2012年1月31日 (火)

MAFLE

風邪をひいて病院に行って診察受けるとき、MFLEの保険カードが利くかどうか尋ねたら大丈夫だというので、治療費は払わなくてよいと思っていた。ところが治療請求書が送られてきてちょっと診てもらっただけで145ユーロも請求がきたのでMAFLEの事務所に聞きに行ったら、何と風邪のようなのは対象じゃない、しかも病院はセビージャしかなくモロンの病院は無いのだと。あれほど契約のとき大丈夫と請合っていてこの有様。こんな保険何の役にもたたない。年間14万も払って役に立たない保険じゃまるで詐欺。解約したけど今年は12月まで解約できないときた。踏んだり蹴ったりだ。日本の国民健康保険の方がマシ。MFLEはモロンにあるけど他の保険会社は無いと聞いたけど他にもあるじゃない。MFLEは高くて評判悪いらしい。こんな会社と契約したこっちが悪いのだけど、腹がたつ。言葉がわからないから引っ掛けられた気もする。スペインじゃ何があっても不思議じゃない。特に公共機関や大会社は信用おけないね。気をつけたほうがよいです。悪辣だね。

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2012年1月30日 (月)

カンポ

昼頃アンントニオに電話したら「これからカンポに飯食いに行くから一緒に行こう」と言うのでカミさんと出かけた。何時もの親戚のカンポじゃなく、ポーレンのエスパルテーロの先をモンテジャーノに向かう初めて通るだった。丘の上のフィンカに一杯車が来ていて結構大勢人が着ていた。フィエスタだというのでギターも持っていった。小さい子供から老人まで、家族連れが多い。知った顔も何人もいる。此処のオーナーは何とバル パビアの主人で元Son de la Fronteraのメンバーだったパコで「おうよく来たなぁ」と挨拶してくれた。もう皆飲んだり食べたりしていて、後から何人も料理とか持ち寄って来る。マヌエルの弟のキコも来たので(どういう展開になってもOK)と思っていた。レディア バジェ(踊り手)のお父さんと、テープのことについて話していた。前のお宝テープは彼の物だったからだ。まだ何本か持っているらしいけど、聞いたのを想像するとMairenaの物らしいので、あんまり興味は無い。モロンのアルテスタのを探しているんだから。でも色んな話していて「リディアが日本で仕事した時ナナに来てて、あんたの奥さんの伴奏したぜ」って言ったらビックリして「おうお前がアンドラーノみたいな奴か」って言ったけど(そりゃァ長井さんだよ。良かったな長井さん、アンタを覚えてくれてる人がモロンにいたぜ)って嬉しかったな。それからギター出して、青空の下で弾いたけど気持ちは良かったけど誰も無関心。キコとリディアの親父としばらくやってた。こんな空の下で弾くと音も通らなくて拡散してしまう。弾いても仕方ない、カンポを散歩したほうが良い。本当に此処は別世界だ。周りにフィンカが点在しているけど、丁度シエラの真裏で穏やかな丘が連なっている。セビージャやヘレスの都会に住んフラメンコだけ習っている人には想像も出来ないだろうね。田舎はいいよぉ。山はいいなぁ。何時かシエラに登るのが目標だけど歳なのであきらめてた。日本から帰ったら登ってみよう。麓まで車でいけるから大丈夫そうだな。モロンの人って意外な人がフィンカ持ってたりするんだね。だから侮れないんだよ。フィンカって家だけじゃなく何ヘクタールの農場も持っているって事だからね。

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2012年1月28日 (土)

ペレヒール

ペレヒールが亡くなったそうです。90年にペペ島田さん達と彼のバルでフィエスタみたいになった事があり、その後も尋ねていって家に上げてくれて奥さんとも話した事があった。何時あっても気さくで良い人だった。モロンに住み始めてからも尋ねていったけど、店が閉まっていて会えなかった。ペレヒールはサエタ歌いとしても知られていて、ペペさんと田舎のフィエスタ廻りもしたそうだ。最近本当にフラメンコや知っていた人が亡くなっている。アルテスタがなくなるとそのフラメンコが消えてしまう。録音は形骸に過ぎないのだ。本当に残念です。
ご冥福をお祈りします。

