2019年7月19日 (金)

経過

風邪をひいて1週間たったけど体調が戻らない。殆ど出なくなった。体力が無いのはまだあまり食べれないから。カミさんに怒られながら帆船作りを進めている。これも風邪の原因の一つなんだけどやらないと進められない。2隻同時に作ってるんだけど、30問ある砲台を作り砲身は丸棒を削ってやっと塗装までこぎつけた。後は丸環を作りロープを通し先端をビレイピンで止めて砲の完成。これを船体に止めてからミドル甲板の細かい部品を設置祖手次の段階に行く。先は長いけど何かしないと気がやすまらない。

ギターはそれ以上に体力使うからね。まだ頭もまだおかしいからね。ゆっくりやるしかないよ。

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2019年7月17日 (水)

風邪

土曜日の早朝寒くて起きてセーターをきて風邪薬を飲んで寝た。けれども一向に良くならず熱が急激に上がってきた。体中痛くて寝ることも出来ない。午後には少し下がったけどベットから起き上がることさえできなかった。これ4年前救急車に運ばれたのと一緒の状態だった。その時は血圧が急激に下がったためだったが今回計ったら正常。しかし熱のせいで物も食べれずトイレもおぼつかない足取りだ。前回はトイレでも倒れて起きるのに苦労した思いがある。夜も体中痛くて殆ど眠れない。日曜の午後になって少し下がったけど相変わらず起きるのもやっと、熱に浮かされたように感覚がふあふあしてた。月曜日の早朝6時やっぱり医者に行くことにして少し良くなったと思って自分の車で運転していったが頭がおかしくなってんだね。思ったようにいかないの。でも事故も無くFranciscoの救急受付に行ったら受付の美人さんが「あらタケシどうしたの?」だって。何で俺の名前知ってんだ?って思ったけどカミさんの踊り友達だった。他に患者もいなくて直ぐに受けつけてくれたけど、この辺が記憶があいまいで気が付いたら何度も腕に刺さったものを外そうとして注意されてやっと(あぁ点滴受けてたんだ)って気が付いたほど。前はこんなじゃなかった。ちゃんとわかってたもの。前の時はカミさんが日本に帰っていた時でメルセについてきてもらっていたけど、今度はカミさんがいるので少し安心。点滴が3時間かかり終わって医者から処方箋をもらい近所の薬局で買い帰宅。帰りの運転は大丈夫だった。薬を飲んで寝ていたけどやっぱり夕方には熱が出た。でも峠は越えた気はした。火曜日も少しずつ良くなっているけど体の痛さが残っていたのでカミさんの指圧を受けたら殆どよくなった。今回ほどカミさんのありがたさが身に染みたね。至れり尽くせりの介護だったもの。4年前はまだ若かったから乗り切れたけど今独りだったら無理だと思った。プエブラは最初から諦めていた。やっとこうやって書き込みができるようになったくらいで、まだ油断は出来ないけど今月いっぱいまでは自重するつもり。なんかね、病気になると心が萎えるね。そろそろ限界なのかな?とか帰る時期なのかな?とかね。どっちにしろ自分の足で動けるうちに帰らないとならないんだけどね。

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2019年7月11日 (木)

Luis Ortega,El Purili y Ruben Lara

今週隣村のLa Puebra de Cazallaでは毎日フラメンコがあります。あちこちの場所で行われ梯子もできます。でも見たいのを選んで行っているんだけど、昨日はEl Puriliが出るというので出かけた。始まるのが10時30分なのでモロンからゆっくり出られる。此処も何度も来ているので大体解るのだけど道が閉鎖されたりするので早めに行ったらPlaza Nuevaにはもう人が結構来ていた。

初めにプエブラの子供達によるGarcia Lorcaの詩の朗読。しかし詩の朗読より司会者の話の方が長い。村の宣伝みたいなね。

1_20190711174001 1.Luis Ortega y Ruben Lara (Tientos,Siguiriya,Alegrias,Tango)
Carmonaのコンクールや他でも優勝したみたい。10歳くらいの少年。Bolecoも最初見たときはもっと小さかった。初めて見るのでどうかな?と思ってた。やっぱり少年のソプラノみたいな声。。でも優勝するだけ会って上手い。それだけでなく何処かが違う。。歌い方が違うんだ。2_20190711174001 Boleco,Manuel de Tomasa、Puriliに共通する何かを持っている。Sigiriyaの最初のサリーダでハレオがかかった。サリーダだけでかかるなんてめったに無いんだ。伸ばし方と落とし方が尋常じゃない。ほんのちょっとコラへも感じさせる。とても良かったんだけど、その後のAlegriasから若さ故の未熟さが開間見えてたけど問題ない。モロンじゃ無理なほどの歌い手だったね。これからが楽しみ。

