2018年11月19日 (月)

ペーニャ

帰国して時差ボケが酷いが、目的の一つカメラの修理があり、NIKONの修理センターに早速持ち込んだのだが、連絡が来て短いレンズは2.3日で出来る予定が2週間もかかるし、値段も高いんだって。近日使う予定があったもで待っちゃいられない。後から考えたら長い方も中古品でも修理代より安かったんだけどね。日本はなんでも高いね。
で中野に行ってみたけどブロードウェイには無かった。新宿に行こうとしてこの前来た時アクーステカの場所が解らなかったので日曜日で休みと思ったけど見ておこうと思って探してみた。そしたら店が開いていて隣のスペースで人が集まっていてフラメンコこれからやるみたいな雰囲気。で、可部さんがいたので、カメラ屋さんを教えてもらい案内してもらった。
此処は都内でも有数なショップみたいで目的の中古のレンズが買えたのでほっとして、お礼を言おうと帰りに寄ったら自分と同じくらいの年齢の人達がギターを持って練習を始めるところ。ペーニャになっているらしく旧知の千葉さんや土田さんもいた。後から薫さんも来てビックリ。皆古い顔なじみ。で自分としては同じアフシオナード、同じ年代のおじさんたちに興味があった。(どんなフラメンコやるんだろう?)てね。で入れてもらうことにしたんだ。
真剣に見ましたよ。そしたらね、自分も頑張らなくっちゃなぁ。って本当に思えたね。モロンで最近(もういいや。。もうお仕舞にしよう)と思っていた最中だったからね。自分より年上の千葉さんたちがやってるの見て(俺ももう少しやってみようかな)と思ったものね。
でね皆とても雰囲気が良いの。スペインのフィエスタとは違うけどOさん所もこんなだったなぁ、って思い出した。スペインのTorre MacalenaJuan Talegaもこう云うのやってるよね。カミさんが「日本人の方がフラメンコ楽しんでいる人が多いよ」って言ってたのはこう云う事なんだろね。日本にいた10年前はペーニャと名前の偉そうな講釈たれる先生が大勢いて教室の発表会とどう違うんだ?なんてのばっかりだったけど、変わってきたんだねぇ。
偶然とはいえ何かまだ日本のフラメンコとご縁があるのかもね。ちょこっと最後に弾かせてもらったけど、あんなもんだよな。ギター触っただけ良しとする。家に帰ってオンボロギターだして練習してみよ。いやぁ楽しかったです。加部さんありがとうございました。お陰でレンズも買えたしほっとしたな。

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2018年11月17日 (土)

帰国

帰国しました。モロンからArahalまでアントニオに自分の車で運んでもらい11時15分発マドリッド空港まで8時間。マドリッドから帰国するのは初めてで戸惑った。T1からT4まではバスで行く。其処までは何処からでるのか解らず案内が出るまで待機。やっと出てからTSまでシャトルに乗るのに地下まで。其処でもゲートがでるまで待つ。出発は午後1時15分。しかしIBERIA航空は珍しく定刻離陸。此処までで14時間経っていた。
初めて直行便に乗ったが飛行時間13時間は長いね。機内では殆ど映画をみていた。この為に落語の長物を複数Ipodに入れて来たけど騒音で殆ど役に立たなかった。
1 港バスで最寄り駅まで2時間。いやぁ東京ってやっぱり凄いね。ホント外国人みたいに窓から眺めてた。空気が息苦しい。娘が車で迎えに来てくれ駅ビルで食事した。美登利寿司。昔は何度も梅が丘の本店に行ってたけど10何年振りくらい。もう一杯食べれないけど美味しかったねぇ。やっぱり日本だわ。娘の家に着いたのが4時。Doa to Doaで30時間。疲れたぁ。
歳には勝てないね。来週からネット環境が無いけど仕方ないね。

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2018年11月12日 (月)

