2017年11月19日 (日)

Rondena

イグナシオのレッスンはこの処ロンデーニャを主に弾いてもらってる。今までと違って今回は指の動かし方を重点的に教えてもらった。普段は好きに弾いてもらうのだが、それだと自分の指の動きが不安定になる。やりたいのはリズムの弾き方を身に着けたいのであんまり余計な事をしないほうが良い。レッスンて自分の為に受けるのでその都度何が欠けてるのかで判断するようにしている。普通のレッスンみたいになったけどそれでよい。

ロンデーニャはもう何年もやっているけど一向にモノにならない。この曲は好きなのでいつかは弾けるようになりたい。イグナシオのレッスンは即興演奏が多いのだけど、其処から自分の弾ける範囲を選択する。イグナシオもまだロンデーニャは完成はしていないのだ。最近のイグナシオは変わってきたと思う。基本はDieguitoだったけど、其処から離れ始めて自分のアルテになってきた気がするね。自分も今までDieguitoのだったんだけど、これからはイグナシオのをやってみようと思っている。何故なら面白いから。

他にはブレリアのコードの切り替え方。ファルセータは今の自分には重要じゃない。其処までいかないから。

今回は早めに終わって、カミさんがカンテのレッスンを受けた。伴奏をしてもらうのだけど、カンテ自体があやふやなので、其処から直していく。人によって入り方が違うし、何よりメロディーが違うのだ。イグナシオのコードの切り変えには付いて行ける様になった。自分にとっても勉強になるし、とても良い。イグナシオはカンテもマヌエルより上手いしコンパスが抜群だもの。カンテはギタリストに、伴奏はカンテに習うのが良いと思っているからね。もちろん出来る人にだけど。カンテをカンタオール(ラ)に普通は習うんだろうけどね。必ずしも客観的に見てくれるとは限らないし、そのカンテが身につくとは思えない。プロピオを持ったアルテスタなら尚更だね。余計な事だけどね。

今自分が聴いてて”ワクワクする”ギタリストって正直言ってイグナシオしかいない。他のギタリストは上手いし、技術も音楽的にも勝っているのだろうけど、ワクワクするギターなんて自分にとっていないのだ。だからイグナシオがいなかったらスペインに居る意味も無いのだ。

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2017年11月18日 (土)

挫折

"モロンの田舎のギタリスト"になる夢はあっけなく消えてしまった。前の日まで練習していたアントニオが当日の昼突然「出ない」と言い出した。「風邪で喉が良くないので歌えない」と言う。周りも「せっかくだから出ろよ」と言うけど、体が悪いんじゃしょうがない。「いいから大事にしなよ」と慰めた。それでも「夕方ガジョに来てくれ」と言うから行ってみたけど来やしない。

撮影はしなきゃならないのでPensionistaに行ったらアントニオがカウンターの前でビールを飲んでいた。これには呆れたね。結局のところ「嘘つきの臆病者」だったんだね。最初から出ないと言えば良いのに,ほらでも吹いたんだろうけど、出汁にされた俺はバカみたいだ。それなりに準備はしたからね。騙されたのに気が付いて不機嫌になるよね。
平気な顔で酒なんぞ飲んでられるのは恥知らずでしかない。もうこいつとは関わりたくない。
(あぁやっぱりモロンのギタリストにはなれないなぁ。)ガッカリだね。

その為か、毎年見ているカンテも粗が目立ってつまらないカンテばっかり。ビデオ撮影がこんなに長く感じた事もないね。昨夜のヒタノとは皆大違いだもの。ギターも取り立てて良くはないし、普通。

(そろそろモロンはもういいかな?)と初めて思い始めた。カンテは誰もいないしね。やっぱっり”ヒタノのカンテ”じゃないとダメだなぁ。昨夜弾いたからまだ余韻が残ってるもの。モロンじゃああいう声はいないからね。セビージャにもあるのは解ったけど皆パジョみたいだしね。
でもへレスもなぁ行ってもモロンじゃ合わないしな。今のへレスにたいして魅力も感じないしね。自分独りだったら”Tres mil”に住みたいけどね。いつ死んでもいいんだし、セビージャ県だし。カミさんはへレスに行きたいらしいけどね。

