2012年5月19日 (土)

セビジャーナス

モロンのバルに座っていると本当に不思議な気分になる。カジェでは色々な出来事が進行にているけど、なぁんにも関係なくアンダルシアのモロンに居ること自体が不思議。只ぼうっとしているだけだけどなぁ。

ガジョで今日は何時ものグループの練習。マヌエルが遅れたのでブレリアやソレアを弾いてた。少し元に戻った感じ。まだ大分おかしいね。
今日はロレンソは休み。初めてのセビジャーナスの練習は凄愴だった。ペペもマヌエルも昔其々グループに入っていたらしく、唄い方、入り方一つで論争というか、大喧嘩してるみたいでビックリ。何時ものカンテの練習では見かけない事なのだ。言葉ひとつで大騒ぎ。練習している歌とは別に勝手に唄いだしたり、オリジナルを聴いたりと熱心だし厳しい。セビジャーナスは昔弾いたくらいでやる機会が無かったので初心者。こんなに厳しくやっているとは思わなかった。でもこういうの厳しくやりたかったからね、これから少しずつ覚えて行こう。カンテも唄えればいいねぇ。ファンダンゴ ウエルバも一杯やるし、これはこれで頑張ろう。今日は見学みたいなものだった。イグナシオのレッスンも来週から受けることにする。何もかも少しずつ最初からやり直し。でも楽しい。慾をかかないで少しずつ、あせらないでゆっくりと。。。

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2012年5月18日 (金)

練習

日本から帰ってからまだ1週間も経たないので疲れも抜けないし時差ボケもまだ少し残っている。今週はゆっくり休もうとしたけどやること多くて中々そうもいかない。カミさんはメルセの教室に行き始めた。送り迎えの毎日が始まった。
カジョでペペが「今日2人だけでやるから来い」だって。で、行ったらお客が誰も来ないのでたっぷり伴奏できた。Buleria,Solea,Siguiriya,Alegrias.。ペペが今練習しているカンテをやる。音も採れない事が多い。けど何より自分が弾けない。日本に帰っている間殆ど弾かなかったのもあるけど感覚が悪くなっていた。カンテに反応が鈍い。指も動かない。何だか変。日本のフラメンコにどっぷり浸かったわけでもないのにオカシクなっていた。「Cabesa Meron]だ。参ったね。でも段々思いだしてきたけど元の感覚にはなれなかった。でもやっとモロンに戻れたみたいで嬉しい。今日は1時間30分弾き放し。指が動かなくなった。練習不足。でも楽しかったね。ペペは俺が居ない間セビジャーナスばっかりで参ってたらしい。明日はそのセビジャーナス グループの練習がある。俺もメンバーになるみたいだね。今年のフェリアに出るみたいだ。意外とセビジャーナスって好きなんです。セビジャーナスのグループに入れてもらいたかったのでラッキー。Paquiriが「ソレア弾かしてやるからな」だって。無理しないpoco a pocoだね。ゆっくりやって行こう。まずは寝不足解消。

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2012年5月17日 (木)

ガスパチョ

モロンは朝から暑くて37度。夜も10時近くなってから人々が外に出てくる。バルの外のテーブルは一杯。今はカラコレの季節だ。レタマレでは大釜で煮たカラコレと小さいコップに入れた煮汁が別々に出る。今年のカラコレは去年より小粒のような気がするなぁ。カラコレを食べる時皆無口になる、しかも食べるのが早い。カミさんはレタマレがお気に入りだが自分はガジョの方が美味しい。上品な味付け。カラコレも良い物を使っている。煮汁と一緒に出るがセビージャはセコが多いみたい。大きめのカブリージャは味付けが違う。

気温は夏なので各家庭ではもうガスパチョを作っている。八百屋に行くとトマトを皆選んで買っている。家でも今年初めてのガスパチョを作った。それぞれのやり方だけど、家はエンカルナに習ったもの。ガスパチョとトルテージャは自分が作る。中国屋でちょっと高いトマトを買ってみた。毎年の事ながら最初は作り方に戸惑うけど、やっているうちに思い出す。といってもトマト、カラバシン、ピメント、アホをミキサーするだけ。パンは入れない。ビナグレとオリーブ油を少し入れて塩で味を調えて、ビニールの網で濾す。冷蔵庫に入れて冷やせば出来上がり。簡単。
出来はちょっと味がボケた感じ。塩が少し足りない。色が赤いトマトなのに薄い色で何故なんだ?これから毎日のように作る事になる。アンダルシアの夏の到来だ。

サングラスが壊れたけど自分で直す。冷蔵庫、ビデオは専門店だけど、自分で出来るものはやらなくっちゃね。帰ってから何かしらが壊れてるみたいだ。自動車の税金も払った。

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2012年5月15日 (火)