Mercede de Moron

昨日マドリッド往復して今日は最後のペーニャ。疲れました。
地元のメルセが久しぶりに出るのでペーニャは満員です。Paco del Gastor,Carmen Lozano,Rafael de Utreraそして考えもしなかったゲストがでました。
3_2 Mercedes de Moron y su Grupo(G: Agustin Rios ,Cante Jesus Flores y El Pechuguita)
4 メルセのバイレは最近ではTorre Macalenaで見て以来です。前より少し太ったかな?とちょっと危惧したけど、そんな心配はいらなかったね。
5 自分はメルセの踊りはいつ見ても変わらず、何時も満足している。実は自分にとってこういうのも珍しい。メルセの踊りは一言で”鉄火肌”だ。足も強いけどそれより気持ちが強いし、畳みかけた瞬間観客は思わず立ち上がってしまう。それは単に上手さではなく熱いものが引っ張り込んでしまう様なんだ。
13 踊り手も一杯みてきたけど、スペクタクル専門の踊り手たちとは違うね。もっとフラメンコの根っこに近い。
11 Fin de FiestaではモロンのCarmen Lozano,Rafael de Utreraや娘のCarmenも舞台に上がった。一人何処の娘さん?と云う程の普通の人が出ていてマリアって呼ばれてた。けどそれまで彼女がMaria Terremotoだと気が付かなかったんだ。これまで何度も見ているのにかかわらず。スッピンで普通の地味な服着ていたんでね。だけど歌い始めたら思わず(こりゃぁ別格だわな)と思ったね。踊り歌のJesusとは全然違うもの。しかし、なんでモロンに来てたんだ?不思議だ。一寸話したけどとっても良い子だね。
1 とにかくお得感満載のペーニャでした。がもう日本に帰らなきゃならないので準備もあるし、ペーニャの作業もしなくちゃならないのですぐに帰りました。

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2018年11月 8日 (木)

浦島太郎の玉手箱

童話浦島太郎が助けた亀に連れられた竜宮城で楽しく暮らして帰る時乙姫様から開けてはいけないと言われた玉手箱を開いたら,たちまちお爺さんになってしまったと云うお話。
あの玉手箱の中には一体何が入っていたんだろう?と考えてしまう。きっと竜宮城では貴重なお宝だったのだが現世では何の価値もないもので煙のように消えてしまう物だったんだろうなぁ?竜宮城では金銀は何の役にも立たない物なのでお宝では無かったんだね。別の価値があった物だと思う。だから乙姫様は開けてはいけないといったんだと思う。落胆するのが目に見えてたからだ。
こんな事考えていたのは、ようやく撮りためたビデオの整理がついたからなんだ。その作業中(こんな事して何になるんだ)と思って上の思考になったんだね。9年分のフラメンコシーンはかなりの量があり、こんなにも見ていたんだ、と思う程だけど終わってしまえば何の事も無い。こういうのは日本に帰っても何の価値もないだろうし、解らないだろうしね。HD箱は自分にとっての玉手箱みたいな物なんだよね。自分もよく(モロンは俺にとっての竜宮城みたいなものだな)って思ってたからだ。価値が見いだせる場所でこそお宝なんだと思うようになったんだ。
日本に持ち帰っても何の役にも立たないならモロンに置いてくのが一番良い。本やCDもしかり。浦島太郎だって玉手箱もらおうが貰うまいが末路は同じだったと思うね。それでもまだやり残したことは残っているので来年モロンに帰ってから残りをやるつもり。いつ死んでも心残りの無いようにね。

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2018年11月 6日 (火)

