も普通の格好でOK.

Javier Herediaはフェステーロだ。従ってブレリアを教える。ハビエルの教えるブレリアは踊りの教室のブレリアとはちょっと違う。最初見たときそれは感じたのだけど、ある時はっきり違う物だと目の当たりにした。フェステーロのブレリアと言えば簡単なのかも知れないけど、そう単純じゃない。

教室には5人の日本人女性、カミさんともう一人は初心者。後の人達は長く通っているみたい。最初ゆっくりのパルマから始まった。。。実を言うと此の1週間くらい前から自分の秘蔵の録音を毎晩聴いていた。別にこの為では無く偶然そうなった。Anzonini,Manolito Mariaのパルマだけのカンテ。それと同じのりのパルマが展開されたのだ。ヒタノのパルマだよね。

基礎の4種類のパルマ、足はマルカール、とジャマダだけで格好が良いブレリアが踊れてしまうんだね。それらをしっかり身に付ければだけど。

印象に残ったのは、「コンパスとエネルギーを感じろ」と云うのを繰り返し言ってた。何故パルマが変わるのか?何処で変わるのか?此処で教えているのはウン、ドス、トレスのブレリアじゃないんだね。

即興と云う言葉も良く使っていた。こう云う踊りは習うものじゃないと思ってたけど大間違いだったね。やっぱりね基礎がしっかりしてないと出来ないんだよ。特に俺達日本人はスペイン人と違って小さい頃からカジェや家で覚える環境に無いからね。それで踊ってみても、なんちゃってフラメンコにしかならない。よく日本でフイエスタの踊り教えますなんて。金取ってるけど、フィエスタもやったことない、基礎もしらないのが金儲けでやってるのなんて見てると、恥知らずもいいとこだと思うよね。基礎と云うのは足だけじゃないって事。フラメンコの基礎。踊りの教室で何十年もやっていても、それとは別の物。

踊りの教室のブレリアとハビエルが教えるブレリアははっきり違う。フィエスタの日にトロンボの教室の生徒(日本人女性)が踊った。その人はかなり上手い踊り手で自信もあったに違いない。事実良い踊りだった、けれども違うのは見れば直ぐに誰でも解る。バイレのブレリアは言ってみれば直線的なのだ。それらしく見せているけどやっぱり作為的、機械的に見えた。テクニックはあるのだろうけど、フラメンコはテクニックじゃない。舞台用のFin de Fiestaの踊りとは別物なのだ。
ハビエルのブレリアは起伏にとんだブレリアで感情によって踊られるみたい。全然種類が違う物だね。でも誰でもハビエルの教える様なものはフラメンコをやる上で避けて通れないものだと思う。

Luis Penaも教えるの上手いと思ったけどJavier Herediaも教えるのは上手いね。やっぱりフェステーロってフラメンコの神様に選ばれた人達なんだな。日本人の先生みたいに勿体つけたり偉ぶったりしないし、本質を教えてくれるもの。横から見てるだけでも勉強になった。

Javier Herediaはこれまでよく知らなかったのだけど、セビージャノにしては朴訥な人柄だな、と思っていたら両親に会って納得。ご両親はとても良い人達で俺は珍しく一目で気に入ったね。それに真摯にフラメンコを教えようとしているのが傍から見ても良くわかる。フラメンコでも何でも人柄なんだよ、と最近つくずく思うからね。人が悪いと、どんなに有名でも駄目。

以前此のブログでハビエルにイチャモンつけてきたおじさんがいたけど、「お前一回ハビエルに習ったほうが良いよ。」と言いたいね。まぁそう云う年寄りはどうでもよいけど、フラメンコを少しでもかじっているアマチュア、プロ問わず全部の人達にお勧めです。
自分の考えではギタリストは変な色気出さずにギターを持たずに受けてくださいな。その方がためになります。

最後に「フラメンコは遊びだ」と云う言葉にカミさんは歓心していた。俺にとってはフラメンコは遊びだから、その通り、でも基礎を知らないと只のナンチャッテ、フラメンコなんだなぁ。って自戒の意味でも身に染みた。此の数日考えることが多くて自分の為にもなって本当に良かったです。