終わったら直ぐに帰って途中でCocolocoに寄った。でもね何だか嫌な夜だった。そろそろ潮時かも知れないね。日本に帰る前に他の土地に住んでみるのもいいかもね。何だか全てが嫌んなってきた。人に裏切られるのは俺にとっては珍しいことじゃないけどね、どんなに良くしても人は必ず裏切るから。それでも何時も嫌な気持ちになるよね。慣れないね。

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2017年11月17日 (金)

無名の歌い手

ガジョでアントニオを待つ間テーブルで弾いてたら一人の男が入って来た。カウンターでパコと何か話しているが気に留めなかった。よくある売り込みだと思っていたからだ。バルには様々な品物を売りに来る。アラベ、ヒターノ、チノ大抵は村々を流れ歩いている人達だ。

そのうち小型のスピーカーからフラメンコが流れ始めた。聴くともなく聴いてたらオーソドックスで良いのだ。傍に行って見たら如何にも流れのヒターノのおじさん。誰も傍に行って話そうともしない。「何処から来たんだい?」「俺はへレスから来たんだ」「これお前が歌ってんの?」このディスクは俺のだよ」聴いてたらファンダンゴも良い。「いくら?」「5ユーロ」「1枚くれよ」でテーブルに戻って弾いてた。

ファンダンゴの練習。傍にやって来て歌い始めた。これがねぇ、とっても良いんだ。CDより良い。褐色のカンテだね。顔の色と同じ。何処かアグヘータの匂いも少しあるし、テレモートもほんの少し。ソレアは合うだろうか?思いながら弾いたら、喜んだね「お前チノかハポネ?」「ハポネだよ」そしたら即興でこんなハポネがいるんだ、みたいなレトラを歌った。いやぁこう云う種類のカンテはモロンじゃ無い。モロンのヒタノにもいないんだ。モロンで初めて弾いたな。昨日のセビージャの歌い手とは比べ物にならない。こう云うのとしたかったんだよね。アントニオが来たけど待ってもらう。気になったのかマヌエルも部屋から出て来た。

それからマヌエルが弾き、やっぱり真剣になるよね。いつもやってるのとは違うレベルだもの。言っておくけど普通の歌い手だよ。でもやっぱり違うの。名前はJose Manuela。聞いたことない名前。「俺はボヘミオだ」と言う。村々を流れているんだろね。フラメンコ ロコの一人だ。眼がね優しくてカンテになると表情が良いんだ。好きなのが目に現れてくる。それからカウンターでマヌエルと二人がかりで俺に歌いかけてくる展開に、二人ともカンテをよく知ってるんだよ。「それはVallejoじゃない、こう歌うんだ」とか、「これは誰それのカンテ」「初めて聴いたな」とマヌエル。なんと贅沢な時間だ。俺みたいにフラメンコってよく知らない人間にとって至福の刻だね。久しぶりにそう云う感覚を味わった。「今夜は全部奢っちゃうぞ」でも大した値段じゃないけど。

ちょっとフラメンコについてきたかな?モロンはいいよなぁ。これだけで充分幸せです。

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2017年11月16日 (木)

Sevilla

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Javier Herredia
のブレリア教室の一環としてバルで行われているフィエスタ クラスに参加した。カミさんのお供なので参加はしたけど、皆の邪魔にならないようにおとなしく座ってただけだけど。
見ていて昔エスペランサでやってた”ぺぺ島田さんのアイレ教室”を思い出してしまった。此処に2年くらいぺぺさんにギターを習いに行っていたので、よく知っている。やっている事は殆ど同じだ。けれども内容が全く違う事に気がつく。これは今だから気がついたのかもしれないね。例を挙げるとパルマの裏打ちがある。ぺぺさんの教室ではかなりの高速で打たれ裏もそれに入れていて、高度の技術の様に思える。プロ達(踊り手、ギタリスト)が大勢いたのだ。今の大御所なんぞと言われる人達だね。当時はパルマなんかを教えられる人はいなくぺぺ島田さんが初めて本格的に教えたといってよいと思う。