Concurso de Cantre Solea de Alcala

その夜は他の予定も入れていた。OsunaのRocio CarrascoかAlcalaか迷ったけどウトレラからは近かいのでアルカラに行った。此処のコンクールは毎年来たかったのだが最近ご無沙汰していた。ペーニャにはモロンのコレクターPaco Aguilarも来ていた。彼は何処に行っても何時も奥さんときているし、何処でも顔なじみの様だね。
出場者とヌメロ
1_2 1. Amario Maleos (Estepa) Solea de Alcala,Mariana,Alegrias
2_2 2. Elena Barrea Rodoriguez (Moron de la Frontera)Alegrias,Solea de Alcala,Cante Levante
3_2 3. Francisco Herredia (Ecija) Solea de Alcala
此処のコンクールはSolea de Alcala部門とその他のカンテみたいだったので意外だった。特別部門がSolea de Alcalaなのは解るけどね。モロンで言ったらSolea de Apolaになる。普通はCante Jondo(Solea Siguiriya,etc)con Compas(Alegrias,Buleria etc)Cante Libreを唄う。
此処に来たのは勿論Solea de Alcalaを聴くため。当日5人の予定が3人しか出なかった。これも良くあること。5_2
で思った通りと云うか、Solea de Alcalaを唄えたのは一人もいなかった。最後のFranciscoだけはサリーダ、最初のレトラだけは似ていたけど後は全部踊り歌みたいな一般的なもの。
でもこの前のHomenaje Manolito Mariaでも地元の歌い手が大勢出たけど誰も歌えてなかったからね。モロンのElenaは名前だけで解らなかったんだけど、本人はよく知ってる歌い手。Leliのグループで歌っていてサエタ歌いでもある。ギターはPuebraのPepe Francesその他はオフィシャルのJoselito de Puraが弾いていた。前はNino Eliasが弾いてたのだが交代したんだ。
4_2 目的はカンテよりJoseのギターを聴くことだったのだが、2人しか聴けなく残念だった。最近JoseはPaco del Gastorの影響がみられるのと、モロンのギターに近い弾き方なので好きなギタリストの一人。やっぱりFrancesは比べると差がでてしまうな。Leliの方が良いのにね。
今日はレグラーの日だった。ウトレラに未練は無いけどOsunaに行った方が良かったかも知れないな。

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2018年11月 4日 (日)

Benefico en Utrera

2 Beneficoって慈善の意味があり、今回もウトレラの娘さんの病気のためのFestivalでした。12時からというので(随分早いな)と思いながら場所が闘牛場なので冬で温かい内にやるんだろうな?と思っていた。?12時に着いてみたらまだ椅子を並べているところ。お客も殆どいない。(こりゃぁ相当遅れるな)と思って、でも日向は温かく風もないのでビールのんでぼうっとしてた。スペインじゃ待つのは当たり前。でも4時間近く待たされたのは初めてで流石に参ったね。その時でお客は3割くらいしかいない。
1 司会もなく唐突に1番目のグループが始まった。カンテ、ギター、カホンのグループ。この編成が全部に共通したスタイル。ウトレラのアマチュアのセビージャーナス。ルンバ、カンシオン。フェリアのカセータで歌ってると一緒。これが7時まで延々と3時間くらい聴かされたら、いい加減嫌になった。3 お隣の客に聞いたら夜の10時か11時ころまでやるんだって。最後に若いグループのFin de Fiestaがあったけど、それを見てから次の場所に行こうとしたら、日本人の10人くらいのグループが来ていた。皆セビージャから来たみたい。この後セビージャからプロの歌い手たちが来るらしかったけど、もういいや。どんなことやるか見当もつくし有名だからって風邪ひいてまで見る事はないやね。4
お客に「何処にフラメンコあるんだ?」って聞いたら「今やってるだろう」って言われたけど「Fernanda,Berunardaは何処に行ったんだい?」って聞いたら苦笑いしてるの。これを見る限りじゃもうウトレラにフラメンコなんて無いよ。皆西欧被ればっかり。詰まんねぇの。モロンで言ったらマリコンカンテだよな。5
後でみたらやっぱりセビージャから来てたみたいだけど、別に見なくても良かった。でアルカラに向かったんだけど。。。

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2018年10月28日 (日)