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Radio de Moron

一昨日アントニオと飲んだとき「お前明後日ラジオに出ろよな」と言うから「そうかい」と答えたんだけど前にもそんな話があって、結局ボツになって実のところあんまり心配してなかった。「お前とフランセとコロナオだ」って言うから(こりゃ本当かいな?)とコロナオに聞いたらどうやら本当らしい。それでもやるかどうか、疑わしいけど、本当にやるんだったらと思ってヘルンディーノを出したんだ。朝から風邪気味で薬を飲んで気をつけてアントニオと待ち合わせのミゲロンに行ったらマヌエルたちは来ていて飲んでいた。それを見てちょっと緊張していたのが馬鹿らしくなって一杯引っ掛けて行くことにした。ラジオでも何処でも公の場所で弾くのは好きじゃない。一つにはアガルからで、こう見えてもティミドなんだ。しかし前から一度Radio de Moronの中を見てみたかったのと、アントニオじゃ断れない。で生まれて初めてラジオ番組にゲスト出演した。アントニオの話の刺身の褄みたいなもので、外人が何でモロンに来てフラメンコを習っているのか?というよくある話だね。その中でちょっと弾くだけ。司会者は慣れていてスムーズに進んで行き、ちょこっとソレアを弾いた。何時もより慎重に弾いたので間違えはしなかったものの、平板だったかも知れない。弾いた事より答えたスペイン語が通じたかどうか?の方が心配だった。ロレンソもソレア。45分間の放送はあっという間に終わったのでほっとしたね。勿論生放送。終わってガジョに行ってずっと飲んでいた。顔見知りが「お前ら外人にモロンのフラメンコは解らないよ」と言われた。放送を聴いたのかもね。こういうのは珍しいけど、その通りだからね、別に腹も立たない。俺も何時もそう思っているので(まことにごもっとも)反論もしない。「あぁそうだよ。でもモロンが好きだからね」で終わり。"フラメンコ"なんて誰もわかりはしないよ。只それが好きか、そうじゃないか、だけだもの。”解った”フリしてもしょうがないやね。言われるまでも無く実際弾いたりしていたらそんなのは身に染みて感じているんだもの。それでも好きだからやっているだけの事。嫌いだけど金が儲かるからとか、さも解った事のように教えているプロも多いけどね、俺は所詮アマチュアだからね。そんなことする必要無いんだ。
ロレンソとコロナオは金の話しをしている。俺は金の話には近ずかない。だって(siempre pobre)だもの。しかし疲れた。緊張はしてたんだろうなぁ、飲み疲れかもね。Ofuuuuu...

...

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2012年1月27日 (金)

明暗

メルセデス モロンのお父さんが急に亡くなった。いつでも元気で病気なんてしそうも無いとても良い人だった。メルセの家族は続けて不幸に見舞われた。チカの死、メルセの体調不良、父の死だ。パンターノの教会に行くと大勢の人達が来ていて地元でも知られた人物だったのが偲ばれる。教会のお葬式は初めてだけど、悲しみは変わらない。親を失って悲しくない人なんて居ない。かける言葉さえ失ってしまう。教会にはPaco Amparo,Antonio Moya,Mari Pena,などフラメンコの人も見受けられた。

ガジョにペペが今日来いというので出かけた。二人でソレアをたっぷり1時間近くやっていた。フランセが来たのでフアンダンゴ。これはロレンソが弾いた。上手い。ペペも満足。俺はカンテは付いていけるようになったけどファルセータが弾けない。マヌエルも来てロレンソに教えていた。横で見ても参考になるけど直ぐ忘れるから駄目だね。珍しくDiego Valleも顔を見せ。チャコンも来た。色々やって遅くなってからチャコンにソレアを歌ってくれるように頼んだ。これがねぇ、いいんだよねぇ。50cmも離れないで弾いていると、息使いも取れるし、モロにカンテが来るからね。歌い終わってしばらくして自分が震えるような喜びに包まれた。気持ちいいぃ!!これがあるから止められないんだ。フラメンコっていいよぉ!シギリジャも歌ってくれて言うことなし。1対1だから逃げられない。追い込まれても弾かなくちゃならない。舞台の上でお金もらって弾くのとは訳が違うね。馴れ合いなんて出来ない。何歌うかもわからない。でもこんなの出来るんなら何言われても平気。(cabesa meronとかね)こんなにワクワク出来るんならね。Poco a pocoだけどね。下手は相変わらず。上手くなりたいけど無理だね。