難点はセビージャはモロンから遠い事。パンターノでさえ、かったるいのにセビージャはね。送り迎えは辛いのですよ。

日本でも教室開くのでお知らせ方々、ミゲリート達の写真を無断拝借しました。Flyer_japon_2017_sapporo672x372

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2017年4月24日 (月)

バイレ コンクール予選

"Concurso Andaluz de Jovenes Baile Flamencos"の予選が日曜日Pena Galloで催われました。何時もの様にガジョに行ったらディエゴが真剣な顔で「審査員の為にビデオを提出するので足まで映るようにしてくれ」だって。ペーニャでは舞台とお客との距離が数10cmしか離れていない。どうしても客の頭で足元まで普通写せないのだ。ペーニャのスタンドは合わなくて使えないので椅子を並べてその上で撮影した。何時もはビデオ係りはカミさんの担当なんだけど仕方ない。幸いと云ってか客が少なく良かった。

6人の出場者と曲目、名前がよく聴き取れませんでした。

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1. Feria Martines (Sevilla)  19歳 Solea por Buleria

032
2. Irene               (Jaen)   23歳 Solea por Buleria

055
3. Alegrea Navaro (Sevilla) 21歳 Tientos   

069
4, Isaber              (   ?   )  24歳 Alegrias

0895. Casandra          (Sevilla) 22歳 Tarantos

127
6. Franscisco Muguel (Granada) 17歳 Solea

コンクールに出場する人達はそれなりにレベルが皆高いです。見ているとやっぱり違いが解ります。体の使い方や、ブラソ、足全部がそれぞれ特徴がありますね。バイレのコンクールの予選て初めて見たので面白かったです。

皆気合が入った踊りでした。最後の男の子は終わった途端トイレに駆け込み戻してたみたいで、舞台挨拶に出られないほどでした。余程緊張したんだろうね。踊りはとても良かったです。

技術的に言ったら日本人でもこれくらい踊れる人達は大勢いると思います。最近は特にスペインで習っている人が多いですからね。でも違うなぁと思ったのはPeso,重さだね。体がそもそも違うので仕方ないのだけどバイレってある程度の重さを感じさせるもの、(体重ではありません)日本人はやっぱり比べると軽い気がする。

でも昔と違って日本人のバイレでも充分コンクールで戦えるところに来ているね。特にコンパス感とセンティードでは負けないかもしれない。と、この前日本に帰ったとき思ったもの。もう年寄りの出る幕じゃないね。昔とレベルが段違いに違うもの。

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2017年4月23日 (日)

Pepe Lebron

ペペが久しぶりに我が家に顔を見せた。ペペはモロンでも一番古い友達の一人。前はガジョで奥さんと切り盛りしていた。モロンの名の知れた歌い手。此処何年かSevillanas Grupoのメンバーになっている。

最初の頃受け入れてくれたのはペペが居たからだと思っている。普通変な日本人が受け入れられるのには、セビージャやヘレスみたいな都会はともかく田舎では簡単じゃない。ガジョで弾き始めたとき相手してくれたのはペペだ。それから少しずつフラメンコの友達が出来てきたんだ。

ペペが家に来るのは歌いたいからくるんだ。カンポに行っても、他でもフラメンコじゃないのが普通。ルンバ、セビジャーナス、クプレそんなのばっかり。それで欲求不満が溜まってきて、どうしようも無くなるとやってくる。

今日はソレアを30分以上唄ってた。前はペーニャでペペと同じ様にやっていたので懐かしかった。自分は今日はギターを触っていなかったし、最近こう云う風にやっていなかったので戸惑ったけど楽しかった。自分もやっぱりフラメンコを弾きたいし、カンテの伴奏をしたい。それには数をこなしていかないといけないのだけど、そう上手くはいかない現状なのだ。前はペーニャにAntonio ChaconPepe Taranto,Juan Gerra、Paco Camacho達モロンでも知られた歌い手が来ていたけど、今は誰も来なくなった。来るのは様変わりで、レベルが下がる。やっぱりモロンの良い歌い手とやりたいからね。