Pepe El Boleco y Antonio Garcia

先週の土曜日嵐の為行けなかったBolecoを観にArahalに行った。多分先週は中止になったので振り替えかもしれないけど、見れたのは良い事だった。会場は満員。人気の高さが伺えるね。この前Funiさんの家でも話題になっていたものね。

41 Pepe El Boleco y Antonio Garcia (Solea por Buleria,Malaguena,Tangos,Romance,Siguiriya,Solea,Buleria,Fandango)

61 司会者が彼の紹介でJoven Viejoと呼んでいた。これにはなるほどねぇ、上手いこと言うね。
Bolecoのカンテはこれまでも聴いてきた、けどこの年代(10代)はアルテが伸びる歳なんだね。だから1年前に聴いてと、今聴いての判断がガラッと違うこともある。Maria Terremotoもそうだしね。特に売れてる時はそうだよね。

81 まぁ言ってしまうけど、(何でこんな風に唄えるんだ?)ビックリ!!前見たとき(2が月くらい前)と更に進化していた気がする。それにBolecoのカンテは良く言われる「若いのに古い歌い手の様に歌える」というものだけど、それだけじゃない気もする。前に見たMiguel Funiのカンテの出し方で書いたけど、それと同じ様な出し方をしてた気がする。聴いててFuniさんを思い出したからね。例えばCamaronを唄っても他の歌い手はCamaronに近かずけようと真似するけどBolecoはそうじゃないもの。あくまで自分のカンテとして唄ってる感じがした。

71 Bolecoのカンテは今流行りの例えばRacapino Chico,Pedro Granaino,Antonio Reyeやその他喉自慢の歌い手達とは明らかに種類の違う歌い手だと思う。上手さでいってもAntonio Agujetaと匹敵するくらいだ。自分にとって聴いててワクワクする歌い手なんて数えるほどしかいない、Bolecoはその一人になったかも知れないな。

91 このCocolate色の若いGitanoのカンテは自分にとってCante Gitanoを感じさせてくれる。、それはManuel AgujetaやMiguel Funi、Fernandilloみたいな漢のカンテなんだよ。、ヒタノが歌えばCante Gitanoだというかも知れないけど自分にとってのCante Gitanoってこう云うのを言う。今までそう云う感じがするのは若い歌い手じゃいなかったもの。

これからまだまだ変わると思うけど、楽しみな歌い手だね。他にもManuel de Tomasaもいるし、今度は彼のだけのも聴いてみたいね。モロンに住んでて良かったよ。こう云うのをタダで見れるんだもの。多分今年最後のカンテだと思うけど無理しても行って良かったです。
段々カンテも戻って来たのかも知れないね。チャラチャラカンテじゃ飽きられるもの。

1 ギターのAntonio Garciaも良かったです。最初Piruliのようなコンパスを見せたので、どうかな?と思ったけどモロンの影響も感じさせて、客席からも「モロン!」て掛かってた。まぁ隣村だものね。モデルノじゃないし、中々良いギターでした。

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2018年10月22日 (月)

Iniesta Cortez y su Grupo

モロンは嵐で車が水没した地域も出ています。ペーニャは6分の入り。初めて見る踊り手です。
4_2 Iniesta Cortes (Baile)El Qunini ,El Mati (Cante) Miguel Pelez(Guitarra)
Guajira(Guitarra Solo)Alegrias(Cante)Siguiriya(Baile)Malaguena(Cante)Solea(Baile)
7 ギターは見たことある人でしたが、モデルノ?ソロは何だかよく解りません。上手いのは勿論ですが、色々混ざっている感じでHabraCodaの気もしたね。
1 カンテはカミさんは「ヘレスのグループで来ていた」と言ってたけど憶えてなかった。踊り歌で何だか軽い気がした。
6 バイレも普通の踊り手。気合も良いし、良いんだけどモロンで言ったらMaria Montanoと同じくらいのクラスとはこれまたカミさんの言。まぁ普通のフラメンコでした。総立ちとはいかなかったね。悪くはなかったけど、普通。