フィエスタ

ペーニャが終わって直ぐ車に乗り込んだ。アントニオの甥の子供の”洗礼式のフィエスタ”にマヌエルと招かれたのだ。以前行ったことのあるカンポだったので迷わなかった。大勢の人達が外のテントの下で座って飲んだり食べたりしていた。マヌエルは先に来ていて、しかし暑い!!子供達は裸で水道の水を掛けてもらい大はしゃぎ。アントニオが作ったパエージャが凄く美味しかった。暑いけど屋外は気持ちがいい。座ってのんびり飲んだりしてるだけでいいなぁ。甥のカブリートもやってきた。この前のプルーナのマタンサ以来だ。1

暫くしてギターを出してマヌエルと交互に弾く。ブレリア。マヌエルが弾いてると後ろからVinoのコルクを抜きながらホセが唄い掛ける。少しずつフラメンコがやってくるんだ。マヌエルが唄って俺が弾く。だんだん周りにおじさん達が椅子を持って来る。パルマ。時々抜けて写真撮り。招待のお返しだ。カブリートの伴奏、ソレア。難しいのを唄ったけど頭が付いていけない。ファルーカはCabreroのカンテ。惨敗だった。前にやって失敗して練習するよって言ってたのに。自業自得。それから3時間くらい唄ったりすると、寝不足と暑さで頭がボウっとなってしまった。

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良いチャンスなのと、こういうところで弾かなければ身につかないのでテッペイ君にギターを渡す。最初は何時も弾いてるのが弾けない。それが普通、今までそんな経験はモロンで嫌って程してきた。其処で弾けるのだけが自分の物なんだ。部屋での練習やレッスンとは違うのだ。カンテだってどんなのが出るのか判らない。でも彼はまぁまぁ付いていけたので良かったね。

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カブリートはマヌエルの傍に腰を落ち着けた。次々に唄う。しかし此処からが”Manuel Coronao”の本領が発揮される。マヌエルが弾き唄い周りを笑わせ留まる事を知らない。こんな事できる人はマヌエルしか知らない。今ではフィエスタのギタリストはカンテの伴奏が主で少しは唄うだろうけど、時間がくれば終わりみたいな事が多いみたい。(フィエスタ自体無い)マヌエルはこれでもか、という程お客を満足させ自分も楽しんでいるみたいだ。今はもう滅びてしまった、昔のフィエスタのギタリストの生き残り”職人”。Paco や Juan,Ignacio達に出来ない物を持っている。ただ「上手く弾ける」、だけじゃ駄目なんだよ。しかし本当によくカンテを知ってるなぁ。
彼らのエネルギーは半端じゃないね。時差ぼけも治らず最後は眠くて参った。でも楽しかったぁ。もっと最初からやり直しだ。反省。Ofuuuuu..

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2012年5月14日 (月)

フンコ  ガジ カベサ

カタカナで並べると何だか変ですな。まだ時差ボケも治らず、頭がボウっとしている。モロンはこのところ暑くて今日は37度。5月では過去最高の38度を記録したそうだ。歩いていてもお湯の中みたい。今日は車でペーニャまで行った。会長のDiegoも何時もの様に訳の判らない事を言う。半分は顔見知りなので挨拶が大変。今日は何時ものペーニャじゃなくてセビージャ県のペーニャ連盟みたいの主催。例年やっている。これは講義が長いのでスペイン語が判らない身にとって退屈。

Baile:Juan .J.Jaen"Arroyo"El Junco"
Cante:David Sanchez"El Galli"
Guitarra:Rafael  Rodriguez "El Cabeza"

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Siguiriyaから始まった。Juncoは前にもペーニャに出たことがあって、モロンでは人気が高い。長身でハンサム。狭い舞台ではちょっともてあまし気味みただったけどだんだん良くなる。ガジがとても良かった。地元で家族が皆来ているものね。しかし短くてあっという間に終わった感じ。

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GalliのCantinas。モロンの歌い手は下手な小細工しないでストレートに唄う感じ。Cabezaが凄く良かったね。音の使い方が独特で状況で変化させてた。ガジも乗って楽しそうだった。ガジは初め見たときより断然良くなっている。安定した歌い手。踊り歌の方が良いかもしれない。もう一人のモイと並ぶモロンの歌い手だ。

Soleaはオーソドックスで地味な感じだったけどブレリアに入ってガラっと変わった。アイレが良いんだね。ものすごく楽しそうに踊る。フラメンコが好きなんだね。しかしカベサの伴奏も良かった。Moronのファルセータを使って恰好が良かった。勿論観客は大喜び。

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Fin de FiestaはJuncoが唄いGaliiが弾きCabezaが唄い踊ったのでビックり。Galliのギターは初めて聴いたけど上手いねぇ。Cabezaのアイレにまたビックリ。この人凄いよ。普通あまり前に出てこないけどこの日はよほど気分が良かったんだろうね。自分にはCabezaが印象的だった。とても楽しくて良いもの見た感じだった。