Javierの教室ではそれに比べれば凄くゆっくりとした、パルマを打つ。しかし打つパルマが全くニュアンスが違うのだ。言ってみれば高速で打たれるパルマは機械的でメトロノームの正確さを求めている。此処のパルマには表情がある。アシェントの事を言うのは同じだけどその位置がぺぺさんの場合常に同じ場所なんだ。ハビエルのアシェントはカンテの歌い方や、それ以外の乗り方でその都度コンパスの中で変わっていく。パルマで音楽を奏でるようにとは言ってたけど。でも大事なことは、体の中にそれを入れて欲しいと何度も言ってたね。その為の教室なんだと思うけどね。

ぺぺさんもきっと同じことを言いたかったんだと思う。けど生徒が体に身に着ける前に勝手に教室作って教え始めちゃったから、ぺぺさんが激怒したんだけど(本人から聞いたからね)、あれはこう云う事だったんだね、って今気が付いた。そりゃぁ怒る訳だわ。今や皆大御所だもんね、その人達。

ただ違うのはぺぺさんはフェステーロじゃないってこと。俺はフェステーロってフラメンコの神様から選ばれた人だと思ってるからね。そんじょそこらのコンパス持ってるのとは違うもの。それを学ぶのは大変だろうけどね。色んな事思い出して面白かったです。けどフェスタ教室であってフィエスタではないよね。当たり前だけど。

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自分にとっての目的は終わった後小林さんに教わったフェリアの近くのバルでやっているフラメンコを見たかったのだ。行ったら外まで人が溢れてて中からカンテとギターが聴こえる。(やってるなぁ)ちょいと覗いたら若いギターとおっちゃんが歌ってた。周りは人で一杯。決してきれいなバルじゃない。こう云う場所は自分の居場所だ。マドリのラ ソレアもこんな感じだったし、昔のナナだってこんなだったもの。自然に体が動いて一番良い処に行ってしまえる。ギターとカンテのすぐ前。カルボネリアだってウトレラのバルでもそうだったもの。Fandango Huelvaが多く歌われた。人気あるんだね。

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皆アフシオナード達だ。教室でおとなしくしてた、うっぷんが溜まっていて弾きたくて仕方がない。こんな初めての処でやるのは図々しいのかもしれないけど、かまうこっちゃない。「ちょっとギター貸してくれよ」「お前弾くの?いいよ」と渡してくれた。ブレリア。ソレアの方が良いけど、歌う人がいないみたいだし、雰囲気壊してもしょうがない。それとセビージャのギターが音が小さいし、モロンとは違うのにも気が付いてた。言ってみれば都会の軟弱さ、とお洒落なギター。だから田舎のモロンのコンパスだけで歌わせる様に仕向けたんだ。若いのもおっちゃんも普通に歌ったね。このくらいのカンテならモロンで何時もやってるのと変わらない。コードも変に変えず待ってた。気持良かったです。この緊張感がワクワクする。久しくこの緊張感がモロンじゃ無くなってた。やっぱりフラメンコって楽しいねぇ。自分にとっちゃこれが”フィエスタ”だもの。教室じゃなくね。何があるか解らないってのがね。やっぱり俺のは”飲み屋のフラメンコ”なんだな。ナナで育ったからね、そういうのって変わんないね。

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後で歌ったギタリストに「ありがとうな」って言ったら「あぁ、ありがとうな、お前のはアンティグアだな」だって。「そうだよ。フラメンコだもん」「あぁそうだな」だって。フラメンコっていいねぇ。それだけで解るからね。

カミさんが今にも飛び出して踊ろうとしたので、ビックリして止めたらブンむくれ「なんで止めんのよー!」と大激怒。(はぁ。。これだから参るんだよなぁ。毎回。)

フェリアの日本人の寿司屋に寄ってちょっと食べていくことにした。カミさんは久しぶりの日本酒の燗酒でやっと機嫌が治った。マグロとイクラの軍艦巻きでニコニコ顔になったけど、俺は飲めないんだよな、運転するから。こっちの機嫌は今一物調面だけど、まぁセビージャで弾けたからいいか。

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2017年11月14日 (火)