その他にSigiriya,Tiento,Fandango,Buleria。やっぱり、やっていないので戸惑うことも多かったけど、ペペも一杯唄って満足したみたいだ。フラメンコのアフシオナードって歌いたい、弾きたい、踊りたい人達の事を言うんだと思っている。日本にいる時変に勿体ぶったのを大勢みてきたけど、此処ではそう云うのは居ないからね。そう云うのはフラメンコのアフシオナードじゃない。みんなもっと正直だよ。自分はもっと練習しなくちゃならないね。

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Rura de la Guitarra

行事が続くと後始末を翌日まで残せないので大変なのです。カメラやビデオの映像を全部PCに移し、その整理更にハードデスクに移し変え、それぞれのバッテリーの充電、時によってはDVDまで作らなければならないからです。まさに今がその時。レブリハから直ぐに帰ったのはその為です。

001ペーニャの会長のディエゴに言われお昼の撮影をしなければならず、また日曜日も続いてお昼から撮影があります。

011Diego del Gastorの銅像の前でちょっとしたHomenajeがありました。司会者がDiegoの経歴紹介やToque de Moronの話の後、Paco Leliの生徒によるギター演奏がありました。

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Solea ,Sigiriya,Buleriaが演奏されました。モロンのギタリストはプロでモデルノのギターでも殆どがToque de Moronを弾けます。それは小さい頃から教室で皆が通ってきた道だからです。必ずDiego del Gastor,Manolo Morilla、Pepe Naranjoのギターを習うからです。ただモロンはPaco Leli,Manolo Coronao,Alfonso Clavijo達はManolo Mrillaの系統です。一般には全部Diego del Gastorと思いがちですが、モロンの中では殆どがMorillaの流儀なのです。だからと云ってToque de Moronには違いが無いのですが、微妙だよね。

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自分の先生はIgnacio AmparoなのでDiego del Gastor,Dieguitoの系統で少数派です。さんはDieguitoだからね。

042最後に弾いたNoeriaはよく知っていて今ではLeliの教室ではトップクラスです。女性ですが強いギターを弾き、上手いです。殆どプロに近いのかも知れません。雨も降らずお天気も花曇で暑くも無く丁度良い気候でよかったね。1時間で終わり直ぐに帰って又整理です。歩いて3分だから楽。

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2017年4月22日 (土)

Pena Pepe Montaraz

Lebrijaでは今日からHomnaje Pedro Bacanフラメンコ週間が始まる。Miguel Funiがペーニャで講演をすると云うので出かけた。近くのバルで一休みしてたらFuniさん達がペーニャからやって来た。ギタリストもいる。一緒の女性が、あれ?まさかね?と思ってたら、やっぱり北海道のCさん。此の為にやって来たのだ。ビックリ。

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他にもセビージャから踊り手の萩原さんやJavier Herredia、Rinaさん、Momocaさんも来ていたね。
会場にはPedro Bacanの奥さん、イギリス人の友人、皆モロンでの知り合いなので挨拶。Ines Bacanも来ていた。意外と小柄なんだね。舞台では大きく見えるのに。少し痩せたかもね。ちょっとだけど話すのは初めて。

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会場は8割の入り。司会者の女性が本を読み上げるように話す。来る前からセビージャでやった様なインタビューとちょっと唄うくらいだと思っていたから、(こりゃぁプエブラみたいに1時間しゃべるかもな)と覚悟したら20分くらいで終わり、Funiさん登場。

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Pedro Bacanの息子のセバスチャンのインタビュー。フニさんは快調に喋り状態は良さそう。時折笑いを誘い、Padro Bacanの思い出と云うよりフラメンコの話が主、セバスチャンの持って行き方が、そっちだったのかも知れないね。自分にとってPedro Bacanと云うギタリストには殆ど関心を持っていなくよく知らないけど、良いギターを弾くくらいしか知らない。