良い事だけじゃなくてビデオを落としてしまい液晶が割れてしまった。修理に出さなくちゃ。帰ってから洗濯機が壊れたり、今度はビデオ。セビージャまで行かなくちゃならない。

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2012年5月13日 (日)

早速

モロンを歩いていると知りあいが皆声をかけてくる。「久しぶり、家族は皆元気だったか?」と握手してくる。嬉しいね、忘れられて無かったんだね。他の人は(誰だこのチノは?)って怪訝な顔されるけどね。
ガジョに行ったらマヌエルが「お前今日頼むな」だって。他の人は「明日頼むよー」今夜はテアトロでマヌエル達の新しいグループ「Luna de Cal]が出るらしい。「何やるんだ?」って言ったら「うぅん、ムニャッムニャ」と歯切れが悪い。アルフオンソは「良く帰ったなぁ、明日はペーニャだぞ」だって。皆ドミノを中断して握手してくれる。やっぱりほっとする。
モロン弁でマヌエルは唄い、話しまくるのを黙って聴いてる。この感じがいいねぇ。やっぱりモロンはいいなぁ。

いい気分で飲んで帰りにJuan del Gastorがレタマレで仲間と飲んでたので挨拶。アントニオが来たのでまた飲んでしまった。家に帰り爆睡したらギターの音がガンガンしてたので目が覚めた。テッペイ君がエステポーナから帰ってきていた。留守中の話を聞いたり、ギター弾いたり、いつもの時間が戻ってきた。

時間が来たのでテアトロに行ったらもう満員。ポスター見たら色んな教室の発表会みたい。そりゃあ満員になるわな。トップバッターが{luna de Cal]
このグループって何時もガジョでやってるメンバーじゃないか。何時の間にかグループ作ったの?しかもセビジャーナスの?口を濁すわけだよなぁ。(笑い)おっさん達のセビジャーナスは中々迫力があって良かったです。テッペイ君がセビジャーナスばっかりでつまらなかった。というのはこの練習だったんだね。
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左からManuel, Antonio, Pepe. Paquiri, Rorenso

帰りにまたJuanと会ったので、初めてゆっくりベンチに腰掛けて話した。今スペインはクリシスでアルテスタも大変みたいだ。プーロな彼らが一番ワリを食ってしまうのは悲しい。セビージャで今度はカンテの伴奏教室もやると言っていた。自分はしばらく外には出たくないのでこのままで良い。「モロンが一番いいよ」って言うと「そうだなぁ」と呟いた。何時もモロンに帰るのはセビージャよりほっとするからだろうね。皆Juanに優しいもの。しばらく話して帰ってきた。テッペイ君の話だとDieguitoがMalagaに移り住むらしい。

明日はペーニャの後フィエスタに呼ばれているんだ。いきなり忙しいなぁ。

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2012年5月12日 (土)

帰りました。

成田から道中色々ありましたがモロンに無事着きました。アントニオがセビージャの空港まで迎えに来てくれて、大荷物なので助かりました。モロンに近ずくに従って体中の毛穴が開くような気がしてきました。家に着いて荷物も解かず寝たら約束の時間をはるかに過ぎていて。レタマレに行ったら凄い人出、ペーニャに行ったらマヌエルがいてとても喜んでくれた。ペペはちょっと引いて対応。そこからパビアに行く。アントニオがいた。そこから何時ものハシゴ。その間真面目な話もしたし、いろんな事話したけど、この空気感!?体中が軟らかくなってくるのが感じる。いいなぁ。。明日からまたモロンでの生活が始まるんだ。酔っぱらっています。

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2012年5月 9日 (水)

日本だからしょうがない

明日スペインに帰る。今度の帰国はとても忙しくって毎日何かしらあって、それが最後まで続いた。フラメンコはあまり見れなかったけど、日本のフラメンコというのは[スペインのフラメンコとは別のものだ]。と実感させられた。日本のフラメンコは誰が演じてもほとんど同じ匂いをしている。ギターでもカンテでもバイレでも。前はそんな事気がつかなかった。
あるベテランの人が言った。「日本だからしょうがないんだ」多分その通りなんだろう。あれこれ書いてみたけど、そんな事書いても何の意味もないのに気がついたので消してしまった。

「しょうがない」はいかにも日本的だもの。

お役所が決めたから「しょうがない」。

マスコミが言うから「しょうがない」。

電気が足りなくなるから原発も「しょうがない」。

上から言われりゃ「しょうがない」。

日本人だから「しょうがない」。

こんな事言っても「しょうがない」。

でもね「しょうがない」って言ったらそこで終わり。前に進めないよ。

日本の若い誰かが「しょうがない」を超えてくれるのだろうか?。

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2012年5月 3日 (木)