いよいよ始めるか

日本にいる時は木製の帆船模型を作っていた。初めて作ったキットはHMS BELLONAと云うイギリスの18世紀Ship of the line 70門艦

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モロンに来て帆船も紙で作れる事を知り、これまでも3隻作った。日本に帰ったとき買った同じBellonaのペーパーモデルを持ってきたのだけど、長い間放っておいたので紙が破れて来た。
帆船模型はやり始めると切りがなくなり、細かい細工が難しい。特にフレームの厚い紙材料が手に入らない。そこでレーザーカットのフレームをポーランドから買ってみた。
ヨーロッパなので1週間で就いた。

品物を見たら想像してより、細かい部品まで揃っていてビックリ。簀の子なんてカッターじゃ切り抜けないもの。これから計画立てて年末くらいから取り掛かろう。世界にはDorisさんなんて凄腕のモデラーがいるしね。どこまで出来るか解らないけど、暇つぶしには重すぎるけどな。

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2017年11月13日 (月)

Saray de los Reyes

11月のペーニャはSaray de los Reyesです。Sarayはペーニャに何度も出ていたけど、最近は見なかった。バイレなのでペーニャは一杯の人。小さい子供から姉妹、父親家族全員アルテスタ。

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Saray de los Reyes y su grupo

Saray de los Reyes(Baile)Pedro Sanchez(Toque)Jesusu CorbachoVazquez(Cante)
1部:Guitarra solo Granainas,Cante Solo Clombiana,Baile:Tarantos
ギター ソロは上手かったです。ちょっと長い気がしたけど良かったです。021
カンテのコルバチョは踊り手だと思ってたけどSarayの旦那なんだね。声が細いけど上手い歌い手だと思うけど、ガジョじゃClombianaは受けなかったみたい。028

SarayのTrantosは掛け値なしに良かったです。サライとLidea Valleと前には区別がつかなかった位で特に印象に残っていなかった。暫く見ないとビックリするほど変わってた。

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後から気が付いたのだが、体が前は痩せてたんだね。今は丁度良いバランスが取れてる気がする。それと年齢も油の乗りきる頃だと思う。珍しく1部で総立ちになりました。

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2部:カンテソロMalaguena,Huelva出身なのでFandangoの声がかかるも歌わなかった。節回しも何だか、なぞってる感じがする。

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バイレ:Solea por Buleriaこれも良かったです。こんなに良いとは思わなかった。今度はLidiaも見てみたいね。

447Fin de Fiestaは全員が舞台にあがり父親のJuan Reyesも姉妹も踊ったけどみんな上手いね。最後はギタリストのペリーコが踊って終わり。

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客席には昨日日本から帰ったばかりのAntonio Floresも来ていて、少ししゃべったけど、凄く日本に満足してたみたいだね。

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2017年11月11日 (土)

やっとこさ此処まで

夕方ファンダンゴ歌いのアントニオが訪ねて来た。初めて来たのでビックリした。「お前最近ガジョに来ないので探したんだ」だって。「来週ペンショニスタにお前出るんだぞ」「えーっ!俺が?」聞いてないぞ。「俺が弾いてお前が歌うのかい?」「そうだ」アントニオも初めて出るんだよね。

毎年ペンショニスタではカンテのコンサートを催す。その撮影には毎年行っていた。今年も勿論予定にいれてある。出演者は地元のアフシオナード達。ギターは大抵Alfonso ClavijoManolo Coronaoが弾いていた。本音を言うといつかは此処で弾きたいと思っていたのだ。

自分にとっては此処で弾けると云う事は地元のギターとして認められたことになるからだ。
他のセビージャやヘレスはいざ知らず、此処には外国人ギタリストは誰もいない。スペイン人の歌い手(アフシオナード達は特に)は地元のみんなの前で歌うのに何も外人のギターなんかで歌いたくないのが普通。言ってみれば差別されている(当たり前)。