8_20190711174101 2. Alonso Nunez "El Purili" y Ruben Lara (Solea,Malaguena,Fandango de Huelva,Buleria)
Purliは先週Mairena Alocorのコンクール優勝を引っ提げての登場。声が少し変わって大人ぽくになった。この前Gazpachoで見た3人とは明らかに違うタイプ。聴きながらどこが違うのか?考えてた。。Rancapino Chico,Antonio Reyes,Jesusu Mendezのカンテは誰かも言ってたけどlimpiaだ。滑らかな技巧的上手さと言っても良い。比べるとPurili達のカンテにはざらつきが感じられる。それにデコボコ感もある。決してフラットじゃない。レトラの持って行きかたが昔の歌い手たちと似ている。最近の売れっ子歌い手たちとは別の種類の歌い手だ。4_20190711174001 今の歌い手って結局Pobeda,Alcangelの流れで、Camaronを加えたりしているけど、タダ上手さしかない。あるいは声量、息継ぎの長さだけで魅せてる気がする。ようやくちゃんとしたプーロな歌い手が出てきたのかも知れないね。でも若いからこれからどうなるか?変わるか?の危険性はあるけど。Puriliってブレリアにunapataが売りだったりするけど、彼はジブラルタルなんだってね?初めて知ったよ。だからパニュエロ兄弟張りなんだ。Algecirasって隣だものな。でもカンテが良くないとただのフェステーロになってしまう。PeriacoとJoseの違い。でも俺はJoseの方が好きだけど。別の話。マイク外して歌ってもJesusu Mendezと同じくらい声が通ってたな。

4_20190711174001 3. Tona Ronda
プエブラ名物Tona Rondaは最後に必ず歌われているもの。本番の土曜日も多分歌われるね。舞台を暗くして歌う。とても良かったです。

ギターのRuben Laraも良かったです。モロンのファルセータを一杯使ってたな。Fernandoの匂いもしてたけどモデルノに近くもある。前の様なリズムの刻み方は少なくなっていたね。面白いギタリストではある。

 

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2019年7月10日 (水)

La Puebra

今年も隣村のLa Puebra Cazallaに行った。土曜日のCante Jondoの入場券を買いに。Bar Centralに行くとFernandoが「おう久しぶりだな」と握手。隣の客に「こいつ知ってる?毎年此処にくるんだよ」と言ってパンフレットを出して「何枚?」「2枚でいいよ」「そうだポスターは市役所だよね」「ここには無いから行ってみな」此処に前もって来るのはポスターが欲しいから。此処のは同じ画家が描いてて好きなんだ。オリジナルのリトグラフも持ってるし。一種独特の画風。「あぁ忘れるとこだった。BolecoのCDあるかい?」で、買ってコーヒーも飲まず隣の市役所に寄ってポスターもらった。此処のは独特のサイズで縦長。額に入りきらない。今日は忙しいのでとんぼ返り。

カーステレオでManuel Agujetaをずっと懸けていた。運転しながら聴くと(やっぱり良いなぁ)この前のガスパチョなんて何で皆大げさに歌うんだろう?こう云うの聴きもしないんだろうな。ぎゃんぎゃん歌わなくたってこんなに良いのに、カンテもつまらなくなったもんだよな。

家に帰ってBoleco聴いたらさっきまで聴いてたAgujetaに少し似ていた。La PuebraってJose Meneceは死んだしDiego Crabelも歌わなくなったし、でも若いこういうのが出てきて流石にカンテの村だよな。このCDは掘り出し物だったな。

 

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2019年7月 9日 (火)

7月7日

今年もDiego del Gastorのお墓参りに行きました。前の晩ガスパチョで朝方帰ってきつかった。けど今年はお墓の中に入らせてもらってごみを取って拭いてこれたので良かった。カミさんに作ってもらった花束を添えて般若心経をあげてきた。モロンに住み始めて毎年行っている、けど誰もモロンではする人はいない。でもそんなの関係無い。自分の人生をこんなに豊かにしてくれたのはDiego del Gastorのおかげでもある。今年Diegoと同じHijo de Moronを市からもらったのや、Dieguitoのフィエスタに加われたのもそんな俺をDiego del Gastorが見ててくれて褒美をくれたのかも知れないと思っている。誰に何も言われなくてもそれで良いんだよ。