ラスト レッスン 

大雨の中ギターを担いでナナに向かった。俵さんに最後のレッスンしてもらう為に。途中滝本さんに会った。滝本さんにもお願いしたらこの雨の中を来てくれたのだ。
モロンに帰る前今「自分のいる位置をどうしても知っておかなければならない」と思ったからだ。位置というのはギターの上手さとかレベルの事じゃない。自分のギターがどっちを向いてるのか?ということだ。これまで日本のフラメンコを見てあれこれ言ってきたけど自分はどうなんだ?って事。ああいう風に弾いてるのでは?何処が違うのか?スペインでこれからどうやっていけば良いのか?俵さんしか答えられる人がいない。いわば最終試験受けるみたい、だがその為の練習はあえてしなかった。

ナナでは画家のTakashi Ishiiさんに初めてお会いした。アルプハーラと千葉に家があり往復しているそうだ。とても気さくな人で、実は著書も以前から持っていた。日本のフラメンコの人達とも古くから付き合いがあり、詳しいし、スペインに30年以上住んでいるので見る目も確か。良い人に会った。早速滝本さんの伴奏をする。ソレア。初めは良かったけどカンテが採れないのが一杯出てくる。なるべくモロンで弾いてるやり方で弾く事にしていた。俵さんたちも来て何処がおかしいかきちんと教えてくれた。その後滝本さんは俵さんのギターで限りなく歌った。それを聴いてるだけで良い。贅沢だね。自分の為この雨の中来てくれてフラメンコを見せてくれる。しかも二人は掛け値無しの日本のトップのカンテとギタリストだ。貧乏な俺にはギャラなんて払えない。皆好意で来てくれたんだ。俺って運がいいんだ。フラメンコでは周りに良い人に恵まれている。日本でもモロンでも。たぶん誰に対してもフラメンコでは嘘やお世辞を言わないからだ。楽しかったね。楽しいだけでなく自分が何処にいるのかもおぼろげに判かった。そしてやっぱり下手なのが。もっと練習が必要だね。
最後のレッスンはとても有意義だった。本当にありがとうございました。

目標もできた。「モロンの田舎ギタリスト」になる事。
矛盾してるけど上手くなる必要はない事にも。
最初と変わらないね只の「モロン弾き」になりたいだけ。
さぁ帰ろう。モロンに。

追記:結果は自己評価30点。合格には程遠い。ofuuuu...

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2012年4月23日 (月)

色々

今回の帰国の目的の一つ「法事」が終わった。ブラジルから娘夫婦も来てくれ我が家のファミリーが全員集まった。ささやかだけどとても嬉しい。今回は孫たちと暮らしているので成長も感じられるし、色々な感慨があったが、これで日本での用事は大体すんでしまった。しかしやる事はまだあるのだ。PCを新しく買い変えたらWindous7でXPのソフトが使えない。これをどうするか?歯の治療も終わっていない。結構忙しいのだ。フラメンコはお預けだけど、ギターは毎日少しずつ弾いている。

フラメンコっていや、日本もスペインも変わらない感覚で弾けることに気がついた。つまりモロンで皆の伴奏している時と同じ感覚。この前孫が顔を真っ赤にしてご機嫌で一人で一生懸命最近の歌みたいなの歌っていたのでをブレリアで合わせてみたんだ。。歌に合わせてコードを入れてくだけだけど、上手くはまるんだ。勿論彼女はフラメンコを知らないし、日本語だし歌も適当。でもモロンで弾いてる時みたいに歌を拾い上げて弾く事には変わらないんだ。これが楽しいんだね。この前ナナでカンテやってるとかいう人の弾いても違和感があって弾いても楽しくなかった。常連のシゲさんやキクチの酔っぱらって吐き出すような言葉に伴奏した時は弾いてる違和感がなかった。これって何なんだろうって思ってしまった。なまじフラメンコなんて習わない知らない方がフラメンコらしいのだ。よく日本語でカンテを歌うプロの日本人がいるけどこれも聴いてて違和感がある。さもこれが日本のフラメンコだと言い繕ってるみたいでね。この差は何だろうって考えたらそういう日本人のカンテが作り物だからじゃない?と思ったね。この前の6Canteだって違和感があったしね。何かに合わせて日本語を嵌めるとかレトラを嵌めてく作業がもうすでにフラメンコじゃ無いんだね。スペイン人だって同じことしているのにこの違いは何なんだろう?たぶん酔っぱらいや子供は上手く歌おうとか、そんな事考えて無いからだろうね。慾が無く思ってるのをそのまま出してるからフラメンコに聴こえるのかも知れないね。面白い発見だったね。

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