他所で日本人が弾いたり、歌ったりする、けど大抵は商売がらみで、スペイン人プロ達から見て将来利用できるか、日本に呼んでもらえる可能性もある、それと安く使えるのかもしれない。昔は一杯タブラオで弾いてた時代もあったけど、今は時代が違う。何らかのお金が絡まないとそう簡単にやらせては貰えないのだ。日本にいれば違うのだろうけどね。モロンみたいな田舎はもっと違う。商売がらみなんて無いし、日本人だからって誰もヨイショしてくれない。それと、これはねバルなんかで遊ぶのとも違うからね。

自分の目標はずっと、”モロンの田舎のギタリスト”になることだった。それはいつかみんなと一緒の舞台に上がれる事が夢だったからね。上手い下手の問題じゃない、自分が皆に受け入れられる事だからだ。他の日本人の人達と違って、フラメンコの勉強や仕入れに来てるわけじゃないんだ。此処に住んで生活できるのが自分にとってのフラメンコなのだ。口じゃ言い表せないけどね。長い間かけて少しずつ謙虚にやってきたつもりだもの。誰も俺が日本人だから選ばれたんじゃない、ってのが解っているしね。

ところでアントニオのカンテは”全くの自己流”でコンパスや流れを考えないカンテ。つまり普通の他の人達と同じカンテじゃないのだ。さんならわかると思うけどね。感情をそのままぶつけてくる。どうしようか?、と思ったよ。今更変えられないから合わせるしかない。しかも自分にとってはファンダンゴは不得意の分野。考えてみたら自分だって大したこと無い、こりゃぁもう楽しむしかないわな(笑い)。当日どうなるか?自分でも楽しみ。
日本や他の何処にも認められなくても全然かまわない。やっと”モロンの田舎のギタリスト”の端っこに乗れたのだから。嬉しいこっちゃね。西出さんやっとこさっと此処まで来れましたよ。これからだけどね、もう後がないから。

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2017年11月 7日 (火)

ミニ フィエスタ

セビージャからKさんがモロンにやって来た。彼は退職後2か月セビージャ暮らし。「モロンに来ても何も無いよ」と言ったのだが一度は見てみたいらしく、ギターも弾くのでイグナシオのレッスンでも受けてみたらと進めた。

イグナシオにしろ誰にしろ、勝手にモロンに来て誰それが聴きたいから、と言われてもそんな事は自分には出来ない。以前そう云うのがあってセビージャからイグナシオに電話かけて「今からセビージャに出てきて弾けよ」と言った日本人がいたらしい。イグナシオは怒って切ってしまったそうだけど、当たり前だよね。レッスンならお金払うわけだし、其れで良ければどうぞ。だけど無理にとは言わない。こっちはそれだけ面倒だもの。

でも今まで誰も損はしなかったし、それ以上のものを受け取ったはずだ。それだけの物はイグナシオは惜しみなく出すからね。他のギタリストは知らないけど。イグナシオは友達を大事にするので顔をつぶすような事はしないんだ。自分もイグナシオを紹介したい人にだけしかしないもの。

Kさんは歌うので伴奏してもらったり、歌い方も「こうした方が良い」と歌って見せたりしてたね。

終わった後家族も呼んで食べることにしていた。今回は天婦羅、春巻き、鳥の唐揚げと日本風。イグナシオは天婦羅が大好きでソースを付けて食べる。春巻きが好評だった。

終わるとちょっとしたフィエスタ。カミさんはこの時とばかり歌うし踊るしで大はしゃぎ。エイフェニアも歌は上手い、けどイグナシオにはかなわない。今までで一番歌ったね。流石にJoseleroの孫だけあるよね。皆が気兼ねなく楽しめる。皆家族だもの。こう云うのが本当のPrivadaのFiestaなんだよね。楽しかったです。

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2017年11月 5日 (日)

Paco Gasolina

小里彩さんが作ったCDのスペインでも発売記念コンサートがあると見て行くことにしました。その日Capullo de Jerezのコンサートもあるのでついでに覗いてみることにしたのですが、行ったらSocioのみで入場できませんでした。カミさんはブン剥れ。

帰る途中Macanitaに会ったので「Pallillaの家で会ってマッサージしてあげたよ」と言ったら「覚えてるわ」だって。そんな訳無いんだけどね。良い感じだよね。