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2018年10月20日 (土)

Lebrija -Jerez

モロンは嵐の後急に夏から初冬になりました。今日は雨の合間に晴れたのでLebrijaに行った。特に急ぐ予定無くドライブを楽しんだ。アンダルシアって平野でもかなり起伏があり幹線道路を別にすれば曲がりくねった道だ。片側1車線の道を普通で100km/h以上で走る。その為広間でもライトを点灯している。普通で制限速度90km/h。なのでドライブを楽しむのも神経使う。

Lebrijaには約1時間15分、Funiさんは元気だった。この前のDVDを渡し少し話して、せっかくだからJerezに寄ってく事にした。以外に遠くて30分以上かかった。何時もヘレスに入る道とは違うので迷ったけど何とか何時もの道に出た。駐車が上手く出来たので良かった。

20181019_141712


何時もの中古屋ツを覗いたが欲しいものは無く戻ったらバルの中でフラメンコをやってた。此処は有名なTabanco Pasaje古くからライブをやっている。丁度ぶつかったんだね。で、入ってボカイージョ齧りながらビール飲みながら見てた。カンテの若いのがタンゴを唄ってた。まぁ普通。女性のAlegriasのバイレは良かったです。狭い舞台で表情豊かに踊ってた。見てて日本人の無表情さと比べてしまったね。顔もそうだけど、踊りの表情も無いのと有るのと大違いだから。ブレリアはね、普通だよね、ヘレスだもん。

帰りは幹線道路(日本の高速道路、制限速度120km/h。自分のオペルは小型なんだけど140km/hだしてしまった。駄目だよね気をつけよう。久しぶりに昼の運転で気分が良かった。

日本に帰ったらドライブなんて出来ないものね。

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2018年10月13日 (土)

Miguel Funi en Pena Torre Macalena

1 セビージャのPena Torre Macalenaには多くの日本人女性達がいました。Antonio Gamez,La Debra夫妻、Jose de la Tomasa、萩原淳子夫妻も来て今いた.。会場は9分の入り。
91 Miguel Funi y Antonio Moya ,Palmero Javier Herredia,Luis Pena
(Solea por Buleria,Cantina,Siguiriya,Fandango,Buleria)
フラメンコを見るのに適した場所って自分にはPenaが一番良いと思っている。プライベートのフィエスタは別にして。此処のペーニャはマイク無が普通。(他Galloでもマイクは使う。)その為)生歌が聴ける。これはカンテを聴くのには本当の声が直に聴けるので良いことです。
4 Miguel Funi見るとねやっぱりUnicoだと何時も思ってしまう。それとねカンテを唄うってこう云う歌い方をするのがプーロなんだと思うね。今みたいな音楽カンテで声がでかけりゃいい、ってもんじゃねぇのよ。もっと繊細なんだって。ホンのちょっとの体の動き、揺らせ、矯め。それだけで感じさせられることが出来るんだな。
5 Sigiriyaは好きなんだけど、Fandangoは多分今までFuniのは聴いた記憶がない。Cantinaもね良かったし、マイク無でも声が通ってた。タダ後ろでビデオ撮ってる会員がべちゃべちゃ喋って煩かったね。
13 Buleriaでは「Torelo!」とハレオが掛かってたけど,皆何を期待しているのか解るけど俺にとっちゃFuniのカンテが聴ける方だけでも良い。そのブレリアだけど珍しく一般受けするようなのを唄ってたな。新しい物にもチャレンジかね、80歳で、凄いねどうも。俺なんて8つも下だけどなぁ。アンコールで3回もブレリア歌うってね、凄すぎないですか?
7 とても良かったです。こう云うアルテってなくなったらそれでお仕舞。誰も出来ない物だもの。これからも長生きして元気でまた見せてくださいな。

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