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Gazpacho Andaluz

ここ何年かは市からフリーパスを貰っている。今年もカミさんと貰った。並んでいる人たちをしり目に入場するのは気が引けるけど長時間の撮影しなくちゃならない。ビデオはカミさんの係。自分は前の撮影スペースでしかできないけどこんな恵まれた場所は他じゃないからね。
今年はセビージャからCristina Hoyosさんも来ていて挨拶。Jeronomoさんの友達だからね。よくモロンに来るんだ。

1. Previos
3_20190709013201 Almunos Guitarra (Siguiriya,Buleria)この前Castilloで弾いた10歳くらいの少年。Paco Leliの生徒。音もしっかりしているし、15歳になったらどんなギター弾くのか楽しみ。
4_20190709013201 Cante Concrso 優勝者 Jesusu Reyes Campo(Solea,Malaguena,Colombiana,Alegrias)普通、ギタリストはLucenaから連れてきていた。

7_20190709013201 Carlos Troyaバイレ教室の群舞 (Alegrias)普通。

2. Festival
8_20190709013701 Rancapino Chico y Antonio Higuero (Solea,Alegrias,Tango,Buleria,Fandango)
最初見た頃どんなカンテになるのか?と?期待していた。今では売れっ子カンタオールになっている。それにかなり上手い歌い手だ。でも普通のカンタオールになってしまった気がするね。人当たりは良いし好感度は良いんだけどカンテに心が動かない。上手いよー、でもそれだけ。

15 Jesusu Mendez y Pepe del Morao (Solea,Tango,Fandango,Buleria)
二枚目でお洒落な服装。前みたいな喉任せのがなり立てる様なのは少なくなった気がする。マイクを外したFandangoも昔より声が通ってた。でも本質は同じ。

501 Eva Yerbabuena y su Grupo (Alegrias,Solea)
人間の記憶って見たときのがずっと残ってるんだね。登場した時(誰?このおばさん?)て思ってしまった。最初見たのはエルフラでまだ少女の面影が残っていてナナに来た時ちょっと喋った記憶たがあるんだけど(ずいぶんシャイな子なんだね)と思ってた。考えてみたらもう30年も前だもんな。そりゃあおばさんになるよね。でもその足が凄く良くて思い出した。エルフラの前の通路でひたすら足の練習してたんだ。当時彼女の年代で6か月もタブラオで踊れる機会はスペインでは無かったと思う。だから良い機会だったんだと思う。で見ているうち段々当時の彼女とダブって見えてきて表情のひたむきさ、は同じだった気がする。A59 と言っても踊りを見るよりファインダーを覗いてるだけだったけど、ソレアのFernandaのCancion Buleriaが歌われた他時ガラってテンションが変わった気がした。マントンを使ったけどかなりアグレッシブルで凄かった。A68

24 合間にSirberio FranconettiのHomenajeの表彰があったけど自分の知ってるFranconettiのファミリアは一人しかいなかった。

26 Antonio Reyes y Manuel Parrilla (Solea,Tango,Siguiriya,Buleria,Fandango)
奇しくも3人とも同じようなヌメロで声質、高さが違うものの、同じタイプに思える。能登さんはAntonio Reyesは良いというけど自分にはピンと来ない。Camaroneだから良いのかも知れないけどCamaron自体自分がそれ程好きじゃないので、何処が良いのか解らない。今のカンテは皆多かれ少なかれこんなになっちゃたんで仕方無いのかも知れないけど。こういうのが凄いとか思わないんだね俺にとっては。3人とも音楽フラメンコの様な気がするし、聴いてても体が反応しないし、コラへやペジスコ何て望むべきも無い。皆同じ、個性なんて無い。3人ともカデス県で何で全員カデスじゃないといけないのかさっぱり解らないね。セビージャ県にだっているだろうよ。

32 Paco Leli y su Grupo (Alegrias,Gransinas,Buleria,Rondena)
バイオリンとチェロを加えた編成。良かったのはソロのGranainasだけだった。Rondenaはねぇ。。前の日Dieguitoを聴いたばかりだからね。比べ物になりません。いくら楽器を加えて煌びやかに飾っても本物のギター1本にはかなわないってこと。Leliはとても良い人だしテクニックも優れているけどToque de Moron Gitanoとは別のモロンだもの。31_20190709013601