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話の途中でギターのPitin Hijoが絶妙なタイミングで音を出した。ソレアをちょこっと。本当にこれは良かった。そこから自然な流れでカンテに移る。

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ソレア。。(あぁMuguel Funiだなぁ)Sello Propioってこう云うんだよ。誰のものでもない、そのアルテスタの印。後でカミさんが「隣の人が泣いてた」んだって。そうだろうなぁ。

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シギリジャ。。サリーダってね、それだけでカンテなんだよ。今はサリーダだけで納得させる歌い手なんていやしない。みんな雑に唄う。ティリティリティィィィ。。ってやればシギリジャだと思ってるみたい。違うんだね。能登さんの話では今まで聴いた事の無いレトラを唄ったらしい。

ブレリア。。Javier Herredia,能登さん、ミゲルの息子も舞台に上る。声も太くて良く出ていたし、ヘレスの時より数段良いみたいだ。途中から立ち上がりマイク無しでも充分伝わる。しかもその一振り、一振りがやっぱりMiguel Funiだなぁ。誰にも真似できないアルテ。。こんなに動けるとは思いもしなかった。ギターもとっても良くて何も云う事の無いほどでした。いやぁ来て良かったなぁ。良い物見せてもらったね。

帰りながらカミさんはしみじみ「本当に良かったねぇ、体が回復して」と言ってたけど、悪い状態も知っているからね。俺達にとってアルテより、そっちの方(体)が嬉しいのだ。これからも健康に気をつけて唄って欲しいよね。だってもう殆どこう云うカンテ唄えるのって居ないんだもの。皆死んじゃったからね。良いフラメンコ見るとこっちまで元気になるね。

この所毎日のように予定があるので終わったら直ぐに帰ってきた。多分朝方までフィエスタかもね。それで一番元気なのがフニさんなの想像できるね。もうそう云うのに体が付き合えない。残念だけどね。

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2017年4月17日 (月)

Sabado Santo

最後のパソはSan Miguel。出発が1時間遅れ。人は集まっていなかった。Villalonのバルで一杯やったけど、暑くて入り口の前の階段に座って待ってた。

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中を見ると結構大変。教会の椅子があるので出口にスペースが無い。ぎりぎりで出てくるのが解る。

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出たところでPaco Camachoがサエタを唄う。Pacoが言うのには此の教会の前で歌うのが一番良いらしい。家に帰って一休みしてカミさんと出たらパソはVictoriaに着いたばかり。やっぱりMonjeの賛美歌が歌われた。

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此処から家の前の通りの入り口からカレーラに降りて行くのだ。下で待ってるとゆっくりと降りてくる。公園は人で一杯。其処まで見てガジョでちょっと食べて飲んだ。皆テーブルの開くのを待ってたり予約の客が多い。

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カミさんの提案でPaviaに寄り其処からメルセの息子の開いた新しいバルに行く。闘牛場の外れに開いた、お洒落(モロンにしては)なバー。11時過ぎから若い客達がやってくる。バンドも出るみたいでステージも作られている。

カミさんはジン トニックを飲み、俺のコークハイも飲む。 んでもって酔っ払うわな。しょうがないのでジルバを踊ってやった。昔みたいに踊れないけどまだ体が覚えてるもんだね。70歳でもジルバが踊れるんだよ。6拍なのでブレリアでも踊れるよ。10代で覚えたものって体が忘れないんだよな。久しぶりにカミさんは酔っ払ってご機嫌。俺は酔えないけどね。先に酔っ払った方が勝ちだもんな。

日曜日は疲れて1日中寝ていた。来週はちょっと忙しいんだ。

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2017年4月15日 (土)

Viernes Santos その2

家の前の通りの先にあるヴィクトリア教会から出る午後8時のパソ。まだ辺りは明るいです。前のピソは此処から直ぐの所にありました。バンドにはイグナシオの甥のJuan Carlosも加わっていて大太鼓担当。彼はもう大学生でギターもピアノも弾くし、空手は黒帯、190cm以上のGuapo。