考えたら俵さんはドローレスやアグヘータ、ヘレスやトリアーナのカンテを伴奏しているので俺の100倍くらい楽しかったんだろうね。時代もよかったし。羨ましいけどそれだけ大変だったろうなとも思える様になったね。凄い人だな、やっぱり。

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2012年1月26日 (木)

練習

ガジョの練習に何時ものコンデじゃなくてヘルンディーノを持っていった。これには理由があるけど、それは後でのこと。カンシオン歌いのロレンソとパシーリオ、後から別のアントニオが加わった。ギターはアルフオンソ、マヌエル、と3人。ロレンソの要望でグラナイーナを5Fのアリーバで弾く。けれでもそれはどう聴いてもフアンダンゴにしか聴こえない。歌っているのはグラナイーナだけどアリーバになるとフアンダンゴになってしまう。グラナイーナがフアンダンゴの一種だと理解できた。ロレンソはかなり自己主張が強い人間で他人が歌ってて居ても横から入るような奴。カンシオンやルンバが得意で弾き語りの喉自慢。フラメンコを歌ってもカンシオンから抜けられない。もう一人のアントニオもボニートでリブレ歌いだけど今日は綺麗なSolea de Trianaを歌って珍しく終わったら皆で拍手したくらい。ロレンソより上手い。ロレンソが弾き始めるとカンシオンだから皆合唱になる。俺はマイウエイとかそういうの聴きたくないので、そういうのが始まるとギター仕舞ってカウンターにいってしまう。我ながらずいぶん失礼だと思うけど、スペイン人だって嫌なときは離れてしまうからね。最近みんな解っていて「お前はこういうの嫌いだからな」と笑う。ガジョでそんなの聴いたってしょうがないからね。
ロレンソが切り無く歌うので「ちょっとフラメンコやらしてくれる?」と言ってペペと二人だけでソレア。これにも理由があるんだけど、とにかく気合入れて弾いた。フアルセータがもつれたけど、そんなの何でも無い。気持ちよかったぁ!ペペが良いカンテを歌ったので入り込めた感じ。久しぶりのヘルンディーノはヤッパリ良いギターだ。最近はイグナシオに貸してたので、音が変わったみたいだったけど、漸く自分の音に戻ってきた。なでるように弾いても綺麗に鳴る。カンテの伴奏には良い楽器だ。もう他のギターは買わなくてよい。
シギリジャも良かった。ロレンソが合わせて弾いても合わないので「ちょっとやめてくれよ」と断った。せっかく良いカンテに集中しているのに、変な音入れられたくないのだ。カンテが乗ったとき思わずギターを振りすぎたみたいでマヌエルが大笑い。でもこれも気持ちが良かった。カンテが良いと弾いてるほうは至福の時だ。(カウンターのお客がこっちにくるかな?)と思ってたら側に来たので(やったね)。他人が何を言おうとこれで充分満足。小理屈こねてたってしょうがない。もっと練習しなきゃね。チャコンがみてて「今度俺とソレアやろうな」だって。嬉しいじゃないか、そう言ってくれるだけでね。

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2012年1月25日 (水)