今年はEva Yerbabuenaだけだった気がするね。自分にとっては。

 

 

 

 

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2019年7月 6日 (土)

Fiesta de Privad

フラメンコのシーンにはテアトロの大舞台、フェスティバルの野外ステージ、ペーニャの舞台、最近FBによく乗ってるバルやCalleのフラメンコ、最近流行りのブレリアを歌って踊ってというフィエスタなどがあるけど、自分が最高と思ってるのはプライベートのフィエスタです。これにも色々あるのかもしれないんだけど、モロンに住んでいてもプライベートのフィエスタを経験したのは数えるほどしかない。この前家でやったのもプライベート フィエスタだったけど、お客としてとは違う気がする。これにはコネがないと見れない。あるいはファミリーじゃないと入れないんだ。

1週間くらい前にイグナシオが「フィエスタやるけどお前も来るか?」「勿論行くけど誰それは行くのか?」って聞いたんだ。「来ないよ」「じゃぁ行くよ」でも(本当にフィエスタが見れるのかね?俺が?)と思ってた。

当日パキーリも行くことになったのを知って電話して車に同乗させてもらうことにした。モロンから10kmも離れたカンポの別荘地、と言ってもLa Minasみたいな高級じゃない。参加人数は9人。全員知り合いや友達や。イグナシオの生徒が半分。パキーリ、コマンダンテは友達。安心したね。ちなみにモロンでのこう云うフィエスタは女性は入れません。なぜか解らないけど男だけです。伝統なんだろうね。

そしてやって来たのはDiego de Moron.そうこれはDiegoの為のフィエスタだったんだ。自分としては一番望むフラメンコだけど、ちょっと複雑な事情もある。だから最初にイグナシオに聞いたんだ。外にテーブルを出してケソやトルテージャでビール。コマンダンテと話したりして緊張も無く凄くリラックスしていた。(ここに居られるだけでも御の字だもん)

フィエスタって何も歌ったり踊ったりがフィエスタじゃないんだよ。Diegoも今まで見たこと無い程穏やかで、リラックスしていて、やっぱり、カンポだからだろうね。これがモロンのトラディショナルなんだろうな。

Diego de Moronだからって皆かしこまるわけでもない。普通に笑わせ話したりしている。でDiegoが昔話し、ポーレンの「一つの生き方」という本の中に出てくるDiego del Gastor と当時の大スターのNino Ricardoとの逸話は読んでる人には解ると思うけど(読んでみてくださいな)Diegoはその場にいたんだね。ポーレンの本には本当のニュアンスは描かれてないし、書けなかったのは想像に難くない。Ricardoがが感激したとは書いてるけどDiego del Gastorはどうだったのかは書いてない。やっぱりねDiedo del Gastorって誇り高いgitanoだったんだね。詳しく書かないけど。本と実際とは違うんだよな。

ひとしきり喋ったり冗談言ってみんなで笑ったりしていてDiegoが「俺のギターを出してくれ」イグナシオ「もう弾くのかい?」で喋りながら手慣らしでCDにあったColombiana。これ初めて見たな、実際弾くのを。それからBuleria、Solea,Sigiriya,etc....あのねぇ凄く自然なの。舞台やペーニャで見るDiegoとは違うの。Sigiriyaでは本当涙が出たよ。これってね初めてだよ、ギターで涙するなんて俺にはありえないもの。終わりの方で誰かが「Diego.Rondena弾いてくれよ」と言ったらそれから終わるまでRondena弾いてたね。これも音を試しるみたいで、思ったように弾けないと子供みたいに足をバタバタさせて「どうして弾けないんだ、解ってるのに」だって。なんだか微笑ましくて笑ってしまった。

俺はね出来るだけ目立たず空気みたいになりたかった。で思い出したのはモロンで90年にフィエスタした時ペペ島田さんから「ハレオかけるな足も踏むなパルマなんてするなよ」って前に厳しく言われた事があった。こう云う所でさも知ったかぶりにパルマ打ったりハレオかけたりする日本人がいるけど「恥知らずもよいとこ」場をぶち壊すことになる。黙ってみるのも礼儀ってもんだよ。

俺はモロンのDiego del Gastorのフィエスタの録音をずいぶん聴いてきた。叶わぬ願いだけど聴いてて(この中に居たかったなぁ!)と思わないことは無かった。それが今現実にその中に居る事に気がついたよ。Diego de Moronを聴いてるとその頃のDiego del Gastorとダブってくる。Diego del Gastorも音を探しながら何度も繰り返して気に入った音に持っていくのは全く同じだもの。