店をのぞいて一休みしてたら、カミさんの友達からメールがあり、「8時からカフェで日本の紹介があるので来てみたら?」との事。時間つぶしにはちょうど良いので行くことにした。ノルテの方で車でも時間がかかった。

T5お洒落なカフェにはかなりの人達。(まさかこの人達は皆日本に関心があるんじゃないよね?)日本からやって来たのは書道の先生(と云うかアルテスタ)始まる頃には50人以上詰めかけてビックリ!!こんなに日本の文化に興味がある人いるんだぁ?モロンじゃ皆無だものね。先生はNYでも開催していて、言葉は英語で解説。樽くんがそれをスペイン語に通訳。ここで自分たちのペーニャに行く時間になったので、残念ながらお別れ。パホーマンスを見てみたかったね。

Pana los Cernicalosは随分久しぶりで場所も忘れた程。此処に来ると思い出すのはAntonio Moneaの事。モネアが背広着てネクタイしてたのでカミさんとビックリ仰天したのを思い出す。
日本人も一杯来ていて流石にへレスだね。

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Paco Gasolina y Domingo Rubicho

(Tientos yTango,Alegrias,Fandango,Buleria/Solea,Fandango,Buleria)
CDを聴いて実は凄く楽しみにしていた。ガソリーナは前にも聴いた事あったけど、彼のソロのコンサートは初めて聴く。CDと生との聴き比べもできるしね。

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やっぱりCDと生では違うね。色々と感じさせられたし、どういうカンテかも肌で感じる。どういう歌い方しているのかCDじゃ解らないもの。
ガソリーナはやっぱりアフシオナードのカンテだね。頑固おやじの容貌そのものでカンテにも表れてる。あれほど区切る歌い方するんだぁ?
Fandangoに人気があり気を良くしたのか2部でも歌っていた。ブレリアはへレスの御得意だけど、Chozaの良さは感じられなかった。この手のブレリアの軽妙さはガソリーナのイメージじゃない感じ。このタイプを歌わせたらCarpinteroにはかなわないよ。へレスって皆が持ち上げるけど全部が良いわけじゃないよ。

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一番思ったのはカンテのレベルが昔とは大違いに下がっているんだなぁ、って実感するね。Agujeta,Riubichi,Terremoto,etcに比べたらCapullo、Zambo,,達は遥かにに及ばないものね。Gasolinsa達はその下だもの。

それとやっぱり白人のカンテだってのがよく解った。Diego Agujeta,やMiguel Gitano Bronceと比べて種類が違う。これは生で聴かなかったら自分には解らなかったね。

Domingo Rubichiのギターがとても良かったです。奇を衒わないで、実直にコンパスを刻み小難しい事やらなくても十分なんだよ。それでも思ったのはAntonio Agujetaや身内のファミリアの伴奏とは違うなぁ。

CDはパッケージが新しくなった。(持ってるので買わなかったけど)
行って良かったです。けど感動はしなかった。

 

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2017年11月 1日 (水)

初物

巷ではハロウィーンでモロンのカレーラでも仮装した人たちを見かけます。けれども仮装と云えばモロンではカルナバルだからね。町中の半数が仮装して練り歩くのは見ものだからハロウィーンごときでは驚かない。

ガジョの帰り路に”焼き栗屋”が出ていた。冬の風物詩だね。早速買って家で食べてみた。今年の栗の味は?カミさんは甘くて美味しいと言ってたけど去年の方が甘かった気がした。その前の年は美味くなかった。年によって栗の出来が違うんだよね。日本の天津甘栗に似てるけど、スペインのは自然で鉄板で焼き、ちょっぴり塩が降りかかる感じ。鉄板から紙に包んでくれる。いよいよ冬の季節。

スペインの政情は独立宣言した3日後に肝心のカタルーニャの大統領がベルギーに逃げ出して、これからどうなるのか?見てるとスペインらしいんだなぁ、って思う。普通に考えたら戒厳令、軍隊派遣にすぐになりそうだけど、そうはならない、あいまいさが良いよね。逃げちゃうってのも普通じゃ考えられないものね。そんな事最初から解っていなかったのかね?(解任される事Etc)言葉が解るともっと面白いのかもね。これで終息すれば「お見事」だけどね。

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