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教会から出ると直ぐ隣の修道院に止まりMonje達の賛美歌が歌われました。

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次のパソはキリストの遺体が入ったガラス張りの棺桶です。最初これに慣れなくて(何てグロテスクなものを担ぐんだろう?)と思いました。このシーンは殆ど放映されていませんね。

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衣装も曜日によって変わるのはその日の意味が違うからですが、TVで見ると街によっても同じ日でも違うのが解ります。

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カレーラにはイグナシオと義弟のアントニオも来ていて、子供達も大きくなっていて嬉しい。彼はエステポーナに住んでいて仕事も順調みたいで何より。残すところあと1日。

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2017年4月14日 (金)

Viernes Santos その1

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モロンのセマナ サンタのハイライトはIgulesia Jesuから朝の5時半にSalidaです。教会の道端は人で埋め尽くされています。何時もなら目近で見るのですが今年は道路の崖の上で見ました。行列も一番人数も多く、パソの前にバンドが行進、途中賛美歌も歌われます。

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まだ暗い中教会の急坂を一気に上がって行きます。横や下から見るとかなりの急坂です。上り終わると拍手が沸きます。

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そこまで見届けて次の場所に急ぎます。Jeronimoさんの家の前。もう行列の先頭が来ていました。家のバルコニーからPaco Camachoがサエタを唄うからです。Antonio Puerto夫妻もやってきています。写真には下からのほうが良いので上には上がりません。

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中々気合の入ったサエタでした。次のマリアのパソが離れたところに止まって、見たことのないおばさんが道路でサエタを歌いました。

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ガジョでコーヒーとボカディージョで朝食。此処でもアグスティンが隣のバルコニーから歌いました。何時もならまだ付いて行くのだけど手抜き鑑賞です。

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Jueves Santo

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Compania
教会の入り口はそのままではぶつかります。潜り抜ける為には中腰で進まなければなりません。かなりキツイと思います。が潜り抜けると拍手が沸きます。

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パソを立ち上げるのも一気に放り上げるかの様に担ぎ上げる時も拍手です。人で一杯の路地を曲がるのも曲に合わせゆっりと回るのですが、人とすれすれになるときもあります。

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此処からSan Miguel教会への坂道が一番好きな場所。教会の石段に立って待ち受けているとゆっくり上ってくる風景がなんともいえません。

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San Muguel教会はモロンで一番大きいので行列は全て中に入ってしまいます。今年は手抜き鑑賞で、これで今日は終わり。

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セマナ サンタでは小さな子供たちがとても可愛いです。中には生まれて何ヶ月の赤ちゃんまで参加しています。しかも只歩いてるのではなくちゃんと役目があり、カードを配ったり、蝋燭を子供たちの蝋燭玉み落としたりしています。写真は去年親からクレームが付いたのでFBには乗せられません。でも勿体無いのでちょっと乗せてみました。023

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2017年4月13日 (木)

Miercoles Santo

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ガジョの前に行くとJuan del Gastorがいた。俺に声をかけ「体大丈夫かい?」「あぁモロンに帰って来てるのかい?」「セビージャは人が多すぎて煩すぎ、モロンの方が良いよ」Semana Santaって日本のお盆の里帰りみたいなんだな。

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パソがガジョの前で止まった。迎えのバルコニーからサエタが唄われる。初めて見るおっさんだけど中々声が通って良い。勿論マイクなんて使わない。目の前が輿だもの。終わると大拍手。

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バンドはセビージャからで100人以上の編成。流石に整然として上手いね。セマナ サンタに演奏される曲は日によって違うし、進行によっても変える。観衆もよく知っていて唄ってたるする。

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水曜日はもうキリストが死んでいるのかも知れないね。意味が未だによく解らないでみている。

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毎日がお祭りみたいなもの。人は大勢でているし、バルは何処も満員。若い女性は精一杯着飾り道を闊歩する。モロンは美人が多いからね。目の保養にもなるな。

カミさんは今年初めて外に出たのでココロコのバルバコーアで焼きたてのお肉で一杯。モロンに住んでて良かったなぁ。

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