イグナシオを除けばこの中で一番モロンを聴いているのは俺だからね、だからDiegutoが何を弾こうとしているのか良く解るし、何処が変わっているのかも解る。つまり他人より楽しめるってこと。俺にとっては目の前で何時も聴いてるものを実際に見えるし、どんなセンティードでだしてるのかも知ることが出来る。願わくはこの1/1000でも自分の中で発酵してくれたら良いんだけどね、欲張りかもね。

終わったのが1時半、今日はガスパチョの日だけどね。どうでもいいや。いやぁ!!とんでも無い日だったわ。俺って凄い幸せ者かもね。良い友達に恵まれてるもの。日本とは大違い。日本にも俵さんはじめいるけどね。まず自分の中ではベストに入るフィエスタだった。

追記:当時のフィエスタと同じだと思ったのはGitano,Pallo,Japones(Extranjero)が一緒だったからだ。そしてそこに分け隔ては無く皆平等に参加していた。Diego del Gastorが分け隔て無い人だったのは解っている。けれども今は全く違うからね。その意味でも興味深い出来事だった。それはIgnacioがオルガナイズしたからこそ出来たことなのは間違いないんだ。こういうのは住んでいないと解らないけどね。本当はその時代に戻って皆仲良くしてくれたら良いのだけど。今のSevilla,Jerezは違うと思うけど田舎は差別があるからね、それはGitanoもPalloも同じくらい持ってるし、Ignacioが「Diego del Gastorの時と一緒なんだ」と言った意味も解ったね。色んな意味で、(あぁそうだったんだろうな)って。これはSevilla やJerezに住んでる日本人には解らないかもしれないね。だって彼らは”お客さん”だもの。そういうものは見せないね。住んでると良いことも悪いことも見えてくるんだよ。綺麗ごとじゃすまないんだ。

 

 

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2019年7月 5日 (金)

更新手続き その2

前回から3日後の今日再びスペイン広場に行った。この前の反省から受け付け時間から遅れて行ったら列は10人くらいになっていて待ち時間が少なかった。しかし未だに何がどうなってるかも解らず言われたから行ってるだけ。今日の日付けが入った紙を見せたら封筒の中から1枚の書類を渡され「これで終わり?」って聞いたら「そうだよ」だって。納得しないけどまぁいいか。今度はちゃんと許可証くれるんだろね?

まぁ無事に終わったので前からカミさんが行きたかった「黄金の塔」に初めて入った。帆船の模型はなんだかお土産屋の様なデカイだけでチャチな物だった。上からの眺めもイマイチだった。まぁ”見た”だけだったね。川下りの観光船も乗ろうと思ってたけど風が寒いのでパスした。

木曜日なのでCalle Feriaの露天市に久しぶりに行ったらかなりの店が出ていてカミさんはこう云うの大好き人間なのであれこれ物色して買っていた。自分もこういう市は好きでイタリアでも行ってるし見て回ったけどあんまり欲しいものは無い、けど前に此処にはフラメンコのカセットを売っていたので探したら1件だけちぼちょぼ売っていた。前は2枚で1ユーロだったけど今は1枚1ユーロになってた。Paco Tronjoのを1枚だけ買った。家に帰って早速CDにしてItunesに入れたけど、これからゆっくり聴こう。

、セビージャの日曜市はまだ何処かでやってるのかね?あすこの方が規模がデカイし行ってみたいけどね。なんだか疲れたね。やっぱりスペイン広場は疲れる。

 

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2019年7月 2日 (火)

更新手続き その1

居住許可証の更新手続きにセビージャのスペイン広場まで行った。これまで何度も更新手続きには泣かされてきた。この綺麗な広場が世界中で一番嫌な場所だ。今回もまたトラブルに見舞われた。事前に能登さんに聞いたり、この前も此処に来て書類を貰う際「15日前じゃないと受けつけないよ」というのを信じて丁度15日前の今日にしたのだ。