Jerez

テッペイ君がヘレスに行くというのでもう1年以上ヘレスに行ってなかったのでついでに送って行った。ヘレスはなんだか前より賑やかな感じだった。オスタル サンアンドレのホァンも覚えてくれていて、チェックインして、早速メルカドに行った。この時間帯に行くのは珍しく、いつもはもっと遅い時間なので殆ど終わりかけていたのだ。お目当てはマグロ。結構色んな店にも置いてあったけど、良いマグロが入っているという店が良かったので買ってみた。他にも生タラコ、海老、生鮭など、シャコも生きの良いのがあったし、他のも食べたいのが一杯あった。やっぱりヘレスまで来なくちゃ駄目だね魚は。1時間ちょっとで来れるからセビージャよりいいな。久しぶりなので街をブラブラしてフンダシオンを覗いたりしてサンティャゴのバル アルコに行った。モライートやテレモートなどヘレスは貴重なフラメンコを失った。バルの主人と話していると彼も沈痛な面持ちだった。モライートは通りを隔てた前の家に住んでいて小さい頃から一緒に育ったらしい。毎日この店に来ていたんだって。話のうちにパリージャも亡くなったのでその話から何と彼の息子とパリージャの娘アンナが結婚して孫ができたんだよ。と嬉しそうに写真を見せてくれた。驚いたね。自分達が見た頃は小さかったのにもうそんな歳なんだ。カンテも踊りも上手いぞって孫馬鹿ぶり、何処の国でも孫が可愛いのは一緒。[ALBOREA]という雑誌にモライートの特集があって「これフンダシオンでくれるよ」と教えてくれたので帰りに貰ってきた。これと生魚,皮ジャン買ってこれだけで来た甲斐はあったな。何時も開いたのを見たことが無かったサンボの魚屋も開いていて中にサンボがいたけど通り過ぎただけ。ヘレスに15年も住んでいるTさんと会って4人で食事した。彼女は東北地震のボランティアで日本に帰ってきたので色んな話が聞けて良かった。物事には必ず裏があるってこと。世間で言われてることと中は違っていたりするんだね。カミさんのレッスンがあるので直ぐにモロンに戻ってきた。やっぱりまだ疲れる。体が回復して無いんだ。我が家は今夜は当然にぎり寿司。
その間タラコと芥子明太子も作らなきゃならないので忙しい。

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2012年1月23日 (月)

Parada

今年初めてのフラメンコはパラーダでした。この2ヶ月間ペーニャのカンテに接していなく、かなり欲求不満が溜まっていたので、誰でもいいから見たい気分で、青木さんは帰り,テッペイ君はセビージャに出かけたのでカミさんと二人で出かけて行った。パラーダのPena Miguel Vargasはこれまで何回も行っていて、あまり裏切られた事の無いペーニャだ。誰かのHomenajeでカンテはせいぜい二人位と思っていた。パラダのペーニャはヒターノも多く、若い人から年寄りまで幅広く人数も多い。他の知っているペーニャとは異なっている。
最初Enrique Merchorの亡くなったことに黙祷みたいなのがあった。
此処は話が何時も長いので今回も1時間以上セレモニーがあった。

1.Tina Pavon y Erias (Siguiriya,Buleria)
Tinaはこれまで聴いたことが無く、最後まで誰だかわからなかった。シギリジャの歌い方は初めて聴いた歌い方で違和感はあったけど悪くは無かった。エリアスもちょっと弾き難いみたいで、音もいいの?て感じだったけどこれも悪くなかった。ブレリアもちょっと変わったのを歌っていて面白かった。

2. Antonio Reyes y Manuel Herrera(Solea,Fandango)
レジェはあんまり好きな歌い手じゃないけど、これまでで一番良かった。今日飲みながらマヌエル(別人)に聞いたら、フアンダンゴ良くなかったと言ったけど自分はフアンダンゴはまぁまぁだと思った。立ってマイク握って歌ったのが気に入らないらしい。ソレアは歌いだしがもたついて好きじゃない。が今風のではないのでまぁまぁ。歳を取ったら少しは良くなるかも?

3.Manuela Coldero,y Antonio Carrion (Solea Alegrias)
ソレアの最初が正調のアルカラ、直ぐ「アルカラ!」と声がかかった。珍しく鳥肌がたったソレアだった。こんな良い歌い手だった?と思った程。アレグリアスも良かった。カリオンはマイクの音が篭って聴こえて残念。コルデロは良かったなぁ。歳を取ったらもっと良くなるね。、此処で1部は終わり。

4. Luis Herrdia El Polaco y Manuel Herrera(Alerias,Solea)
オーソドックスなカンテ、でもちょっと変えたりしているけど普通のカンテ。マヌエルは今日は良かった。あんまり印象には残らなかった。

5. Segund Falcon y antonio Carrion(Solea , Alegrias)
声が薄いのに目一杯張り上げ、おまけに変なカンテの変化をつける。ピティンゴみたい。ウェェェイなんて。この日の出演者で唯一駄目。聴いてられないんだこういうのって。普通に歌えばいいものを変に格好つけて歌う薄っぺらなカンテ。猛禽類じゃないね。名前負け。マヌエルもレグラーと顔をしかめて終わり。