朝7時30分に行ったら既に50人以上の人が並んでいた。この前はこれ程並んでいなかった。受付されたのは2時間待ってからだ。やっと部屋に行くと15人以上待っている。そこから2時間近く待ってやっと受付に行ったら5年前の人と同じ人だった。そして開口一番「これ期限2か月過ぎてるぞ」だって。何の事か解らない。だって許可証には7月15日て書いてあるだろうよ。でも言っても無駄。理不尽さがスペインだもの。じゃぁどうするんだい?て思ってたら「お前日本に帰ってたんだろ?どのくらい?」「2か月です」「じゃあ受付するよ。でも終わったら隣で失効の復旧手続きをするんだ」だって。で指紋も採って8月2日に来いよ」と書類をくれた。で隣に行ってまた手続き。此処ではパスポートのコピーが必要だったけど準備していたのでOK.本番の手続きには申請書類が2枚必要だったので新たに1枚書いた。

でカミさんの番になったら前のおじさん何処かに行っちゃった。多分コーヒー飲みにだね。で先に失効の方をやって他の人にやってもらおうとしたら受けつけないと言う。だって前の人は受け付けてくれただろうよ、「あんたも見てたでしょ?」て言っても頑固に受けつけない。何なんだ、これ。以前なら切れてたけどもうこう云うのには慣れた。じゃぁ前の人が帰ってくるの待わ。で12時過ぎに戻って来たので受けつけてもらったら「銀行で払い込みしてこい」だって。「払い込みしたよ」と言うと「あれは失効手続き用だ」だって。言い争っても仕方ないので外の銀行に行った。やっぱり手続きの不足を指摘された人達が大勢来ていた。自分のも払う必要があると思って書類に書いたけど用紙が足りなくカミさんのだけ書いて払い込み。戻ってやっと受けつけてもらえ指紋も採って自分と同じ条件になったけど、ほとほと疲れた。けれども失効のレジデンシャルの為に3日後にまた此処に来なくてはならない。本当にまともに行った事は皆無だね。この次があるのかわからないけど今度は2か月前に来ることにしよう。でもまだまだ油断できないね。何があっても不思議じゃないのがスペインのお役所仕事だから。

セビージャまで来たので楽器屋で弦を購入。カミさんは中国屋で何時もの買い物。もう本格的な夏に入ったね。暑いよー。

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2019年6月29日 (土)

聖歌隊コンサー

最近まで体調が悪くてちょっと動いてもすごく疲れてしまってた。どうやら血圧が下がっていたみたいで、やっと元に戻りつつある。

2019628-coro-en-igrecia-_moment カミさんの友達がカレーラで歌うのでビデオ撮ってくれ、と言うので(夏なんでカレーラに仮設舞台で何か歌うんだろうな?)と思ってた。で時間ギリギリに行ったら舞台は無く教会の入り口に人がいた。行ってみると教会の中は人で一杯で外に溢れてたんだ。どうにか入れてもらい一番後ろに潜り込んだら丁度始まるところ。満員の中ビデオを取り出したけどどうやって撮るんだ?三脚に着けて手で支えて映せばなんとかなるけど上手くは撮れないけどしょうがない。

指揮者が説明しているけど声が聞こえないし、そもそも何言ってるのかスペイン語わかんないので同じ。、混成合唱団で衣装もちゃんとしている。こう云うのは見たことなかった。殆ど讃美歌だと思うけど、リズミカルな曲もある。まるでゴスペルみたい、全部アカペラだ。ハーモニーが素晴らしかった。グループって様々なジャンルがあるけど、例えばカルナバルもそうだけど良いグループはハーモニーが皆良いんだ。色々見ているとそういうのも実感として解ってくるね。

2019628-coro 終わると子供たちのグループ。今度はピアノが付く。モロンの学校では音楽の時間て無いらしい。けれどもこう云う合唱や鼓笛隊、Semana Santaの楽隊、カルナバル。。皆それこそよちよち歩きの頃から音楽が生活に馴染んでいる。日本と比べたら比べ物にならない環境だね。

最後に大人も戻って歌ったのがEl Vito.これがねとっても良かったです。知ってる曲が出ると嬉しいんだよね。大変だったけど良かったです。

帰りは最近よく行くAlemanで何時ものジントニック。此処のが一番美味しいから。Alemanも大勢の人だった。

最近よくクラッシックのピアノを聴くようになった。これまでは殆どクラッシックは聴かなかったけど辻井伸行という人のカンパネラを聴いてから聴くようになったんだ。暖かくて、自由奔望でセンティミエント、今まで感じた事の無いクラッシックピアノだったから、まるで「ピアノの森」のカイってこんな音をモデルにしたんじゃないか?って思ってしまったから。楽譜で弾かないからかね?フラメンコも同じだよな。

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