6. Algentina y Manul Herrera(Malaguena,Tientos y Tango)
初めて聴いた歌い手。美人で愛想も良くて初めによく喋ったので、(Se llama Copraの歌い手で喉自慢タイプ)だと思っていた。歌い始めると声が太くて、精細なカンテで中々良い。直ぐにベルディアーレスに入り結構良かった。ティエントもオーソドックスなレトラをオーソドックスに歌った感じ。カンテってこれでいいんだよね。これで充分説得力あるもの。フアルコンみたいにに色々付け加えてもかえって安っぽくなってしまうのとは、正反対。。よかったねぇ。いるんだね、プーロなカンテを歌うのが。

今日の公演は久しぶりに良いフラメンコに会った感じだった。これだけ見て無料。アンダルシアのペーニャはお勧めです。行ってよかったぁ!
帰りにヒターナの見た事ある人に会ったので「Hola」と挨拶したら向うも「Hola quetal bien?」と気軽にいったけど、誰だか名前が思い出せなく家で雑誌を読んでいて思い出した。そうだCarmen Ledesmaだった。セビージャのバルの通りで隣同士のテーブルで話した事もあったんだ。こんな所で会うなんてね。しかし俺って昔から人の名前を覚えられないんだね。

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2012年1月22日 (日)

合宿?

青木さんとテッペイ君が来て、今さながら我が家はギターの合宿所状態だ。ギターが3台ソフアーの上に並べてあり、四六時中ギターが鳴っている。イグナシオのレッスンの後は今のはどう弾くのかとか、喧々諤々、コンパスは?しかし同じフアルセータを教わってもその度に違うのでそれぞれが少しずつ違っている。今回はアルサプーアが多かった。アルサプーアのメカニコが今まで気ずかなかったほんのちょっとの事がわかった。イングナシオのアルサプーアは切れが良くて強いし、彼の演奏の特徴にもなっている。今日は自分のレッスン。ブレリアのカンテの伴奏。ブレリアの伴奏はガジョでやっているけど、イグナシオのはノリ方も切れも違うのでそれだけで充分練習になる。イグナシオは40分近く歌い続け弾き、歌の部分のコードの切り替えを教わった。モデルノのコードも知っている。イグナシオのコンパスに大分付いていけるようになった。一緒に弾いてると気持ちいい。もっとやらなければ駄目だなぁ。

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2012年1月21日 (土)

ウンコ

昨日から青木さんとテッペイ君が来て家は一気に賑やかに。しかし点検をしなかった排水が又詰まってしまった。毎回これがあると大変。しかも今回は二人もお客がいる。大家のメルセに電話したらアルフオンソもメルセも遠くにいて直ぐには対応できないとの返事。明日までは待てないし、仕方無いのでカミさんと二人で道具も無しで何とかしなきゃならない。今までも何回も詰まって見ているのでやり方はわかる。排水溝の蓋を外すとウンコが固まっている。覚悟を決めてカミさんが、その塊を袋に入れる。うちのカミさんはお嬢さん育ちじゃないし、農家の出なので嫌だけどやる。俺は見てるのと捨てるだけ。大分綺麗になってきた、けど肝心のトイレからの排水が出てない。仕方ないので自分の出番。排水溝に手を突っ込んで配水管の中のウンコを掻き取る、ヤッパリ詰まっている。大量の水をトイレから流しやっと通じた。汚れはするけど仕方が無い。モロンの田舎に住むって奇麗事じゃすまない、全部自分でやれなきゃならない。メルセにカミさんはモロネーラだと褒められた。メルセだってペンキ塗りや大抵の事をやるんだ。それがアンダルシアの女なんだって。俺達はお上品に育っていないのと職人なので大抵の事はできる。他人を頼ってたら何時になるか解らんからね。これでしばらく安心。汚い話だけれどもこれが実情。モロンのオスタルでもウンコ紙はトイレに流せません。

今青木さんとテッペイ君がレッスンを受けているけど、イグナシオは凄いなぁ!もっと俺も受けなくちゃ駄目だなぁ。

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